第三十四話
――勇者とは、顛末を知らされる者である――
鮮明でない意識の中で、ボクは目を覚ました。視界に入ってきたのは、所々に穴があいた天井と、そこから差し込む太陽の光だった。どこか見覚えのある光景に、その時のことを思い出そうとすると、横から声をかけられた。
「目が覚めたか。ああ、まだ動かないようにな。というか動けないと思うけど。君の体、ボロボロでまだまともに動かないから」
首だけを動かして声の主を探すと、相手はすぐ傍にいた。ここ最近毎日顔を合わせていた、黒い外套を身に付けた男の人だった。右手で加護の込められた短刀を回しながら、なにやら興奮した様子で男は語った。
「まさか、本当に連中を壊滅させかけるとはな。いや、流石に驚いたよ。私たちが踏み込んだときには、連中の残党ぐらいしか残ってなかったから。そいつらを蹴散らしながら進んだら、君といくつかの焼死体と鎖で繋がれた女性がいて更に驚いたけど」
「っそうだ、ネビアさんは大丈夫なんですか!?」
「まあ、命に別状はないみたいだよ。精神的にかなり消耗してるから、良い状態とは言えないけど」
「それでも、生きててよかったです」
ボクは安堵の胸を撫で下ろした。それを見た黒い男の人は、なにやら苦々しげな表情になったが、そのことにボクは気付かずにいた。
安心した瞬間、今まで気付かなかった体の不調が一気に襲いかかってきた。足には凄まじい筋肉痛が、肩と脇腹には刺すような痛みが、そして全身に満遍なく、耐え難い無気力感が。気分が悪くなるほどの体の違和感に、ボクは思わず口を押さえた。込み上げてきた胃液を必死に抑え、どうにか平静を保とうとした。
体が違和感に慣れるまでの間、黒い男の人はボクをじっと見つめていた。悶えるボクの姿を見て楽しんでいたわけではなかっただろう。苦しみながら横目で見た黒い男の人の様子は、真剣なものだったから。
ボクが落ち着きを取り戻した所で、黒い男の人はボクに封筒を渡した。
「預からせてもらっていたこれは返そう。君は期待以上の活躍をしてくれたから、君の連れの女性の治療費は必要ない。それ以外にも、必要なものがあれば融通しよう」
「あ、ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらの方だ。それで、何か欲しいものはあるか?」
横になったまま、体の状態を気にしないように考え始めた。この街に来たときに持っていたものは、盗られてほとんど残っていなかった。必要なものはとても多く、欲しいものもまた多かった。
「それでは、二人分の旅の用意を。それから、ネビアさんの服と、彼女の武器になるものをお願いします」
ボクの言葉を聞いて、黒い男の人は少し考える素振りを見せた後、すぐに頷いた。
「私たちも物資に余裕があるわけではないから、満足なものは渡せないと思う。それでも、出来る限りのものは用意しよう。あと武器は、連中が使っていたものから何か好きなものを持っていくといい。それだけでいいのか?」
「はい、大丈夫です。えと、少し眠いので、寝させてもらっても良いですか?」
「構わないよ。それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
黒い男の人は、振り返ることなく部屋を出ていった。その背中を見送るほんの僅かな時間でも眠気が増大していった。少し喋っただけでも負担になっていたことを感じ、今は体は休めることに専念しないといけないと感じた。
目を閉じ、間もなく意識を手放した。
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