第三十三話
――勇者とは、全力を出し切る者である――
足取りが確実に重くなりながらも、建物の最奥へ向けてボクは走っていた。傷つけられた脇腹と右肩が走る振動で痛みを増し、右腕はぷらぷらと揺れるだけで、うまく動かせなかった。
額から脂汗が流れ、傷口から血がにじみ出た。吐く息は疲労と血の不足で荒くなり、込み上げてくる熱いものを飲み下しながら走っていった。
この街で今まで見た中で、一番堅牢そうな扉の前に辿り着いた。幾つもの鍵穴が存在し、扉自体も金属製で蹴破れそうになかった。どうするか一瞬逡巡したが、考えている時間も惜しかった。
背負っていた剣を抜剣し、その勢いのまま振り下ろした。剣に炎がまとわりつき、扉を抵抗なく斬り捨てた。剣の効果がばれないよう、すぐさま炎を消した。重厚な音とともに扉が倒れ、奥に居た人間たちの姿が露になった。
そこには五人の人間が居た。質のいい服と装備を身に付けた、連中のまとめ役らしき大柄な男。その配下らしき、下半身を露出している男が三人。そして、両手を鎖に繋がれ、足に枷を付けられ、体中が痣や汚れに塗れている、ネビアさん。
「……なにもんだ、でめぇ。まあいい。おい、お前ら、そいつをヤる前に、このガキを殺せ。殺した奴には先にヤらせてやる」
大柄な男は部屋の侵入者であるボクに視線を飛ばすと、面倒臭そうに配下の男たちに命令した。ボクと今から戦うつもりはなさそうだった。
配下の男たちは、渋々といった様子で腰巻を身につけ、側にある剣を掴んでいった。その間に斬りかかりたかったが、生憎今のボクでは俊敏な行動は不可能だった。ボクに出来たのは、精々奴らを射程距離内に収めておくことぐらいだった。
配下の男たちはそれぞれ武器を抜き、ボクに向けていった。構える様子さえ見せなかった。ボクは内心で呆れ果てつつも、気を抜かずに精神を集中させていった。そうしなければ、意識が飛びかねなかった。
最も近くに居た男が、ボクに向かってきた。連中の中でも上位にいるのか、動きに迷いは見られなかった。無造作に突き出された剣を弾き飛ばし、驚いた表情を見せる男を一突きした。
流石に仲間が呆気なくやられたことで警戒したのか、残る二人は同時に斬りかかってきた。左右から同時に繰り出される一撃は、防ぐことも避けることも難しかった。故にボクがとるのは、いつも通りの迎え撃つという手段だった。
剣を横薙ぎに振るい、近付いてきた二本の剣を両断した。突然発生した炎に、片方は驚いて体を硬直させ、もう片方は後ろに跳び退った。二人を同時に倒せないのは残念だが、一人減らせるだけでも十分だった。止まっている男を袈裟斬りにしながら、大きく一歩飛び出した。男は避けようと体を捻らせたが、返す刃で胸を深く斬り裂かれた。
そのまま視線を大柄な男に向けると、見えたのはボクに近付く一本の短剣だった。必死に顔を逸らして避けようとしたが、短剣はボクの頬の肉を浅く抉りながら後方へ飛んでいった。大柄な男は今の一撃で仕留められなかったことに苛立ったのか、大きな舌打ちを鳴らした。
「クソガキの割にはやるみてぇじゃねえか。不可思議な剣も持ってるみたいだしよぉ。商人に売り付ければ結構な金になりそうだなぁ、おい。かっ、そら、かかってこいや」
正直、ボクの体力の限界が近かったこともあり、一撃で男を仕留めなければまずかった。ここに来るまで止まることなく走り続け、出会った敵を片端から斬り捨て、重傷を二箇所に負った体は、既に立っているだけで精一杯だった。
更に魔法を使いすぎたためか、言いようのない疲労感が体を襲ってもいた。肉体的及び精神的な疲労のため、一瞬でも気を抜けば、ボクの意識はいつ落ちてしまっていてもおかしくはなかった。
ボクは動くことを拒む体に鞭打って、剣を思い切り振り被った。肩も構えもない、ただの斬り下ろしだった。男は軽く避けて見せたが、ボクの一撃はここでは終わらなかった。
体に残った気力をかき集め、爆発させるように炎を放出した。大柄な男の体が炎に包み込まれ、ボクの意識は明滅した。ボクは剣を振り下ろした体勢で倒れ伏し、そのまま意識を失った。
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