第二十九話
――勇者とは、対価を払う者である――
体が揺さぶられる感覚に、ボクの意識が浮上していった。まだ少し重い瞼をゆっくりと開いて、ボクの体を揺すっていた相手の姿を視認した。
「やっと起きたの?居候のくせに、厚かましいことね」
唐突な罵声にムッとしながらも、反論できないのでとりあえず体を起こした。心地よいとは言えない視線を浴びながら、凝った体を順に解していった。無言で背を向け、部屋を出ていった少女の後をボクも追いかけた。
時刻は既に、夜と呼ぶべき時間帯に入っていた。少女に連れられた先には、食事を摂っている黒い男の人と、一人と半人前の料理が用意されていた。黒い男の人は部屋に入ってきた僕たちを一瞥すると、すぐに意識を食事に戻した。
少女は一人前の料理の前に座り、それを食べ始めた。ボクは内心そうしていいかわからなかったが、ひとまず半人前の料理の前に座った。料理に手を付けずにいると、背後から少し苛立ちの込められた視線を感じた。
「食べないんだったら、先に言ってよね」
「え?これ、食べていいんですか」
「食べちゃ駄目なら、あんたをこの場に連れて来ないわよ」
「ベネボラ、少し言葉遣いが悪くなっているよ。気を付けなさい」
「はーい、先生。わかりました」
「それじゃあ、いただきます!」
食べてもいいという許しを得た直後、ボクは目の前の食事以外に割ける意識はなくなっていた。周囲で話し声がしたような気もしたが、気にかけなかった。ここのところ、一切食事を摂っていなかったために、ボクは食事に没頭した。
一日半ぶりの食事は、思わず涙が出そうになる程おいしく感じられた。後で襲われた腹痛も、気にならない位に。
ボクはまた黒い男の人と、隣の部屋で話していた。今後のことを話すためだった。
「それで、君はこれからどうするつもりかな?」
「できれば、ボクと一緒に居た人……ネビアさんを、助けたいです」
「誰だ、それは?詳しく聞かせてもらってもいいか?」
ボクは簡単に、怪我をした顛末を語った。
「……正直、無事に助けるってのは、あんまり期待しない方がいいと思う。その人、女なんだろ?連中の慰み物にでもなってると思うぞ」
「そう……ですか」
「まあ、生きていればなんとでもなると思うけどな。ふむ、それじゃあ、キミに伝えてなかった治療費の件だが」
「あ……はい。何でしょう」
「君に、連中を殲滅してもらいたい」
その言葉を聞いて、ボクは何も言えなかった。
「ああ、勿論支援はさせてもらおう。君の剣は出来る限り手に入れられるよう力を尽くす。連中の情報も渡す。必要なものがあれば言ってくれればいい」
「あ、いや、その、どうして」
「うん?ああ。単純に、私はあの連中が大嫌いなんだ。私に迷惑ばかりかけてくれるからね。だから、彼らの殲滅を君に頼むよ」
「えっと、はい、いや、でも」
「ああ、逃げ出そうと思わない方がいい」
「それはっ!?」
黒い男の人が手にしていたのは、ボクの封筒だった。手紙も入っているらしく、中は少し膨らんでいた。
「読んではいないよ。というか読めなかったから。これ、君の加護の込められた品の一つでしょ?複数持ってる人もいるって聞いたけど、まさか君みたいな子供が持ってるとはね」
何やら遠い目をして喋る黒い男の人に、ボクは詰めかかった。
「か、返してください!」
「お断りだ。これは、君が連中を殲滅したら返してあげよう。君が逃げないとも限らないからね」
「そ、そんなこと!」
「ないかもしれない。でも、こちらも保証は欲しいからね。さて、君はどうする?」
「……やります!」
喉の奥から振り絞った声で、ボクは答えた。黒い男の人は満足そうに笑った。
「いい返事だ。期待しているよ」
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