第二十六話
――勇者とは、智者に縁を持つ者である――
「……取り乱してしまって、すみませんでした」
「いや、気にすることはない。察するに、何か大切なものでも失くしてしまったようだね?」
ボクは頷きを返した。あの剣は、何があってもなくしてはいけないものだった。
「それが、何なのか聞いても?」
剣の姿を脳裏に浮かべようとして、曖昧にしか浮かべられない自分に苦笑した。大切にしていると言っても、細部まではまるで覚えられていなかった。手に入れてからの期間を考えれば、当然のことだったが。
「見た目は、ただの鉄の剣です。でもあれは、ボクにとっては何よりも必要なものなんです」
「何か特別な力でもあるのかい?」
ボクが何と答えようか考え始めた。神様から以前送られた手紙の内容からすると、加護の効果はボクだけに発動するはずだった。それに、炎の方はまだしも、命を守っているというのは説明しづらかった。
別に全てを語る必要はないと気付いた時、黒い男の人が口を閉ざしていたボクに、衝撃的な一言を告げた。
「もしかして、だが。その剣には、何らかの加護が込められていたりするのか?」
「なっ!どうしてそれを!?」
ふむ、と黒い男の人は何かを考えるような仕種を見せた。目線だけをこちらに向けて、観察するように瞳を上下させた後、懐に手を入れた。
「いやね、私にとってはキミみたいな子供がそんなものを持っていることが驚きなんだが――」
そう言いながら取り出された手に握られていたのは、
「――私もね、加護の籠った一品を持っているんだよ」
淡い光を反射して銀色に輝く、不可思議な短刀だった。
「……それは?短刀ですか?見るからに、ものを斬るのに苦労しそうな外見ですが」
その短刀はあまりにも短すぎた。黒い男の人が持つと、拳一つ分ほどの刃先しか出なかった。握っている柄の部分も金属だし、何より、薄っぺらかった。あれでは、壁にぶつけただけでも折れてしまっていただろう。
「いいや、勿論違う。これは殺傷用の武器じゃない。寧ろ君やベネボラみたいな怪我人に使う道具だ」
黒い男の人はそう告げながらその短刀(?)を指でくるくると回していた。鮮やかなその手並みに、思わず感心してしまった。
ボクがそちらに集中してしまっていることに気付いたのか、黒い男の人は回転を止めると、日本の指で挟んだその尖端をボクに向けた。
「固有名称、切開具。治癒を司る天使から授かった一品さ。別に話したところで変わらないから説明するけど、これに込められた加護は、血を流すことなく切断できるという魔法だよ。その名の通り、切り開くことに特化しているのさ」
「固有名称?天使?」
聞き慣れない単語が幾つも出てきて、ボクは混乱した。
「……あれ、まさか君、そのあたりのことを知らなかったり……するわけ、ないよな?知ってるよな?」
ボクは、本当に小さく首を振った。黒い男の人は顔を手で覆うと、何やら小声で呟いた後、ボクに向き直った。
「そうだな。先人として、知識のない後輩に幾つか指導しよう。まあでも、今日は遅いからもう寝なさい。明日から教えるから。それに、治療代のことも話さないといけないし」
「もう少しぐらいは……」
「あっちを見てみな。ベネボラはとっくに寝てる。あの娘より幼そうな君が彼女より遅くまで起きてるなんて体によくないぞ」
「……わかりました」
ボクは黒い男の人の提案に従うことにした。今無駄に焦ってもしょうがなかった。何かをするにしても、万全の態勢を整える必要があった。
「ああそれと、そこで眠ってもらって構わない。布団は他にもあるからな」
「本当に、何から何までお世話になります」
気にするな、と手を振る黒い男の人に再び感謝の言葉を告げ、襲ってきた睡魔に抗わずに横になった。目を閉じて間もなく、ボクの意識は闇に落ちた。
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