第二十五話
――勇者とは、代償を払う者である――
「ここは……どこだろう……?」
目を覚ましたボクが最初に見たのは、見覚えのない天井だった。所々に穴が開き、隙間から月や星が覗いていた。
「おや、目が覚めたかい?……ああ、まだ動かない方がいい。動けるとは思うけど、傷は浅くないんだ。別の傷もあるみたいだし、しばらくは安静にしてるといい」
声をかけられた方に体を向けた。言われた通り傷が痛み、僅かに顔をしかめた。そして声の主を見て、ボクは少し腰が引けてしまった。その人物は、異様な姿をしていた。
全身に黒一色の外套を身にまとい、露出している体の箇所は目元以外にほとんどなかった。腰かけている椅子は改造されており、頑丈そうな背もたれや、何故か車輪まで付いていた。
更にその人の脇には無骨な木の杖が立てかけられていた。杖や車輪の用途を考える前に、部屋の入り口の方から大きな足音が聞こえてきた。
「先生、ただ今戻りました!ってあれ、その人起きたんですか。結構血が流れてたんで、明日ぐらいまでは目覚めないと思ってたんですけど」
部屋に入ってきたのは、ボクより三つ四つ年上だろう少女だった。少女はボクを見て驚きを見せ、次いで黒い人に顔を向けた。黒い人は、その少女に親しげに声をかけた。
「お帰りなさい、ベネボラ。収穫はどうでしたか?」
「うーん、そこそこ、ですかね?情報は十分ですけど、食料はちょっと厳しいですね。やっぱり、供給する側が少なすぎるせいでしょうか」
「そろそろ、限界かもしれないな……。おっと、悪いね、少年。話がわからないだろう?まあ君が気にするようなことでは……あるかもしれないが、とりあえず今は関係ないな」
黒い人――声からして男のようだ――は外套の下でニヤリと笑ったような気がした。彼の言葉の意味を理解できず、ボクは首を傾げた。何の話だったのだろうか。
黒い男は少女を呼び寄せると、服を上から順に脱がせていった。いきなりの展開に硬直するボクを置いて、少女が最後の一枚を脱ぎ捨てた。慌てて顔を逸らしたボクは、一瞬だけ少女の背中を見てしまった。一部を除いてどす黒く変色した、少女の背中を。
すぐに、直視しなくてよかったと思った。あんなに嫌悪感をもたらす光景は、見ていたいものではなかった。普通でない人に偏見を持っているつもりはなかったが、話に聞くのと実際に見るのとでは差があり過ぎた。
黒い男の方から、少女のうめき声が聞こえてきた。おそらく、あの傷の処置をしていたのだろう。火傷なのか、化膿した結果なのか、それとも別の理由があったのか。わからなかったし、わかりたいとも思わなかった。
シュルシュルと包帯を巻くような音がした後、黒い男が少女に伝えた。
「よし、今日はこれで終わりだ。少しずつではあるが、順調に良くなっていってるな」
「ありがとうございます、先生」
「いや、気にしないでいい……ってああ、また忘れてたよ、少年。治療の光景は、年若い男の子には目の毒だったかな。配慮しなくてすまないね」
「いえ、大丈夫です。ボクの方こそ、治療してもらったのに何も出来なくてすみま……」
「そのことだけどね」
黒い男の人はボクの言葉を遮って、提案を口にした。
「勝手にやったこととはいえ、キミの治療にも薬を使っているわけだ。その分の費用を徴収したいが、キミ、何も持っていないだろう?」
「えっと……え?」
辺りを見回した。ボクの荷物、と言っても剣と少しの荷物位だが、それらはこの場に存在しなかった。蹴飛ばされて、荷物は落としたのだろう。なら剣はどうしたのだろうか……?
ボクにしかあの剣の価値はわからなかっただろう。けれど剣である以上、売れば少しの金にはなるはずだった。盗まれた。そんなことをしでかす人間が、この街に少ないわけがなかった。貧民街を広げたような、この街には。
再び剣を失ってしまったことの恐怖に、ボクの背筋を冷たいものが伝った。様子が一変したことに気付いたのだろうか、黒い人が心配そうな声をかけてきたが、ボクの耳には届かなかった。ボクは体を抱きしめるようにして震えていた。
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