第二十二話
――勇者とは、立ち止まらない者である――
「……起きたかな?えっと、ラマ、だったっけ。キミ、体調はどう?動ける?」
気絶荒戻ったボクが最初に見たのは、ネビアさんの心配そうな表情だった。左目はかすみ、左肩は痛むものの、動けない程ではなかった。重い体をどうにか起こし、ネビアさんと顔を合わせた。
見ると、ボクが着ていたのはボクのものではない服だった。土や汗、更に血でボロ布同然だった前の服は、ゴミのように視界の端で転がっていた。この服は誰のものかと思ったが、見覚えのある室内から、憲兵隊の誰かの着替えだったんだろうと当たりをつけた。ボクとネビアさんが居たのは、憲兵隊の詰所の中だった。
「大丈夫みたいだね。じゃあ時間もないから聞くけど、キミはこれからどうしたい?」
「どうって言われても。ボクは出来れば、ネビアさんに付いて行きたいと考えています」
「……そう。私は今からこの街を出るつもりだけど、それで構わないなら一緒に行こうか」
「はい、お願いします」
ボクは即答した。ネビアさんはどこか儚げな笑みを見せて、ボクに手を差し伸べた。
「それじゃあ、行きましょう」
「はい、お供します」
伸ばされた手を、力強く掴み取った。
ボクたちは今、詰所の中を家捜しして、使えそうなものをかき集めていた。ボクはボクの服だったものの中から封筒を発掘したり、調理場から保存食らしきものを収集したりした。ネビアさんはボクや自身に使用した薬類や、物置に置いてある道具の中でかさばらずに役立ちそうなものを持ち出しに行っていた。ちなみにボクが持っていた荷物は、保管してある場所の関係上、諦めるよう告げられた。
ボクとネビアさんは合流した後、荷物を持って裏口から外へ出た。現在この街に残っている憲兵は二十人前後で、全員が血眼になってボクたちを捜しているそうだった。まさか詰所の中にはいないだろうと思われているらしいが、そう長くは持たなさそうだった。
そもそもそれだけの人数が戦闘に参加していなかったのは、単にネビアさんの手回しの成果だった。ネビアさんは事前にボクみたいな浮浪者たちに、いくらかのお金とともに仕事を頼んでいた。浮浪者たちは半数以上がその仕事を請け負い、街の各地で犯罪行為を行っていた。
道の最中でネビアさんからそんな話を聞いて、ボクはただただ感心するばかりだった。そうこうするうちに、僕たちは門の近くへ辿り着いた。
三人もの門番が、ボクたちを見つけようと目を光らせていた。おそらく、彼らはボクたちを発見し次第、何らかの手段で周囲に造園を求めるだろうと予想できた。
どうすればいいかとネビアさんに視線を向けると、彼女は荷物の中から一つの容器を取り出していた。嫌な予感がしたが、その中身を訊ねてみた。
「液状燃料。これで注意を逸らしてるうちに通りましょうか」
「……もしかして、ボクにやれってことですか?」
「うん?やるって言うんならお願いしようかな」
「ええ、了解しました」
ボクは背中から剣を抜き、構えた。ネビアさんが液状燃料を周囲に撒き、その端に剣先が当たるように剣を振り下ろした。発生した炎が燃料へと伝わり、一気に燃え上がった。ボクは即座に剣を手放した。すぐに地面に落ちて火が消えた剣を手に取り直し、背中の鞘に仕舞った。
「何してるの!急いで!」
離れた場所からネビアさんがボクを呼んだ。近付いていくと、ネビアさんは大きな溜息を吐いた。
「ねえ、もしかしてさ、キミってそれ以外に火を出す手段ってなかったりする?」
「はい、ありませんよ。これだけで十分ですから」
ネビアさんは何故か頭を抱えた。顔を上げたネビアさんは、ボクに忠告を発した。
「いい、よく聞いておいて。キミのその剣の炎、私がいいって言った時以外は極力使わないで。誰か他の人に見られると、かなりマズイことになるかもしれないから」
「はぁ、わかりました。人前では使わないようにします」
「まあ、強制はしないよ。別に私とキミは師弟関係ってわけでもないしね。年上として、心に留めておいてほしいってだけ。さあ、それじゃあそろそろ行くとしようか」
そう言って、ネビアさんは門の方を指差した。そこに居た三人は消火活動の方に付きっ切りだった。時間が経つと近くにいる憲兵が集まってきてしまうので、急がなければならなかった。
ボクたちは火事に気を取られ、警備が疎かになった門を悠々と潜り抜けた。
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