第十七話
――勇者とは、過去の話を知る者である――
「え……?」
ボクの口から出たのは疑問の言葉だった。呆けるボクを尻目に、隻腕の男性は懐かしむような口調でネビアさんのことを話し始めた。
「ネビアってのはな、昔は頭一つ抜けて優秀な憲兵だったんだよ。学はあったし、実力もあった。トントン拍子に出世して、入隊から僅か三年で副隊長まで上り詰めたんだよ」
隻腕の男性はそこ一度話を区切ると、ボクにこの先に進むよう促した。それに従って薄暗闇の中を進むと、突如として鈍い音が背後で響いた。慌てて振り向いたボクは、自分が牢屋の中に閉じ込められたことに気付いた。
ガチャリ、と鍵が閉まる音が鳴った。ボクは隻腕の男性を睨みつけたが、彼は気にすることなく話を再開した。
「あいつはさ、昔は憲兵の鑑みたいな存在だったよ。休暇返上で街を見回って、犯罪者を片っ端から捕まえていった。そんなあいつが変わっちまった事件があるんだが……さすがにこればっかりは、お前には聞かせられないな」
隻腕の男性は一度大きく息を吐くと、苦々しげな口調に変わった。
「その事件の後から、あいつは変わったよ。憲兵も辞めて、新しく始めたのは毛嫌いしてた犯罪行為。つっても、その相手が更に問題だったんだが」
「問題?犯罪の相手に違いなんてあるんですか?」
「あるよ、そりゃああるさ。というか、子供にはわからんか?えっとだな、あいつが殺しや盗みをやってたのは、大抵が碌でもない犯罪者だったんだよ。それも貧民街に住んでて、金のためなら何でもやるようなゴミか、横暴なお偉いさんっつう両極端な二択だった」
「それの、どこが問題なんですか?」
「んー、いまいち俺にも詳しいことはわからん。だがフェリータさんが言うには、民心の掌握、ってのに効果的らしい。悪を倒して正義を自称する。手段はどうであれ、自分たちを害する相手が勝手にいなくしてくれるんだ。そりゃ誰だってそんなやつを歓迎するだろうよ」
「???」
「難しいことはわからんか。ともかく、一般人の協力を得て、あいつの活動は激化していった。人も集まっていったし、今じゃ立派にお尋ね者だよ」
そう言って、隻腕の男性は右手で顔を覆って、天井を仰いだ。これまでの口振りを考えると、この男性とネビアさんは一緒に働いていたのだろう。かつての仲間が犯罪者になってしまっているというのは、想像もできない辛さがあったのだろう。
結局のところ、ボクは駒の一つに過ぎなかったようだ。どんな意図があるかはわからないが、何らかの効果はあったのだろう。頭のいいネビアさんなら、ボクを思う通りに扱うこと位造作もなかったはずだった。
「ここ最近は動いてなかったからな。お前みたいな貧民街の子供まで使ったってことは、本格的に動くってことだろうよ。あいつは貧民街のやつらとお偉いさんを酷く憎んでいるからな」
「えと、ボクは貧民街の住人じゃあないですよ?」
「……は?」
隻腕の男性は、考えてもみなかったことを聞いたかのように、しばし唖然としていた。その間ボクは、この街に来てから幾度となく貧民街の子供と間違われたことを不思議に思っていた。出会った全員にそう思われていれば、ボクが不思議がるのも仕方なかった。
隻腕の男性は、焦ったような声音で問いかけてきた。
「お前、貧民街の住人じゃねえのか!?ありえねえだろ!」
「そう言われても……。そもそもボク、この街に来たのって今日が初めてですし」
「はぁ!?おまっ、そんな年で旅人なのかよ!つうか、それでネビアに巻き込まれるとか、どんな不幸っぷりだよ」
「不幸、なんでしょうか」
あはは、とボクは力なく笑った。事ここに至っても、ボクはまだネビアさんのことを恨もうとは思えなかった。もちろん騙されたことは苛立つけど、ボクの行動を思い返してみると、世間知らずもいいところだった。
しばらく音が発せられなくなった空間に、唐突に光が射し込んだ。出入り口が開いたのだろう。隻腕の男性は入ってきた相手を確認するために、牢の前から離れていった。
何人もの人が一度に降りてきたのか、うるさい位の足音が反響した。その音の中に剣を抜く音が紛れ込んでいた。風を切る音と共に、隻腕の男性が断末魔の悲鳴を上げた。
隻腕の男性を殺した人物が、こちらへと近付いてきた。ボクのいる牢の前で、襲撃者たちの手元にある光源が、主犯格らしき人の姿をぼんやりと照らした。
「生きてるかな?まさか殺されてはいないと思うけど、うん、元気みたいだね」
赤く染まった剣を携えて、ネビアさんがそこに立っていた。
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