第十二話
――勇者とは、決意する者である――
人を殺せ。正直に言って想像もしていなかった仕事の内容に、ボクは動揺を隠せなかった。背筋を冷たい物が流れ、恐怖で鳥肌が立った。
ネビアさんはそんなボクの様子に落胆したようで、その瞳が冷たくボクを捕らえていた。今にも舌打ちでもしそうなネビアさんは、さっきまでの普通の女性らしい雰囲気を掻き消して佇んでいた。
「まさか、人を殺したことがなかったりする?」
「……は、はい。ないです」
「うわ、本当に?箱入りだなー余所の子供は」
ケラケラと乾いた笑い声を上げる姿は、ボクに声をかけた女性と同一人物かどうかを疑ってしまう位違っていた。
唐突にネビアさんは笑い声を潜めた。ボクが首を傾げていると、建物の外で争っているような声が聞こえた。
幸い騒ぎはすぐに収拾したようだが、部屋の中は変わらず静寂に包まれていた。男性二人は苛々しながら舌打ちを鳴らし、ネビアさんは忌々しげに眉をひそめていた。
「……ったく、あいつ等は……」
ネビアさんは怒りを抑えられないのか、呪詛の言葉でも吐き出さんばかりの嫌悪を顔に浮かべていた。ボクは戸惑いながらも、話が再開されるのを待った。
「……はぁ、話を戻そう。とにかく、キミには人を殺してもらいたい。殺す相手はある程度こちらが指定するけど、多いに越したことはないから」
「はい、ってあの、一つ質問が」
「後にして。それで、キミ、人を殺したことがないとか言ってたけど、あれだね。最初の人殺しがお仕事で済ませられるなんて幸運だね」
「幸運、なんですか?」
仕事で人を殺すことの、どこが幸運なのだろうか。
「幸運だよ。だって、殺されないために人を殺すわけじゃないんだから。生きるために殺す必要がない生活なんて、空想に近いものじゃない」
ネビアさんの言葉は、ボクに大きな衝撃を与えた。村で安全な生活をしていたボクには、それは限りなく縁遠い言葉だった。
「人を殺して報酬が得られる。いいよね。羨ましいよ。損することなんて何もない。ただ見知らぬ誰かを殺すだけ。ただそれだけでいいんだ」
諭すように語られる言葉の数々が、ボクを洗脳するかのように心に揺さぶりをかけ続けた。
「うん。それで、キミはどうする?やっぱり人を殺すのは嫌だったりするかな?だったらやめる?別にそれでも良いと思うよ」
「えっと、じゃあ、やっぱり」
やっぱりやめたい。言い切る前に、強引に遮られた。
「けどさ、それでキミはどうするの?キミみたいな子供を働かせてくれるお店なんてないよ。それどころか、大抵の店はキミが近付くのも嫌がるだろうね」
「な、何で」
「汚い服装をした子供だもの。それだけで理由になるよ。この町の人が見れば、キミは貧民街の物取りの一人にしか見られないと思うし」
「うっ……」
「というかそれ以前にキミさ、仕事を選べる程余裕があるの?お金ないんでしょ?そんな状態でこれからどうするつもりなの?」
「うぅぅ……」
「何?泣くの?やめてよね。キミに現状を認識させてあげただけなのに。むしろ感謝してほしいくらいだけど」
「……」
何も言い返せなかった。
自分でもわかっていた。いや、わかっているつもりだった。子供でしかないボクが旅をするのは、酷く難しいことだと。ネビアさんはそれをきちんと言葉にしただけだ。
だから、ボクの返答は決まっていた。そもそも、考えるまでもないはずだった。
「……す」
「何?聞こえないんだけど」
「……けます」
「もっと大きい声で言ってよ」
「受けます!いえ、受けさせてください!」
そう告げたボクに、ネビアさんは口元を歪めて、
「そう。それじゃあ、よろしく頼むね」
満足そうな笑顔で答えた。
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