第十話
――勇者とは、天に見放されない者である――
街へ入ったボクがまず目にしたのは、想像していたような人の洪水――などではなく、閑散とした静かな街並みだった。既に太陽が頭上を通り過ぎてから時間が経っていたが、火が沈むにはまだまだ時間があった。街にもたくさんの人が居る訳じゃないんだ、などと考えながら街を歩いていると、突然背後から声をかけられた。
「ねえキミ、こんな時間になってもまだ出歩いてるの?親御さん心配してるだろうから早く帰りなよ」
振り返ったボクの目には、先程門で出会った男と同じ銀色の鎧に身を包んだ三人の大人が映った。ボクに話しかけたのは女性で残る二人は男性だと、鎧の形状から判断できた。女性の鎧は、男性のものより幾分か軽装だった。
振り向いたボクを見て、男性は舌打ちを鳴らし、女性は困ったような表情を浮かべた。門に居た人と同じ反応だなと心の中で思っていると、女性がボクに訊ねてきた。
「うーん、えっとキミさ、貧民街の子だよね?」
そうボクに問いかけた女性に、他の二人が笑いをこらえているような声で反発した。
「いやいやネビアさん。どう見てもそいつ|貧民街(ゴミ箱)のガキでしょ。聞くまでもないですって」
「そりゃあそうだろ。ネビア、そんなガキ放っといて巡回続けるぞ」
「二人は黙っててよ。それでキミはどうなの?貧民街の子で合ってる?」
そう聞かれはしたが、そもそもボクには、
「つかぬことをお聞きしますが……ひんみんがいって何のことでしょうか?」
そう答えるしかなかった。
驚いていた三人の中で、最も冷静だったのはネビアと呼ばれていた女性だったようだ。女性は口元に手を当てて何かを考え込んだ後、ボクに質問を始めた。
「失礼かもしれないけど、身なりからしてキミって別に貴族ってワケじゃないよね?そんな汚れた格好してるくらいだし」
「ええ、そのきぞく?というのも聞き覚えはありませんが、そうだと思います」
「貴族を知らないって……。キミって一体どこの子よ」
「どこと言われても、村の子です、としか」
「村?……村ってまさか、あっちにあるって言うアイウト村!?」
女性はボクがやって来た方を指差した。
「名前は知りませんが、方向からして多分そうかと。それより、何なんですか?ボクが住んでた村に何かあるように聞こえたんですけど」
呆けた表情になった女性に声をかけると、彼女はイヤイヤと首を横に振った。
「何かあるも何も、濃密な魔力溜まりのせいでアイウト村の周りは凶悪な魔物が一杯じゃない!おかげであの村の一帯はほとんど周囲と交流がないし。キミがそんな危険地帯を抜けてきたなんて、正直に言って信じられないんだよね」
「そうなんですか……?偶に魔物が村へ来ることはありましたけど、どれも貧弱なものばかりでしたよ?」
「あの辺りの魔物が貧弱って……信じられない……」
何やら軽く絶望している女性に、ボクは村のすぐ外で見た魔物のことを訊ねてみることにした。
「そういえば、村を出てすぐに狼みたいな魔物を見たんですけど、どんな魔物かわかりますか?」
「え、狼?……一応聞くけど、大きさは?」
「一般的な家一軒分ぐらいですかね」
「それベスティア!魔物の中でも一、二を争うほど強い奴!何でそんなのと会って生きてるのよ!?」
「いえ、正確には遠目で確認しただけですが」
「ベスティアが見える位置って、普通にあれの射程圏内だから!」
「うわ、そうだったんですか……」
思わず冷や汗が流れた。あの魔物が居た時は本当に危険な状況だったようだ。
「……ねえ、キミ。あの村の住人ってことは、かなりヤれるんだよね?ベスティアと遭遇しても生き残ったみたいだし」
「そんなことはないと思いますが……」
「そうなの?まあいいや。とりあえず、おねーさんの話、聞いてくれないかな?」
女性はパチリと片目をつむった。
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