3話「脈打つ恐怖」
「偽物…。やっぱり君は僕らのことをそう考えてるんだね」
肩をすくめるリオ。
「俺の姿でその話し方をするの、やめてくれないか?むずむずする」
言葉自体は強気だが、本当は握りしめた手から汗が止まらない。心臓も、時間が経つに連れてどんどんスピードは上がっていくし鼓動に釣られて呼吸も上手くできない。それは自分が自分で怖さという感情を隠すためだった。そして、明らかにリオは、リディオに向かって敵意がある。戦闘は避けられないだろうと踏んでいた。だから──
「一旦ここを離れて団長達と合流しよう。──なんて、思ってた?」
「…………!」
周りに聞こえているんじゃないかと思うくらい、心臓がストッパーを外したかのよう大きく、そして早く波打つ。視界は歪み、恐怖が体を蝕んだ。しかし、リオに弱さを見せるわけには行かない。せめて外面だけは威厳を保ちたい。それが本能的にあったのだろうか。リディオの体は先程からピクリとも動かない。そしてリディオはまだ微かに残っている思考力で疑問が浮かんだ。
何故、分かったのか。と。
「何で分かったのかって?」
また、読まれる。リオはくるりと方向を変え、リディオに背を向ける。空を見上げ、呟く。
「それは──僕が君だったから」
後ろを向いているせいで、顔は見えない。しかし、どこか哀しさが自然と溢れてくるような…。そんな声に、リディオは聞こえた。
「俺の鏡なんだよな?お前が俺ってことは知ってるんだよ。そのことと、俺の考えが分かることは何が繋がってるんだ」
聞きたかった答えではない。帰ってきたのは、リディオも既に把握済みの情報だ。
「馬鹿だ」
ぽつりと一言。角が極限まで尖ったような声色だった。
「…………ぁ?」
怒りに身を任せて声が出る。リディオは、残念ながら自分が馬鹿なことを理解していた。だが、理解していることをわざわざ面と向かって言われることが大嫌いなのだ。
「ついこの前まで、僕は君だったんだ。だから、君のことはなんでも知ってる。好きなことも、嫌いなことも、嬉しいことも、悲しいことも、怖いことも──」
リオは警戒心を全く持っていない。両手を腰辺りで組みながら、リディオの周りをゆっくりと歩みながら淡々と話し続ける。そして、背中の後ろでピッタリと止まったあと、口をリディオの耳元へ。
「考え方でさえも」
芯に直接響くような、低くて甘い声だった。その声を聞いた瞬間、背中から全身へ体がひんやりし、ゾクリと身の毛がよだつ。体全体が、何かに支配されたかのような気さえした。
リディオの正面へ周り、ぽんと肩に手を置き、話を続ける。
「まぁ、いいや。君を今殺すつもりはないんだ」
リオは微笑みながら、殺さないと宣言する。しけし、目に光がない。リディオはその場から一歩も動けない。頭では戦わなければいけないと知っている。しかし、体が本能的に動きたくないと言っているのだ。
「せいぜい、ここで縮こまっていればいいさ」
リオはおでこにデコピンを食らわせる。少しヒリヒリするくらいの軽いものだったが、リディオは後ろへバランスを崩し、尻もちをつく。リディオに歩み寄り、顔を近づける。リディオの瞳に、自分が映る。
「それが、君だから」
最後にそれだけ言い残し、とてつもない跳躍力で家の屋根へ。一瞬のうちにして、街の何処かへ消えていった。
「………。…………っ……!」
心臓近くの服を、くしゃくしゃになるまで握る。リオが視界から消えた瞬間、リディオは平常心を少し取り戻した。脈正常、汗も止まる。今、「生きている」という感覚を肌で感じていた。
………が、あの恐怖が脳裏をちらつく。
全てを見透かしているような態度。圧倒的な存在感。そして何より、自分なのに自分ではないものが喋っているという恐怖があった。
とりあえず、ほっと一息つく。
「金縛りって体験したことないけど……あんな感じなんかな。それにしても……怖かったなぁぁっ!!」
両手を交差し、腕をひたすら擦る。息と一緒に、色々なものが抜け落ちる感覚があったリディオ。普段の感じに完全復活した。
「まぁ、さっきのは急だったし。しょーがないよね」
なんて言いながら、頭をぽりぽりと掻く。
「今、生きてるし。生きてれば、とりあえずなんとかなるし。次会うときまでに肉体、精神ともに強くなっとけばいい話だし。うん」
誰かに向けて話す訳でもなく、自分に向けて話す。こうやって少しでも自分を言い聞かせて置かないと、落ちるところまで落ちてしまいそうだからだ。それ故に都合の良い言葉ばかりを並べ、自分にある種の洗脳に近いものをかける。
「そうだ!きっと生き残ってるのはあの人達だけじゃないはず。すぐに助けないと」
体を起こし、両頬をペチンと叩く。リディオなりの、気合いを入れる行動。
「はぁ」
と言っても、普通に痛い。思わず短いため息を漏らす。
「てか、何処から回れば良いのやら。もうちょっと団長細かい指示出してくれれば楽なのに……。いやいや!自分で考えろという団長からのメッセージだろう!そうとなれば!そうとなれば!………えーと。えっーーっと。どこへ行こう」
結局のところ結論がでない。考えるより動け。それがリディオのモットーだ。とりあえず、街を歩いてみるに限ると判断した。
「やっぱ、酷いな。ここらへんの生存者はいないのか?」
どこに目をやっても生きている人間はいない。小さな子供からお年寄りまで、数え切れないほどの人々が無惨に………。死んでいる。
「…………ぅ……」
込み上げる吐き気との葛藤。口を手で抑え、なんとか耐える。
「平和だったとはいえ、来たる戦争のために一応覚悟はしといたんだけどな。命の重みは同じだけど………。やっぱり、魔獣の死と人間の死は全然感じるものが違うな」
魔獣の死体がゴロゴロと転がっていても、リディオは特に何も思わなかっただろう。人間と魔獣。二つに感じ方の違いが出ること自分に、リディオは嫌気が刺した。
「立派な騎士への道のりは長いなー。って、そんな場合じゃねぇ。今は目の前のことに集中」
助けられる命が助けられなかった──
なんてことがないように、目を凝らして周りを見る。それでも、居ない。
「中心に向かって合流したほうが良いのか?」
中心の方から、剣同士がぶつかる音がほんの僅かにきこえてくる。その中に悲鳴も混じっている。加勢したほうがいいのではないか。リディオは考えたが、もしかしたら生き残っている人もいるかもしれないとなかなか踏み出せずにいた。
「さっき俺の偽物が居たってことは、この辺にまだ残ってる人がいるってことだもんなぁ。あーーー!!!追っとけばよかったぁぁ!!そうすれば俺の偽物が殺そうとするところを止められたかもしれないのにぃぃ!!なんであの時怖気づいてたんだァァ!!」
ひたすら後悔。後悔。後悔。
「ん?」
自分の唸り声に加えて、別の唸り声も混ざっていた気がした。路地裏の方からだ。
「生存者か?!」
声の聞こえる方向へすぐさま足を動かす。辺りは光があまり入らず、じめじめしてる上に空気が冷たい。あまり好ましくない。
「!?」
三十代くらいの男がうつ伏せに倒れ込んでいた。──背中にナイフが突き刺さった状況で。
「おい!大丈夫か!?おい!」
下手に動かすと危ないと考えたリディオは、呼びかけを行った。
「………は……ぃ……」
返事こそ弱々しいものの、まだ脈はある。すぐに治療でもすれば助かる。が、リディオは傷薬を持っていなければ、治癒魔法も使えない。いや、そもそも魔法自体が使えない。
医療に詳しくないリディオが勝手に男性を抱きかかえて連れて行くのは良くない。なにより隣町まで少し距離がある。そこまでこの男性がついていけるか……。ここで待っていたとしても、この男性の灯火が消えるのは時間の問題。それにリディオにとってもひたすらこの男性を見続けるのは時間の無駄だ。
「どうすれば」
髪をかき揚げ、歯を食いしばる。
──俺は、人一人助けられないのか。




