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一日目—盲点

『お客様にお知らせいたします。先ほど発生いたしました車両点検は、無事に終了いたしました。この電車はまもなく運転を再開いたします。お急ぎのところ、大変ご迷惑をおかけいたしましたことをお詫び申し上げます』


 再び動き出した電車の揺れに合わせて、スマホの画面が規則正しく揺れる。

 社内チャットに送った遅刻の連絡に、上司からの了解スタンプが付いた。それを確認すると、俺は片耳にイヤホンを差し込んで、いつもの通勤のお供である動画配信サイトを開いた。

 雨上がりの火曜日。通勤電車の中。満員ではないが座席は埋まっている。俺は吊り革に掴まりながら、通知欄にある新着動画をタップした。


 画面に映るのは、薄暗い部屋を背景に黒縁の眼鏡をかけた男。年齢は三十代後半か四十代前半。落ち着いた声で、まるで図書館の司書が本を薦めるような口調で語りかけてくる。


『目に見えていても意識されないものってありますよね』


 画面の下に、白い文字で『不可視領域–視界の死角』というチャンネル名と、投稿者の名前——『黒瀬理』が表示されている。登録者数は数十万。俺が先月からハマっている、心理学や哲学を解説するチャンネルだ。

 黒瀬は身じろぎもせず、カメラをまっすぐ見つめている。背景の本棚には『認知心理学入門』『視覚情報処理』『脳の見えない世界』といった、どこか堅苦しいタイトルの本が並んでいる。照明は顔だけを柔らかく照らし、後ろは闇に溶けている。


『道端の石ころ。いつも通る道の看板。電柱に貼られた古いポスター。朝の満員電車で隣に立っている人の顔——そういうものは、目に入っていても心には入らない。これは「スコトーマ」や「心理的盲点」と呼ばれています。視野の中にあるのに、脳がフィルタリングしてしまう現象ですね』


 画面が切り替わる。監視カメラのような荒い映像。人混みの中で一人の男が立ち止まり、振り返る。周りの人々は誰もそんな男の様子を気にせず通り過ぎている。テロップが重なる。『あなたは、この映像の中の「異物」に気付きましたか?』


 気付かない。全く分からなかった。シークバーを戻してもう一度映像を見る……やっぱり分からない。

 俺はスマホから視線を上げ、無意識に電車の中を見回した。吊り革に掴まったサラリーマン。スマホに向かう学生。窓の外を見ている女性。誰も、俺を見ていない。


『では、次はスコトーマを「外す」方法をお話しします』


 黒瀬の声が少しだけ低くなり、BGMのベース音が一層深く響く。


『まず、あらゆるものを意図的に「見て」ください。見慣れたものを、初めて見るものとして見てください。毎日通る道の「色」や「形」を、意識して見てください。いつもの駅の「匂い」を、意識して嗅いでください。周囲の「音」に、意識して耳を澄ませてください。そうすると、脳はそれらを「新しい情報」と認識し、フィルタを外します』


 画面に桜の花が風に揺れる映像が挿入される。次に道端の電柱の写真。建設中のビルの画像。スズムシの鳴き声。誰かが撮影した、日常の『気付き』のコレクションのようだ。


『これは「マインドフルネス」に近いものと考えてもいいでしょう。ただ、注意してください。スコトーマを外しすぎると——』


 黒瀬の声が一度途切れる。画面が暗転する。数秒の、無音。


『——見たくないものまで、見えてしまいます』


 暗転から復帰すると黒瀬は少しだけ微笑んでいた。でもその笑みが、どこか冷たく感じられたのは、きっと電車の冷房が強かったせいだと思う。


『次回はスコトーマ外しについての掘り下げです。みなさんのご意見ご感想にもお答えしていく予定なので、コメントでスコトーマ外しを体験してみた感想や、疑問質問をどしどし書き込んでください。では、次回もお楽しみに——フィルタが外れた目には、世界はどう映るでしょうか』


 動画が終わると、画面にチャンネル登録を促すボタンが表示される。俺は無意識に『高評価』を押していた。


 ***


 駅に着く。いつもの改札。いつもの階段。いつもの道。


 ——いつもの、はずなのに。


 動画の影響か、今日は景色が少し違って見えた。いつもなら歩きスマホで通り過ぎる道端の植え込みに、小さな白い花が咲いていることに気付く。名前は知らない。でも、確かに咲いている。いつから?


(こんなところにこんな花咲いてたんだ)


 ふと鼻を突いたのは、アスファルトの匂いと、雨水が蒸発するような土の匂いが混ざったものだった。いつもは無意識に遮断している街の匂い。

 耳を澄ますと、エンジンの低い唸り声、どこかの店舗から漏れ聞こえるBGM、遠くで鳴く鳥の声、そして自分の足音がアスファルトを叩くリズムまでが鮮明に聞こえてくる。今までただ「騒音」として処理されていたものが、一つ一つの独立した音として頭の中に流れ込んでくる。


 大通りの交差点に出る。信号待ちの間、ふと鼻を鳴らすと通りの花屋から花の香りがしてきた。それから——美味しそうな匂い。


 匂いの元を探ると、目に入ったのは交差点の角にあるいつもは目もくれない小さな定食屋。看板には手書きで『手作りおかずの店』と書かれている。


(この店、いつも通り過ぎてたけど、今日はここで昼飯食べてみるか)


 いつもの通勤路がまるで初めて通る道のように感じる。


 視覚だけでなく、嗅覚も、聴覚も、脳が『無関係』と切り捨てていた情報を、今は拾い上げている。


 まるで新人の頃に戻ったようなフレッシュな気持ちで俺は足を速めた。


 ***


 会社は、駅から徒歩十分の雑居ビルの五階。小さな広告代理店。社員は全部で十五人。俺の席は、窓際のパーティションの隅。


「おはようございます。遅れてすみませんでした」


「おっ、佐藤さん、遅刻じゃないっすか」


 席に着くなり声をかけてきたのは、隣の席の田中。入社二年目で、俺より一年後輩。その持ち前の明るさに助けられることも多いが、少しうるさい。


「社内チャット見てないのかよ、電車が遅延してなー。それより田中、スコトーマって知ってるか?」


「スコ……何すかそれ?」


「視覚の盲点ってやつ。脳が勝手にフィルタリングして、見えてるのに見えてないってやつ」


「へえ。で、それがどうしたんすか?」


「いや、なんか面白いなと思って。例えばよ、お前、この会社に入って二年、廊下の掲示板に貼ってあるポスター、全部覚えてるか?」


「え? いや、そんなの……」


「見てないんだろ? でも、毎日目の前を通ってるはずだ。それがスコトーマだ」


「へえー。じゃあ佐藤さんは覚えてるんすか?」


「……いや、覚えてない」


 二人で笑う。


 その後の打ち合わせの間、俺は何度も窓の外を見た。いつものビルの谷間に挟まれた空。いつもの雲。


 ——いつもの、はずなのに。


 今日は雲の形が、妙に立体的に見えた。


 ***


 午後の会議。新規クライアントの企画プレゼン。俺は資料を配りながら、いつものように会議室の隅に立っていた。


「——ということで、今回のキャッチコピーは『発見』をテーマに」


 部長が話している。俺はふと、目の前の資料に目を落とした。配布資料の裏面。いつもなら裏面なんて見ない。でも、今日は見た。

 そこに、誰かの走り書きがあった。


『3F倉庫に古い資料あり。参考に』


 字は汚い。誰が書いたのかわからない。でも、三年間この会社にいて初めて気付いた。

 会議が終わった後、俺は三階の倉庫に行った。埃っぽい部屋。古いパソコンの箱や、使わなくなった看板が積まれている。奥に、段ボール箱があった。『旧企画資料』と書かれている。

 中を覗くと五年前の企画書が出てきた。キャッチコピーは、今回の企画と驚くほど似ていた。


「……佐藤さん? 何やってんすか?」


 後ろから田中の声。俺は慌てて箱を閉じた。


「いや、なんか……参考になりそうな資料が」


「へえ。俺、こんな部屋あるの知らなかったっすよ」


「……俺も、今日まで」


 田中は不思議そうな顔をしたが、すぐに「あ、じゃあ、そろそろお昼行きません?」と話題を変えた。


「それならさ、通りの角にある小さい定食屋、入ったことある?」


「あー、あの古びた店ですか? 気になってはいるんですけど、いかにも、個人でやってる客は常連さんばかりの店!って雰囲気で一人じゃ入りづらいんですよね……」


「じゃあちょうどいいじゃん。二人なら怖くないだろ。行ってみようぜ」


「確かに。佐藤さんと一緒なら心強いです。じゃあ、開拓してみますか」


 ***


 少し緊張しながら暖簾をくぐったその店は、予想以上に当たりだった。


「いらっしゃい! お二人さん、初めてかい?」


 奥の厨房から、溌剌とした女性が笑顔で顔を出した。


「はい、通りがかりに看板が気になって」


「あの看板、味があっていいっすよね。店主が書いたんですか?」


 俺たちがそう答えると、店主は嬉しそうに目元を和らげる。


「そうかいそうかい。あの表の看板ね、あれはうちの夫が昔手書きしたやつでさ。もうボロボロなんだけど、なんか愛着があって変えられなくてね。何にします? 今日の日替わりはアジフライだよ」


「じゃあ、俺はその日替わりで」


「俺も同じのでお願いします!」


 田中が元気よく注文を通した。

 しばらくして、こんもりと盛られたキャベツの千切りと、黄金色に揚がった大ぶりのアジフライ、が運ばれてきた。しかもなんと、きんぴら、冷やっこ、ひじきの煮物、ポテトサラダの小鉢付きだ。


「どうぞ、ゆっくりしていってね。あ、お茶はあそこ。セルフサービスだから好きなだけ飲んでって!」


「ありがとうございます。アジフライでっか……!おかずのボリュームもすっご!」


「うわ、めっちゃ美味そう……!」


 田中が割り箸を割り、勢いよくアジフライに齧り付く。


「サクサクで、中がふわふわっす! 佐藤さん、これ大正解ですよ!」


「本当だな!」


 いつも食べているコンビニ弁当やチェーン店のランチとは、明らかに違う。時間をかけて作られた、人の手の温もりのような味だ。


 ***


「そういえば、さっき言ってたスコトーマってやつ。何で知ったんですか?」


 田中がご飯を頬張りながら訊いてきた。


「あ、それな。実は、今朝通勤電車の中で面白い動画を見てさ。そこで知ったんだよ」


「動画? どんなやつですか?」


「これなんだけど……」


 俺はスマホを取り出し、『不可視領域』のチャンネルページを見せた。田中は興味深そうに画面を覗き込む。


「へえ、登録者数十万……『不可視領域—視界の死角』……うわー堅苦しそう……」


「中身は堅苦しくねえよ。見てみろ」


 俺はスコトーマ解説の最初の動画を再生した。黒瀬理が、いつもの口調で語りかける。


『目に見えていても意識されないものってありますよね』


 田中は、最初は適当に見ていたのが、だんだん黙り込んでいった。動画が終わる頃には、目を離せない様子だった。


「……これ、めっちゃ面白いっす」


「だろ?」


 田中がスマホを開き、チャンネル登録をする音が小さく聞こえた。


 店を出ると、涼しい風が頬を撫でた。腹ごなしにゆっくりと歩きながら、田中が大きく息を吐いた。


「いやー、あの店当たりでしたね。味も良かったし、店主さんも感じ良かった。それにあのボリュームであの値段、都心じゃ考えられないっす」


「だろ?実はあの店もスコトーマ外しで興味持ったんだよ。あの動画のおかげだな」


「リピート決定ですね、絶対。また来ましょうよ、二人で」


「ああ」


 足取り軽く、俺たちは会社への道を戻った。


 その日の午後、俺は少しだけ調子が良かった。企画書に、倉庫で見つけた五年前のキャッチコピーをアレンジして盛り込んだら、部長に「意外と鋭いな」と褒められた。


(スコトーマ外し、すげえな)


 ***


 帰宅。いつもの駅。いつもの道。いつものアパート。


 ドアを開けると、クロがいつものように玄関で待っていた。三年間飼っている雌の黒猫。真っ黒だから『クロ』。我ながら安直だ。引っ越してきた頃、道端で鳴いていたのを拾った。


「ただいま」


 俺が声をかけると、クロは尻尾を立ててすり寄ってきた。いつものことだ。


 部屋は六畳の散らかったワンルーム。

 玄関脇には冬のコートが掛けっぱなしになっているコート掛け。しわくちゃの布団が広がっているベッド。角が擦り切れたくたびれたソファ。その後ろにある世話をサボり気味の観葉植物。最後に着たのがいつだったのか最早思い出せない上着が背もたれに掛けっぱなしの椅子。買ったまま読んでいない小難しい小説や、何年も前に読んだきりの古い漫画が入っている棚。傷だらけのローテーブル。テレビや小物が置いてあるスチールラック。その隣に置いてある、クロがよく上に乗っかっている観音開きの洋服タンス。

 クロは俺から離れると、ソファに登り、そこからスチールラックに飛び移り、洋服タンスの上に飛び乗った。いつもの動線、いつもの定位置だ。クロはそこで丸まり、黄色い目を細めて俺を見下ろした。


 この洋服タンスは一度も本来の用途としては使われていない。ズボラな俺は引っ越しのときに衣類を入れていた衣装ケースをそのままタンス代わりにしており、更に洗濯後の服はソファの横に積み上げっぱなしにしたりその辺に引っ掛けておくことが多いので、今は完全にクロ専用のくつろぎスペースと化している。


「お前、本当そこ好きだよな」


 クロは答えない。ただ、尻尾をゆっくり振って、喉を鳴らす。

 俺は手を伸ばしてクロを抱っこする。クロは抵抗せず、ダラリと力を抜いて俺にくっついてきた。そのままソファに座ると今度は俺の膝の上で丸まった。温かい。生き物の体温。脈打つような鼓動。


「クロ~聞いてくれよ。今日めっちゃいいことあってさ。スコトーマって言って……」


 俺は閃いた。そうだ。家の中にも何か新しい発見があるかもしれない。


「よーし、いっちょ探してみるか!」


 クロを下ろすと、クロは俺を見つめたまま、ゆっくりと瞬きをした。

 俺は立ち上がり、部屋の中を見回しながら歩き出した。クロも興味深げに俺の後についてくる。まずは何となく目に入ったクロの餌入れ。クロの昼飯用の自動給餌器の中身を確かめようと蓋を開けると、餌を取られると思ったのかクロが素早く割り込んできて、「フシャァ」と威嚇する。


「ごめんって。お前の飯を取ったりしないから安心しろよ。腹減ってんのか?ほら、今晩飯出してやるから」


 缶詰を開け中身を餌入れに出すとクロは無我夢中で食べ始めた。


「よしよし、いっぱい食べろよ」


 続いてクロのトイレ。かわいいクロの快適な生活のために朝と夜にしっかり汚れた砂を取り除き、月に一度は丸洗いしている。


「……自分のトイレもそれくらいきれいにしろって?分かってるんだけどなあ。何か自分のプライベートなスペースはやる気起きないんだよな……」


 そんな独り言を言いながらクロのトイレ掃除を済ませると、次は本棚の前に移動した。床に腰を下ろし本を取り出して中身をチェックしていく。餌を食べ終わったクロが本を狙っているのを警戒しながら。


「うわ懐かし……めっちゃハマってたよなこれー」


 昔好きだった漫画をペラペラを捲る。懐かしさと改めて感じる面白さに読むのが止められない。クロはすぐに本への興味を失い、お気に入りのフェルトのボールを転がして遊び始めたので、俺も本格的に漫画を読むのに集中し始めてしまった。


「この流れはまずい……俺は部屋のスコトーマ外しをするために……いやでももうちょっとだけ……あと一冊……次の巻読み終わったらそこでやめるから、うん」


 だが気付けば本来の目的を忘れて漫画に夢中になってしまい、結局そのまま全巻読み終えてしまった。


「いやーやっぱ何度読んでも名作だなこれ!」


 読み終えた漫画を戻し、次の本を取り出し表紙を見る。


「……ん?こんな漫画持ってたっけ?……そもそもタイトルも聞いたことないしキャラも見たことないような……こんなマイナーな漫画買ってたか?」


 まあ、全く記憶にないけれどそういうこともあるだろう。

 パラパラとページを捲る。内容も覚えがない。支離滅裂で破綻したストーリー、絵もところどころ崩れていて正直下手だ。さっきまで名作を読んでいたから尚更落差を感じる。


(ビックリするほどつまんねぇー……何でこんなの買ったんだ昔の俺!)


 すぐに本を閉じて壁掛け時計に目を向けた。時刻は22時を過ぎている。


「げっ、漫画に夢中になっててもうこんな時間かよ。結局クロの餌とトイレチェックして漫画読んで終わっちまった。やべー早く風呂入らなきゃ」


 俺は慌ててマイナー漫画を棚に押し込むと、奥の方からクシャっと紙が押し潰されるような音がした。


「ん?何か引っかかった?」


 マイナー漫画をもう一度取り出し棚を覗き込むと、奥に何か紙切れがあるのに気付いた。手を伸ばして引っ張り出したそれは、何と一万円札だった。


「おお!!ラッキー!!いつこんなところに隠したんだっけ?酔っ払ってへそくり代わりに押し込んだのかな?まあ何にしろスコトーマ外しすげえ!ありがとう『不可視領域』!!」


 今日一日で気付いたことが、いつもの一週間分くらいあった気がする。道端の花。定食屋。倉庫の資料。——そして、この一万円。


「なあクロ、これでお前のおやつもいつもよりちょっといいやつを……クロ?」


 俺は、ふと、横に座っているクロを見下ろした。クロは、ボールで遊ぶのをやめてじっと洋服タンスの方を見ている。


「お前たまにそうやって部屋の隅とかじっと見るのやめろよー。俺をビビらせようとしてんのか?」


 クロはピクリとも動かない。ただ、洋服タンスの方を見続けている。


「……おかえしにー、こうだ!」


 俺はクロの喉元を指で撫でた。クロは気持ちよさそうに目を細める。喉を鳴らす音が、部屋に小さく響く。


「うりゃうりゃー気持ちいいかー?」


 俺はクロを撫でながら、ふと思った。


(あれ、クロはいつから洋服タンスの上が好きだったっけ?)


 引っ越してきた頃から?——いや、そんなことない。引っ越した当初は、クロはベッドの下が好きだった。せっかく猫を飼ったのに、ベッドの下に籠もってばかりでなかなか姿が見えず、寂しい思いをしていた記憶がはっきりとある。それが、いつの間にか洋服タンスの上になった。いつから?


(……いや、前からだよな)


 脳が、自然に修正する。そうだ、前からだ。クロはいつも洋服タンスの上が好きだった。俺が気付かなかっただけで。

 俺は、クロを撫でる手を止めなかった。目を閉じた。クロの体温が、膝の上で脈打っている。


(明日も、きっといい一日になる。スコトーマを外して、もっと『発見』ができる)


 風呂から上がり、飯を食って、そう思いながら俺は眠りについた。

 クロが、今も洋服タンスの方を見ていることに、気付かないふりをしながら。

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