【第7話】六人の覚悟
待つのをやめた。
六人で、動く。
◆◆◆
白く焼けた校庭に、誰もいない。
部活の声も、生徒の笑い声も、何もない。
あるのは補修の跡が残る壁と、まだ乾き切らない塗料の匂いだけだ。
清王学園が襲われた夜から、二週間が経った。
それでもこの学校には、まだ何かが置き去りにされたままだ。
昇降口脇のベンチと植え込みのあいだ。
そこに六人は、自然と集まっていた。
誰かが呼び出したわけじゃない。
連絡を取り合ったわけでもない。
それでも、ここに来ていた。
もう自分たちは、何も知らない生徒のふりではいられない。
そのことだけを確かめるために。
◆◆◆
慎悟は膝の上の蒼王を静かに拭いていた。
刃を磨く手は落ち着いている。
けれどその指先の静けさは、平穏から来るものじゃない。
踏み込むための静けさだ。
南海は小さなノートを開き、街の地図に記した印を何度も見比べている。
歩美は救急ポーチの中身を整え、包帯の端をきっちり揃え直していた。
蓮はフェンスにもたれたまま、遠くの通りを見つめている。
翼はしゃがみ込んでノートに線を引き、点を戦場へ変えていた。
友紀だけがじっとしていられず、自販機の横で何度もつま先を鳴らしていた。
怖くないわけがない。
それでも、誰も「帰る」と言わなかった。
◆◆◆
慎悟の背中を、冷たいものがゆっくりとなぞっていく。
街に、いる。
繁華街に残った焦げ跡。
喫茶店近くで見つかった破壊の痕。
住宅街の南側で途切れた目撃情報。
もう偶然では片づけられない。
敵は近い。
しかも、今日はまだ昼だ。
慎悟は手を止めた。
これまでの敵は、薄暗くなる頃を選んで現れることが多かった。
不安が濃くなる時間を選んで、人の心に爪を立ててくる。
だが、昼に動くなら話は別だ。
隠れる気がない。
恐怖を、見せつけに来る。
◆◆◆
「遥の行方は、まだ掴めてない」
南海がノートから目を離さずに言った。
「美和の足取りも消えたまま。でも、消えたんじゃない。あれは隠れてる動き」
翼が続ける。
「痕跡が偏ってる。繁華街、駅前通り、住宅街の南側。移動してるっていうより、見てる」
「見てる?」
友紀が眉をひそめた。
「どこを壊せば人が一番怯えるか。
どこを襲えば、こっちの連携が乱れるか。
それを測ってる」
吐き捨てるように友紀が言う。
「最低」
「最低だよ」
蓮は遠くを見たまま答えた。
「しかも、一回で終わらせる気がない」
風が吹き、フェンスがかすかに鳴った。
「昨日までの痕跡を並べると、溜めて、ずらして、また溜めてる。
派手な一撃より、次の一手が怖くなる動きだ。
今日は、その切り替わりに見える」
「……今日、来るの?」
歩美の声は小さかった。
けれど逃げてはいなかった。
蓮が頷く。
「今日。遅くても明日。
でも、日曜の昼にここまで静かなのは、できすぎてる」
その一言で、空気が変わった。
◆◆◆
歩美が救急ポーチを抱え直す。
白い指先が、わずかに震えていた。
「わたしも……朝からずっと嫌な感じがしてる。
学校が襲われる前と似てるの。
音が遠くて、空気が重くて、何かが来る前の感じ」
沈黙が落ちた。
遠くで車の音がした。
それすら、この場所には届かない気がする。
慎悟は五人の顔を見た。
南海は不安を押し殺している。
歩美は怖いのに、助ける準備をやめない。
蓮は最悪を先に読んでいる。
翼は崩れる前提で戦場を組み替えている。
友紀は今にも飛び出しそうな衝動を、ぎりぎりで立たせていた。
誰も、逃げる顔をしていなかった。
その事実が、慎悟の胸を打つ。
前なら、一人で背負おうとした。
自分だけが前に出ればいい、自分だけが傷つけば済む。
そう思っていた。
違う。
それは強さじゃない。
仲間を信じきれないだけだ。
慎悟は蒼王を鞘に納めた。
◆◆◆
「来るなら、待たない。こっちから動く」
友紀がすぐに顔を上げる。
「賛成。待ち伏せされるより、走ったほうがマシ」
「走るなら順番がある」
翼の短い声で、場が止まった。
「同時に来られたら、一か所に固まるのが一番まずい。
最初から二手に分けるべきだ」
南海がノートを閉じる。
「翔一たちは繁華街。
伊織たちは喫茶店近く。
狙うなら、その二つ」
「二か所同時」
慎悟は頷いた。
「そのつもりで動く」
蓮が即答する。
「前に立つやつ。支えるやつ。読むやつ。
ひと組ずついれば、初動は作れる」
歩美が息を呑んだ。
「でも、相手が二体以上いたら……」
「持ちこたえる」
慎悟は言い切った。
自分でも驚くほど、声は揺れなかった。
「勝ち急ぐな。
倒そうとするな。
まず全員、生き残れ。時間を稼いで、合流する」
南海が慎悟を見る。
その目は少しだけ鋭くて、すぐにやわらいだ。
「……やっと言えたね」
「何が」
「"俺がやる"じゃなくて、"みんなで帰る"って」
慎悟は言い返せなかった。
代わりに友紀が笑う。
「遅いんだよ、お兄ちゃん」
「うるさい」
ほんの一瞬だけ、空気が緩んだ。
◆◆◆
その瞬間だった。
蓮の目が細くなる。
翼のペン先が止まる。
歩美が息を詰めた。
慎悟のスマホが震えた。
ほとんど同時に、友紀の端末も鳴る。
嫌な一致だった。
慎悟が画面を見る。
翔一。
友紀の顔色が変わる。
伊織。
慎悟は通話を取った。
「翔一――」
返ってきたのは、雑音に裂かれた声だった。
荒い息。
何かが砕ける音。
遠くの悲鳴。
『慎悟……っ、来た! 繁華街だ! 店が――』
激しい衝突音。
通信がひしゃげる。
友紀の端末からも切迫した声が漏れた。
『こっちも! 喫茶店前、牙蓮が――』
その直後、破裂音。
ガラスの砕ける音。
誰かの悲鳴。
それで十分だった。
◆◆◆
六人の顔から、迷いが消える。
ついに来た。
しかも、二か所同時。
慎悟は立ち上がる。
胸の奥で恐怖が暴れていた。
けれど、その奥からもっと強いものがせり上がる。
今日は、守られる側で終わらない。
「南海、歩美。俺と来い。繁華街へ走る」
「了解」
南海はもう迷わなかった。
「うん……行く」
歩美は震える手のまま、強く頷く。
「友紀、蓮、翼。喫茶店前だ」
友紀はもう半歩前へ出ていた。
蓮は静かに頷き、翼はノートを閉じて立ち上がる。
それぞれに怖さがある。
それぞれに迷いもある。
それでも、行く。
だから慎悟は、隊長の顔ではなく、
同じ恐怖を抱えた仲間として五人を見た。
そして言う。
「絶対に――全員で帰るぞ」
五人の目が変わった。
「当たり前」
友紀が笑う。
南海はまっすぐ頷き、
歩美は震える指を自分で握りしめる。
蓮は目を細め、
翼は短く息を吐いた。
次の瞬間、六人は同時に地面を蹴った。
白く焼けた校庭を。
静まり返った学校の外を。
昨日までと同じ顔ではいられない街へ向かって。
走る。
選ばれたからじゃない。
自分たちで、選ぶからだ。
◆◆◆
→次話「十色覚醒」へ続く
◆今日、二か所同時に鬼が現れた。翔一は繁華街で何と戦っているのか。そして「牙蓮」とは、いったい何者なのか――
走り出す直前まで、六人の足は止まっていました。
怖かったからじゃない。
怖いのに、それでも止まれなかった。その重さを書きたくて、今回はあえて戦闘前で終わらせました。
翔一の通信が途切れる瞬間、「来た」と分かる瞬間。
あそこで六人の顔から迷いが消えるシーンは、何度書き直しても、これ以上そぎ落とせなくなりました。
次話では、二か所同時の戦場が始まります。
繁華街の翔一たちに何が起きているのか。
「牙蓮」という名前を、どうか覚えておいてください。
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次話もよろしくお願いします。




