ゼッタイ遅れるなよ
その日、俺は翌日に迫った商談の資料を拵えていた。相手は大阪の大学。とある商品を大量に発注するので、安価になりませんか、という相談を受け、その打ち合わせに明日、向かうのだ。
現在でもこの大学は結構な安価でそれを購入している。そこからさらに値引くというのは、なかなか骨の折れる仕事だ。わが社はその生産工場との取引もあることから、それは可能と判断しての商談だ。
俺は状況に合わせて話を進めるために、三つの料金パターンを用意していた。できれば、わが社にも利益が残るパターン1の内容で進めて、合意に持っていくのが理想だ。
その打ち合わせには、周防を連れていくことになっていた。別に俺が指名したんじゃない。相手も二人で来るので、こちらも人数を合わせた方がいいだろうということで、言わば、人数合わせだ。最初は係長の尾関が同行することになっていたのだが、彼は彼で顧客を抱えているので、その日は別の案件が入ってしまった。そこで、周防に白羽の矢が立った、というわけだ。
周防を呼び、いま、作ったばかりの書類を彼女に渡す。明日の商談で使うものだから、チェックしておくようにと念を押す。
「明日の打ち合わせ会場は、リーガロイヤルホテルだ。俺はその前に別件があるから、待ち合わせはそのホテルのロビーだ。最寄り駅はJR環状線の福島駅だ。大阪からだったら二駅目だ。内回り線と外回り線があるから気をつけろ。相手よりも遅れてくるのはみっともない。先様とは十四時の待ち合わせだが、俺たちはその二十分前に集合としよう。くれぐれも、環状線を間違えるなよ」
と言うと、周防はバカバカしいという表情を浮かべた。
「私、東京の大学に通っていたのですよ? 山手線と同じでしょ? 内回りと外回りを間違えるなんて、ありえないですよ」
「で、あればいいがな。いいか、二駅目の福島で降りるんだ。わからなければ、電話してこい」
「大丈夫です」
そう言って周防は自席に戻っていった。
翌日、俺は十三時半からホテルのロビーで待っていた。周防は、俺が指定した時間になっても、姿を現さなかった……。




