美亜、マネージャーになる
身支度を終えて、私はいつも通り学校までの道のりを歩いた。
私の学校は歩いて十数分のところにあるから、交通の便が良い。
そして、学校の敷地が見えてくると、私の前に里香の後ろ姿が見えた。
私はニタリ顔で里香の真後ろまでこっそりと接近する。
そして、両方の人差し指を突き立て、里香の脇腹めがけて突き刺そうとした。
青春を謳歌している学生のちょっとしたいたずらだ。
私と里香はこんな悪ふざけができるくらいには仲が良いから、きっと許してくれることでしょう。
しかし、突き刺した人差し指は脇腹寸前で、里香の手によって防がれてしまった。
それどころか、里香は掴んだまましなやかな動きで私の正面に振り返り、私の人差し指を私の脇腹寸前で止めた。
「ぐぅ、何故気づいた。あと、腕がねじれて痛いです……」
「そう何度も同じ手に引っかかるかよ」
どうやら、手の内を熟知しているほど、私との仲は良好だったようだ。
両腕を解放された私は、里香と並んで通学路を歩いた。
「さて、里香の危機察知能力の向上に貢献したところで……」
「それ、初めて聞いたぞ。あと、勝手に実施するな」
「里香よ、貴様には今回の貸しとして、私と暦君を繋ぐキューピットになってもらおうか」
「恩の押し売りやめろ」
なんて言っても、登校中の短い時間で、良い作戦なんて思いつくわけもなく、あれよあれよと放課後になってしまった。
帰りの挨拶が終わると、教室中がバタバタと騒ぎ出す。
そそくさと教室を走って出ていく運動部や、一緒に仲良く部室へと歩く文化部。
席から離れず世間話で盛り上がる帰宅部。
私のクラスを大別すると、ざっとそんな感じだ。
そんな中で、帰宅部である私は眠たそうにスマホをいじっている里香を捕まえて、暦君攻略に向けた会議を始める。
「さて、どうすればいいと思う、里香ちゃん!」
「議題もないのに、いきなり丸投げするな」
「議題なんて暦君しかないでしょ!?」
「お前の頭の中、暦しかないのか?」
「とにかく! 今の私は、無意識に暦君に近付いただけで、気まずくさせてしまう女になってしまっているのが現状です! ぶっちゃけ、アタックすらしてない女子に一歩後退している絶望的な状況なのです!」
「それ、もう諦めた方がいいじゃないか?」
里香は冷静になって私に現実的な提案をすると、スマホから時間を確認した。
「もうこんな時間か。ごめん、美亜。私そろそろ行かなきゃ」
「あれあれ? 里香ちゃんよ、そなたに放課後の予定なんぞ存在するのかえ?」
「失礼な物言いだな。私にだって用事くらいできるよ」
「何なに? 彼氏とデートとか?」
私は嘲笑気味に訊ねる。
「違うってば、部活だよ」
「部活? 里香って陸上部辞めたんでしょ?」
「陸上部じゃないよ。私、今年からサッカー部のマネージャー始めたの」
「へぇ、サッカー部のマネージャーねぇ」
そして、私はある事実に気づき、にやけながら里香を見た。
「そういえば、折節もサッカー部のマネージャーだったね~」
すると、里香は背景に鬼神の如く煉獄の炎をまとい、私にアイアンクローをかました。
「二度とそんな面ができないようにしてやろうか」
「ご、ごめんなさい……」
しかし、里香のアイアンクローによって刺激された脳は、私に一つの答えを導いてくれた。
「これだっ!」
閃いた私は再びにやけ顔になり、ニシシと声を抑えて笑った。
「お前、また変なこと考えてるだろ!」
すると、里香は更に力を入れて私のこめかみを砕こうとしてきた。
「違う違う! 折節のことじゃないからー!」
結局、この日は額を真っ赤にしながら、一人で帰路についた。
思いついた作戦は明日決行だ。
翌日の放課後――。
私は学校のジャージに着替えて、広いグラウンドの上に立っていた。
目の前にはがっしりとした体格の男子たちが整列している。
「今日からマネージャーをさせていただきます! 一年の春山美亜です! 今日から三年間よろしくお願いします!」
元気よく、愛想よく振る舞う私に、目の前の男子たちは一人を除いて釘付けになっていた。
皆私の魅力にソワソワしているのが、丸見えだ。
まぁ、私としては及第点といったところだけど、案の定一番刺さってほしい男子にはそっぽを向かれてしまった。
しかし、そんな逆境もサッカー部のマネージャーという暦君に近い立場を利用して、乗り越えてみせる!
「同じく一年の夏海里香です」
私の自己紹介が終わり、里香の番になるが、部員の視線はずっと私にあった。
魅力があり過ぎてごめんねと、私は里香に横目で訴える。
「(……部活が終わったら、倉庫でシバいておくか、鍵も忘れずにかけておこう)」
里香が淡々と喋りながら鋭い横目で何かを訴え返してきたので、私は即座に前を向いた。
里香は短めに話を済ませると、お次は折節の番だ。
「えー、同じく一年の折節剛です。中学まではサッカー部にいましたが、訳あって今年からマネージャーをさせていただきます」
サッカー部にいた事実を聞いて、つい私は顔二つ分くらい差ができている折節の顔を見上げてしまった。
なんだ、あいつもサッカーやってたんじゃない。
だったら、暦君と一緒にプレーしてれば良かったのに……。
私は柄にもなく、そんなことを考えてしまった。
「サッカーの知識に関しては、いつもそこの暦と戦術なんかを語り合っているので、戦術面でのサポートもしていくつもりです。よろしくお願いします」
折節が腰深くお辞儀をすると、部員たちからは感嘆の声と、大きな拍手がグラウンドを響き渡らせた。
……なんか、私よりも注目集めてない?
可愛い女の子よりも、優秀な筋肉だるまがご所望ですか、そうですか。
暦君に限らず、皆サッカー小僧ってことね。
私は人差し指で髪をクルクルと巻きながら変な敗北感に浸っていた。
マネージャーの挨拶が終わると、今度はサッカー部の監督からの話があったが、私は一切耳を傾けることはなく、私よりも目立っている折節に対して、横目を極限まで細めて睨みつけるのだった。




