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暦君には壁が居る  作者: 二核


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5/22

春山美亜には家族が居る

 ピピピピッ――。

 一回のアラームで目を覚ましたら、次のフェーズが鳴る前に止めるのは朝の最初のルーティンだ。

 カーテンを開けたら、うんと全身を伸ばして陽の光を浴び、私の素晴らしい一日を肌で感じ、制服に着替えて姿見で自分の身嗜みを整えた。

 今日の私も完璧だ。

 部屋を出たらトタトタと階段を降りて、リビングに入ろうとすると横から私が溺愛する生き物が身体にしがみついてきた。

「おねーちゃん、おはよう!」

「おはよう、ふーちゃん」

 私の弟――船王ふなおは今日も元気いっぱいだ。

「おはよー、美亜」

 気だるそうに欠伸をしながら挨拶してきたのは、私のお母さんだ。

 小学生の船王はお母さんと一緒に寝ている。

「おはよう、マミー」

 日本人にしては珍しいかもしれないが、私は自分の母のことをそう呼んでいる。

 だって、この呼び方、とても可愛いんだもの。

 私たちは朝ご飯を食べようとリビングの扉を開けると、窓の前に立って腕を組みながら朝日を浴びている男の姿があった。

「おはよう、諸君!」

 男は私たちに気づくと、いかにも風格がありそうな挨拶をする。

 私のお父さんだ。

「オー、マイ、パピー! 帰ってたんだ!」

「ハッハッハッ! 仕事が思ったよりも早く済んだのでな。三日も早く帰ることができたのだ!」

 私の父――パピーは漫画界でもかなりの人気を誇る漫画家だ。

 それは、これまでパピーが作り上げてきた作品の総合売上部数が、億の域にいることが物語っている。

 つまり、パピーの努力してくれたおかげで、私の家はお金持ちなのだ。

「お仕事の調子はどう?」

「順調も順調だ! 何故なら、今の我は人生で一番、漫画を描くことを楽しめていからさ!」

 私のパピーは仕事の影響なのか、喋り方に少しだけ癖がある。

 でも、どんな相手であろうと、根は良い人でお金持ちで顔が良ければ、何も問題ないと私は思うのだ。

「おー! 流石パピー!」

「何せ、若手時代は売上という悪魔に縛られながら描いてきたのでな。あの頃はそのプレッシャーに押しつぶされそうになっていたものだ」

 突然始まるパピーの自分語り。

 興味津々に聞いている私をよそに、マミーとふーちゃんは朝ご飯の支度をしていた。

「しかし、我は他のどの漫画家がしないような努力によって、今のこの地位があるのだ!」

「どんな努力をしたの?」

「フッフッフ、それはな“先取り”というやつだよ我が娘よ」

「おー」

「我は昔から描くスピードと集中力には揺るぎない自信があった。しかし、そんな我には話作りに最も欠かせない発想力がなかったのだ」

 パピーは愛用の眼鏡をクイクイッと持ち上げる。

「しかーし! アイデアの乏しさなど、他の作家から拝借してしまえば、この問題から脱却できる! そのために、我は夜中、出版社に忍び込んでは企画書のデータを盗み見、会議室のテーブルに盗聴器を忍び込ませ、作家と担当のやり取りを盗み聞ぎしては漫画に落とし込んだものよ」

「要するに他の作家さんのアイデアをパクったってことね!」

「そうだ! しかし、我が先に似たようなものを作り、世に出してしまえば、世間の目ではそのアイデアは我のものとして認知される。つまり、私は天才的なアイデアでのし上がった天才作家として世間から認知度され、それに見合った対価が得られ、こうして裕福で幸せな家庭を築けたということなのだよ! ハーハッハッハー!」

 パピーの高笑いが部屋中に響き渡る。

「素晴らしい! 流石私たちの自慢のパピー!」

「そう褒めちぎるな我が愛しの娘よ」

 パピーは再び得意げに眼鏡をクイッと持ち上げる。

「つまり、我の教訓として我が子に伝えたいのは一つ……いや、結構あるかも。……とにかく、己の中に秘めた想いがあるのならば、他人に配慮した生温い手段など択ぶな! たとえ、周囲を傷つけようとも、それ以外に手段が無いのなら容赦なく実行に移せ! 世間から後ろ指を指されようとも関係ない! そいつは周囲に気を取られ、英断を下せなかった弱者なのだから! 勝者は世の中の常識なんぞ気にも留めず、矜持を捨てて己の信念を突き進む! これぞ、人間の心理というものだ!」

 パピーの熱い言葉に、私は心の底から感銘を受ける。

「なんてかっこいい言葉。それは、どこで輸入してきた名言なの?」

「生憎だが、これは我オリジナルである」

「流石パピー! これまでパクってきたノウハウに、五十代間近になってようやくアレンジが加えられたてことね!」

「ハハハ。そう褒めるな、我が愛しの娘よ」

 パピーは意気揚々としながら、私の頭に手をポンッと乗せた。

 そして、一連のやり取りを終えると、私とパピーのお腹から虫の声が鳴りだした。

「ふむ、喋り過ぎたら腹が減ってきたな。マイハニー! 朝御飯はまだかね?」

 私は後ろに振り返ると、マミーとふーちゃんが既に食器を並べて、二人とも手を合わせていた。

 しかし、テーブルの上には三人分しかない。

「おや? これでは美亜の分が無いではないか? 美亜も大切な家族の一員であるぞ?」

「パピー。多分足りないのはパピーの分だと思うよ?」

「なんと!? 我の分が無いとは、どういうことなのだマイハニーよ!」

 すると、ふーちゃんがよいしょと背の高い椅子から降りて、トテトテとパピーの下に駆け寄る。

「おー、我が愛しの息子よ。ここは一つ、我のために極上の朝御飯を作ってはくれぬか?」

 しかし、ふーちゃんが反応を示すことはなく、ずっとにんまりとした顔を維持していた。

「あ、あれ? 船王?」

 パピーが案じると、ふーちゃんはニコニコの笑顔のままこう言った。

「パピー(子犬)、どうして帰ってきちゃったの?」

「えっ? 強いて言えば、愛する家族に会うためなんだけど、なんか言い方辛辣過ぎない?」

 あまりにも衝撃的な発言には、パピーも素に戻ってしまった。

「お父さん、どうして帰ってきちゃったの?」

「さっきも言ったよね!? 結構恥ずかしいんだから、何度も言わせようとしないで!」

 今度はマミーが席を立って、パピーに追い打ちをかける。

「船王、そんな訊き方しちゃ、ダメじゃないか」

「でも、ママが言ってたの。世の中には普通の人と、普通じゃない人がいるんだって。だから、普通じゃないパピー(子犬)には、普通じゃない訊き方をしないといけないみたいなんだ」

 ふーちゃんはニッコニコの笑顔でそう言う。

 それは親の言うことをしっかりと聞く、お利口さんのような純粋無垢な笑顔だ。

「ちょっとお母さん! 船王にもしっかりとした情操教育を育ませてあげて!」

「あら~、ふーちゃんにはちゃーんと、“平等”というとても大事なことを教えてるわ。目には目を、歯には歯を。普通には普通を、異常には異常を。何も間違ってないじゃない」

 なるほど。

 マミーの考え方には一理あると、私は顎をさすりながら実感する。

「美亜まで納得したような顔しないで!」

「あと、三日も早く帰ってくるなんて一言も連絡くれなかったから、お父さんの朝御飯なんて用意できるわけないじゃない」

 マミーこの言葉でとどめを刺されたパピーはその場で膝から崩れ落ちる。

 そして、こらえきれず流れた涙を腕で拭いながら、颯爽と家を飛び出していった。

「朝御飯買ってくるーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 最後にそんなことを言い捨てながら。

「朝御飯食べたら無理して家に帰って来なくていいからねー! そのまま、一人でお仕事頑張ってねー!」

 玄関まで見送ったふーちゃんが、パピーに向かって叫ぶ。

 パピーはふーちゃんの声が聞こえていたのか、さっきよりも悲痛に泣き叫んでいたように聞こえた。

「よくできました。偉いねー、ふーちゃん」

 ふーちゃんの出色の出来に、頭を撫でて褒めるマミー。

 ふーちゃんは何も悪気がなさそうに、満面の笑みを浮かべていた。

 そして、私たちはリビングに戻って、家族三人全員で朝御飯の食卓を囲った。

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