動物園へ敵情視察
準決勝の試合が終了し、残るは3位決定戦と決勝の2試合のみとなった。
今はブレイクタイム中で、私は決勝進出を決めたチームに潜入するために、物陰から相手チームの様子を窺っていた。
先ほどの試合を戦った選手たちはそれぞれ体のケアをしていて、大怪我を負わせたあのゴリラも意気揚々と太腿の裏側を伸ばしている。
すると、そのゴリラと近くにいたチームメイトとの話し声が聞こえてきた。
「よう大猩」
そいつはゴリラの隣に座ると、これまたゴリラに引けを取らない大柄な男だった。
「大熊か。ゴールを決めてくれてありがとな。おかげでPK戦にならずに済んだ」
なるほど、ゴリラに対して熊か……。
どうやら、このチームは人間の皮を被った動物しかいないようだ。
「一応、フォワードですからね~。それに、お前のディフェンスの方が、こっちとしては大助かりだわ」
「あんなへなちょこ共の相手なんざ、大したことねぇよ。寧ろ、イエローカードにならないように手加減する方が難しいぜ」
「それ言えてる」
二人は声をあげて笑いだす。
「でも、最後の膝蹴りは流石にヤバかったんじゃないか?」
「あれでも、かなり抑えたつもりだったんだがな~。これだから、どこの馬の骨とも知れんやつの相手は困るんだよ」
どうやら、あの“大猩”とかいう凶悪ゴリラの辞書に、反省という言葉はないらしい。
……いや、そもそもゴリラだから辞書があったとしても、読めるわけないか。
勝手に納得していると、二人の会話は次の試合のことに移っていた。
「次の相手はどこなんだ?」
「上葉高校だって」
「あの名門校か……」
「あそこの10番。準決勝で9ゴールも決めてたな。あれでまだ一年だってさ」
暦君の話が出て、私はゴクリと唾を飲みこむ。
「ほぉ。どんな奴なんだ?」
「体格的には目立って小柄なんだけど、それ故に動きが俊敏でボールがなかなか取れない。キックの精度も高くて、得点もアシストもできる。分かりやすく言えば、あの世界の“レオ”とタイプが似た選手かな」
暦君の特徴を列挙すると、大猩とかいうゴリラはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「レオか……」
「だから、次の試合は気を付けた方がいい。いくらフィジカルに優れてるお前でも、交わされちゃ意味ないからな」
「いや、その心配はいらねぇ」
大猩はストレッチを済ませると、立ち上がって自慢の身長で大熊に影を作った。
「体はまだひ弱なんだろ? なら、この俺様がフィジカルでそいつの骨を戻せねぇくらいに粉砕してやるよ」
大猩はゴリゴリと指の骨を鳴らし、人殺しの目をしながら自信満々に大口を叩く。
「おいおい、退場だけは勘弁だぞ」
「安心しろ。アクシデントを装えば、カードは出ねぇよ」
大猩は高らかに笑い声を張り上げると、周りの人間が一斉に注目する。
……これは、まずいことになってしまった。
膝蹴りを受けた選手のことなんてもうどうでもいいけれど、懲りず暦君に致命傷を負わせようものなら、それは神への冒涜にも等しい行為。
やはり、試合が始まってしまう前に、私の手で奴を闇に葬るしかないようだ。
向こうがスポーツマンシップゼロの戦い方をするのであれば、こっちにも考えはあるのだということを教えてやらなければ。
ひとまず、奴の暴走を止めるためには、奴に近づかなければならないのだが、どうしたものか。
何か使えそうなものは無いか周囲を見渡していると、選手たちの脇でボトルやサッカーボールを片付けているマネージャーたちの姿が目に入った。
皆、里香みたいにつまらなさそうな顔をしながら、手を動かしている。
すると、マネージャーの中に、ある意味で際立った存在を一人見つけた。
「……きゃっ!」
そいつは、平坦な道で転ぶと、両手いっぱいに抱えたボールを周囲にまき散らし、偶然そこを通っていた一人の女子マネージャーの足裏を滑らせる。
「ご、ごめんなさい!」
なんてことない道で転んだポンコツマネージャーは、滑らせてしまった女子マネージャーの下まで這いずって即座に謝る。
「んもぉっ! あんた何回やれば気が済むの!?」
どうやら、前科があるようで、女子マネージャーは相当ご立腹だ。
ポンコツマネージャーも、返す言葉がないようで口を紡いでいる。
「さっさとボールを集めなさい! この役立たず!」
「うぅ……」
女子マネージャーに吐き捨てられると、ポンコツマネージャーは涙を潤ませながら、独り寂しく散ったボールを拾い集める。
見ていて可哀そうだけど、ドジる向こうも悪い。
いるのよねぇ……。
ドジを装って、男子の庇護欲を掻き立てて意識させる奴。
でも、そんなやり方じゃ、一時的に構ってもらえるだけで、長くは続くものじゃない。
最後に勝つのは、誠実で見た目麗しい女だけなのよ。
幸せな人生の掴み方を語ったところで、私はあのポンコツマネージャーに目を付け、彼女が周りから引きはがされるタイミングを窺った。
数分経つと、マネージャーたちに自由時間が与えられ、仲良しグループで固まってどこかへと去っていく。
そんな中、ポンコツマネージャーは、入る輪がなく立ち往生していた。
私の見立て通り、あの役立たずは同性の友達には恵まれていないようだ。
あいつを見ている人間は誰一人としていない。
……今がチャンスだ!
私は物陰から出ると、相手が騒ぎ出す前に口を塞ぎ、拳銃を頭に突きつけた。
「引き金を引かれたくなかったら、大人しく言う通りにしなさい」
もちろん、拳銃は弟から無断で借りたただのおもちゃだが、流石はポンコツといったところか、本物だと思い込んで、焦って頷く。
そして、周りに人がいないことを確認したら、煙のようにその場から消え去った。




