ガラスのサッカー人生
準決勝を圧勝で勝ち上がった我が上葉高校。
試合に出場した選手たちがアフターケアでストレッチをしている間、私たちマネージャー組はストレッチの補助役とボールやボトルなどの整理役に別れて作業していた。
私は暦君の専属としてストレッチの補助役を勝って出ようとしたのだが、暦君はすぐに折節の下へ行ってしまったので、仕方なしに里香と一緒に整理役に回った。
おのれ折節……。
試合の疲れで、固くなった太ももの筋肉をマッサージしながら、暦君と楽しそうに会話をする折節を見ていると、負の感情が沸々と湧いてくる。
「ほら、手が疎かになってるぞ」
よそ見をしていると、里香が空のボトルで私の頭をポコンと叩いた。
「いったーい! 試合だったらイエローカードですよ、里香選手!」
私は全力でファウルを取りに行く選手のように、大袈裟に転がった。
「やめろ、みっともない。ネズミみたいに叫ぶのをやめろ」
里香は痛がる私を無理やり抱き起こす。
「全くもう、試合には勝ったんだから機嫌直してよ~」
「そうだな。おかげで、お前を仕留めそこなって心底残念だ」
「あれー? もしかして、里香。チームの勝利より私を抹殺したかった?」
里香の目が一瞬殺意に満ちたように見える。
そして、里香は何も言わずに作業しながら、さりげなく私から遠ざかっていった。
「えっ、冗談だよね、里香さん!? どうして何も言わないの!!? 里香―――!!!」
結局、さっきの発言の真意は謎のまま、里香は私の前から姿を消した。
マネージャーの仕事を終えた私は軽く昼食を摂ったら、現在進んでいるもう一つの準決勝試合を観戦しに、グラウンドに赴いた。
この試合の勝者が私たちの次の相手になる。
当然折節もこの試合を観察しており、私は不本意ながら彼の傍まで歩み寄った。
悔しいけれど、知識では折節の方が豊富なのは事実なので、彼から情報を仕入れた方が確実だ。
目的のためなら、自分の感情をコントロールしなければならない。
「折節君、試合はどんな感じ?」
「そうさなぁ。今のところ、あのこげ茶色のユニフォームがリードしておるな」
折節は自身のあごひげをいじりながら、試合状況を伝える。
スコアボードには1―0とあり、ピッチではこげ茶色のチームが守勢に回っていた。
「また、守りが強いチームになるのかな?」
「まぁ、どんなチームでも、最初は守備が肝心なのがサッカーだからな。しかし、今回の相手はもしかしたら、先ほどの試合以上に苦戦を強いられるかもしれん」
「どうして?」
「あのチームのディフェンス陣を見てみよ」
折節に言われて、私は最後方にいるこげ茶色の選手たちを見る。
すると、どうだろう。
その内の一人だけ、あからさまに周りと一線を画す超人がいるではないか。
折節と同等か、それ以上の身長とガタイで、顔の老け具合も折節を超越している。
素人でも分かるその並外れた体格で相手にタックルを仕掛けると、受けた選手は軽く二メートルほど吹っ飛んだ。
吹っ飛ばした張本人は倒れた選手の近くによると、嘲笑うような目で見下し、手を差し伸べていた。
コケにされた選手は当然、差し伸べられた手を振り払い、自分で立ち上がる。
パワーも人外レベルだけれど、ラフプレーも厭わない強靭なメンタルも一級品だ。
「ちょっと待って! あれ本当に私たちと同じ高校生なの!? 何から何まで海外のラグビー選手にしか見えないんですけど!!?」
「そうだ。信じられんが、あれでも高校生だそうだ」
お前は鏡で自分を見てからものを言え。
実はOBだろって言いたいけど、折節のせいで微妙に疑い辛い。
この壁はどこまで私を苦しめるんだ。
あれこれ考えていると、ピッチ内でも騒動が起きたようで、観客が動揺のざわめきが湧き起こった。
ピッチに目を移すと、一人の選手が地面に倒れ込み、腰に手を当てて悲痛な叫びをあげた。
「えっ、何々。何が起こったの!?」
一部始終を見ていなかった私は折節に訊ねる。
「さっきのディフェンダーが、高く上がったボールを跳ね返そうと飛んだ際に、膝が相手の腰に直撃したのだ」
相手チームは倒れた仲間に声をかける。
「大丈夫か!?」
「……足の感覚が……ない」
倒れた選手は泣きながら、そう訴える。
チームメイトが監督にバツサインを出すと、担架が用意された。
そして、運ばれた選手は流れる涙を隠しながら、ピッチから去っていった。
こんな異常事態にも拘わらず、怪我をさせた張本人は当たり前のように涼しい顔をしていた。
「何これ……いくらなんでもひどすぎる!? あいつ退場にさせるべきよ!」
残酷な光景を目の当たりにした私は、声が震えていた。
「イエローカードならもう出ている。それよりも心配なのは、腰を蹴られた方だ。打ちどころが悪ければ、歩けなくなるかもしれん」
「それって、サッカーができなくなるってことだよね……」
「……そうだ」
折節はこの事象を何かと重ねているように、力強く答えた。
しかし、私は今でもこの現実を受け入れられずにいた。
あんな一瞬で、一人のサッカー人生が潰されそうになっている。
サッカーがこんなにも危険なスポーツだったなんて……。
一体、これのどこが感動だというの……。
私は柄にもなく、他人の不幸に心の痛みを覚える。
そして、何よりも恐ろしく感じたのは、あの殺人者が暦君と対峙する可能性があるということだ。
決勝は勝利を第一優先として、一軍メンバーをフル起用する監督が言っていたので、暦君は間違いなく先発出場するだろう。
これで、もしも暦君のサッカー人生があんな奴に潰されてしまったらと思うと、身体がゾッとした。
――これは、私が何とかするしかなさそうだ。
――どんな手を使っても、暦君のサッカー人生を守ってみせる。
この想いをギュッと拳に握りしめ、私はグラウンドを離れて早速準備に取り掛かった。




