本物の強者
試合キックオフが近づくと、先発出場する両チームの11人がそれぞれ整列を始めた。
審判が歩き始めると、選手たちも後を追うようにズシズシと歩いた。
センターサークルで止まると、選手同士向き合い、審判が挨拶と共に正面にいる対戦相手と握手をする。
「「よろしくお願いします!」」
そして、お互い自陣に集まると、円陣を組んで景気付けに一人一人が声を張り上げる。
「絶対勝つぞー!」
「「「「「「「「「「「おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」」」」」」」」」」」
最後にゲームキャプテンが掛け声を発すると、続いて残りの十人も揃って声を出した。
気合が入ったメンバーたちはそれぞれのポジションついて、軽く体を慣らしながら試合のホイッスルが鳴るのを待った。
相手チームも円陣を組み、キャプテンの盛大な掛け声で気合を入れると、それぞれのポジションについた。
審判は両チームとも準備が完了したことを確認すると、笛を口に咥えて鳴らすタイミングを窺う。
――ピーーーーーーーーーッ!
笛が鳴ると、センターサークルに入っていた相手チームがボールを後ろに蹴り出し、ついに試合が始まった。
相手チームは自陣からいきなりロングシュートを放つも、ゴールの枠から大きく外れ、こちらのゴールキックになった。
「いきなり、かますねぇ」
私は自チームのベンチから、遠くに飛んでいくボールを目で追いかけた。
「なるほど。随分と露骨だな」
隣で頬杖をついて戦況を見守る里香は、冷静に相手チームの戦い方を解析する。
「何か分かったの?」
「相手は、なるべくボールを握らずに、試合を進めていく気なんだよ」
「それって、不利になるんじゃないの?」
「そうでもないさ。何もボールを持ち続けることが、必ずしも勝利に繋がるとは限らない。あえて相手にボールを持たせて、奪い取ったらカウンターで仕留める。そこでリードしたら、完成された鉄壁の守備で逃げ切って勝利。おそらく、向こうの考えはそんな感じだろう」
里香が説明した矢先、自チームのパス回しに綻びが出ると、相手は一瞬の隙を見逃さずカットし、ボールを前にいる仲間に出した。
自チームは急いで自陣に戻るが、相手の方が速さで勝り、全く対応できていない。
相手の即行カウンターを見た観客は、揃って感嘆の声をあげ、グラウンド内をどよめかせる。
そして、相手チームはゴールの目の前まで接近するが、何とか追いついたディフェンダーが、スライディングでボールをタッチラインからかきだした。
ゴール寸前だった相手チームのフォワードは、悔しそうに叫んで天を仰ぐ。
一方で、スライディングでピンチを救ったディフェンダーはすぐに立ち上がると、手をパンパンと叩いて周囲の味方を鼓舞した。
「いきなり失点するところだったんですけど」
相手チームの意外な強みを目の当たりにして、私の鼓動は少し早まる。
「この戦い方は世界中から“つまらない”とか“弱者の兵法”なんて言われてるけど、決して侮れる戦術じゃない」
里香はさっきのピンチにも全く動じていないようで、淡々としながら話を続ける。
「むしろ、そんな“下に見られる手段”を使えるチームは、勝利への欲望が強い証拠だ。ピッチに立ってる選手たちを見てみろよ」
里香にそう言われて、私はピッチを縦横無尽に駆け回る彼らの姿を見る。
彼らは全力で走った後も、疲れた様子なんて一切なく、皆涼し気で何よりも自身に満ち溢れた顔をしていた。
「相手は自分たちが負けるなんて全く思ってない」
里香の言葉にはとても重みがあり、この瞬間だけはピッチにいる相手が強く見えてしまった。
「それって、私たちが負けるかもしれないってこと?」
私は事もなげな態度で質問したが、内心ちょっと焦りが出始めていた。
「可能性なら充分にあると思った方が良い。少なくとも、私たちは完全に相手を過小評価していたことはたしかだ」
「そ、そうですか……」
どうしよう……。
負ける可能性なんて、微塵も考えてなかった。
お互いフェアという里香の認識で、その評価は流石にまずいと心が乱れまくった。
「ん? お前、何か汗すごくないか?」
里香が私の異変に気付く。
「そ、そう見える~? いやぁ、私って意外と結構汗かきというか~」
私はパタパタと手で仰いで、誤魔化しを図った。
「お前、まさか試合前に何かやらかしたのか?」
私の露骨なまでの反応に、里香は訝し気な顔で覗き込んだ。
「え~、何のことですか~」
私は必死に里香から目を反らすが、凄まじい威圧に耐え切れず、肩を落として白状した。
それは試合開始前のこと――。
私は暦君が“試合に出れる状況”を作るために、相手チームのキャプテンに接触した。
それはとても簡単な話で、私たちが負けた状態のまま時間が過ぎれば、主力選手を出さざるを得なくなる。
つまり、チームの主力である暦君にも、出番が回ってくる可能性があるということだ。
そのために、私は相手チームのキャプテンに先発メンバー一人一人の特徴と弱点を教えた。
――片方のセンターバック(ゴールを守るポジション)は、身長こそ高いが、比較的足元の技術が劣っている。
――一人のミッドフィルダー(ディフェンダーとフォワードの間のポジション)は、相手からのプレス耐性が無い。
――フォワード(ゴールを奪うポジション)は、ペナルティエリア外からのシュートは基本入らない。
など、マネージャー職で得た、選手一人ひとりの情報を粗方売ってしまったのだ。
貴重な情報を得た時のキャプテンの不敵な笑みは、今でも忘れられない。
全ての説明が終わった頃には、私はミノムシのように全身を縄でグルグル巻きにされ、頭には里香にげんこつで大きなたんこぶができていた。
「言い残したことはあるか?」
里香は釘付きバットの芯で手のひらを打ち鳴らし、殺意の目で私を見下ろす。
「うっ……うぅ……。それって、遺言ですか? それとも、私の犯した罪ですか?」
私は嗚咽しながら、里香に問う。
「お前ごときの遺言なんぞ、訊く耳持たんわ! さっさと全ての悪行吐いて塵になれ!」
里香は釘付きバットを振り下ろし、私の腕をかすめた。
「ひぃっ! だって、私たちって強いんでしょ! これくらいどうってことないんじゃないのー!?」
私は罪の告白ではなく、天に向かって必死に言い訳を放つ。
「バカやろー! サッカーは強い奴が勝つんじゃなくて、勝った奴が強いんだよ。そこんところ勘違いするな!」
「そんなこと今更言われたって、もうどうしようもないよー! 助けてリカえもーん!」
「そんなこと言っても、ポケットからひみつ道具なんて出ないんだよ、このバカッ!」
「そんなにバカバカ言わないでよ! 私が傷つく!」
「ちっとも反省してないな、こいつ。やっぱ、このまま永遠に闇に葬った方がいいのか……。人目に付かない所はたしか……」
里香が私を埋める場所を考えていると、ピッチからピーっと長い笛が鳴った。
私と里香はピッチに目を向けると、相手チームが大喜びで仲間同士抱き合っていた。
そして、サッカーボールは自チームのゴールラインの内側にある。
「里香……」
私は恐る恐る顔を上げて、里香の顔を窺った。
「美亜、もしこの試合負けたら、分かってるよね?」
里香は釘付きバットを肩に乗せ、不気味を通り越した笑みで私を見下ろす。
私は下手なことは言わないように、だんまりと地面に視線を落とした。
この試合負けたら……確実に殺される。




