里香の勧誘
里香に投げつけたブーメランが自分に直撃してから、ずっと暦君を落とす方法を考えていたが、一向に思いつくことはなく、授業ノートの変わりに広げていた作戦ノートには、一切ペンが走ることはなかった。
なので、放課後になった今は、里香からノートを借りて、今日の分の内容を書き写している。
「お前って、こういうところは真面目にやるよな」
里香が物珍しそうに言うので、私はペンを動かしながら里香を見て言い返す。
「当たり前じゃない!? 高学歴なら顔はあんま期待できないけど、高収入な人材はそこそこ期待できるんだから。それに、大学でコネくり回しとけば、いずれイケメンで性格が良い人に当たるかもしれないでしょ」
「そこは相変わらずだな」
感心していた里香の目は、一転してがっかりしたように細くなる。
「でも、お前は暦第一じゃなかったのか?」
「そ、それはその……暦君はもちろん一番なんだけど……万が一があるじゃん。だから、保険はしっかりとかけておかないと、というか……」
「随分と自信ないんだな」
里香が嘲笑気味に煽ってくる。
「お黙り! 私は失敗したら全て失うような、ギャンブルめいた生き方はしたくないだけなの!! 私は周りにマウントを取り続けながら、一生働かずに遊んで暮らしたいのー!」
里香の挑発に乗った私は、誰もいない教室で自分の大志を叫んだ。
「その夢、存在ごと散ってしまえばいいのに」
叫び疲れた私は席に座ったら、ぐったりと机に倒れ込んだ。
「あー、それにしても週末の試合行きたくないなー。里香―、私と一緒にサボってどこかで遊ばない?」
「昭和の不良か。何でそんなに行きたくないんだよ」
「だって、暦君試合に出ないんでしょ? 行って何しろっていうの?」
「普通にマネージャーとしての仕事をしろ」
「はぁ~、どうしてマネージャーなんかになっちゃったんだろう。こんなのただの雑用じゃない。お金が出るわけでもないし」
「何かとお金だな。それなら、バイトすればいいじゃん。うちの高校、バイト禁止じゃないんだから」
「働くの嫌だ」
「なら、何故マネージャー始めた?」
「未来への投資」
私の繰り出す回答に、里香は呆気にとられたように口をポカンと開けていた。
「そんじゃ、その未来への投資とやらを有利にするために、少しでもサッカーを知ったらどうなんだ」
「私、サッカーのルールとか、よく分からないんですけど」
私は頬を膨らませながら、里香に反抗する。
「安心して。中には、オフサイドを知らないままプレーしてた女子の日本代表選手もいるんだから」
「よくそんなので、サッカーできたね」
「つまるところ、サッカーの世界に入り込むのに、そんなに壁は高くないってこと。ルールだって簡単に言ってしまえば、ボールを足で蹴って相手のゴールに入れるだけで、至ってシンプルでしょ?」
「言われてみればそうかも……」
里香の分かりやすいプレゼンテーションに、私のサッカーに対する心が揺らぐ。
「だから、そんな食わず嫌いしないで、触れてみたらどう?」
「ぬぅーん……」
私は腕を組みながら、天井を見上げた。
確かに里香の言う通り、サッカーは他のスポーツと比べて簡単かもしれないし、食わず嫌いは良くないかもしれない。
でも、スポーツに疎い私が、サッカーの魅力を理解できる自信はない。
悩みに悩んでいると、里香が再び口を開く。
「まずは、人から知ってみたらどうだ? サッカーっていう競技には興味が無いファンなんて、オフサイドを知らないサッカー選手よりも圧倒的に多いんだし」
「えっ? そうなの!? どうして?」
「いわゆる“推し活”ってやつだよ。アイドルとかでよくあるじゃん」
「あー、あれね」
里香のピンポイントな解説のおかげで、即座に理解できた。
「サッカーを見るんじゃなくて、一人の選手の活躍を見る。美亜が週末の試合に行きたがらなかったのも、暦が試合に出られなく活躍できないかもしれないからだろ?」
「なるほど! 要するに、私にとっての推しが暦君ってことだね!」
「そういうこと。そんな感じでちょっと違った角度から楽しむのもアリなんじゃないか?」
「お~、その発想はなかったな~」
私は有難みを感じながら、里香様のお言葉を作戦ノートに書いた。
「それで、私は何から始めればいいの?」
「ひとまず、暦の推しから調べてみたらどうだ?」
「あー、レオだっけ?」
「そう。その人ならネットで調べれば、有名なエピソードがたくさんあるから」
「何から何まですんませんの~、里香殿」
「これだけアシストしたんだから、いい加減ゴール決めてくれよ」
軽いサッカージョークを交える里香。
そんな里香に、私はふと疑問を抱く。
「思ったんだけど、里香って異様にサッカー詳しくない? 折節から教えてもらったとか?」
すると、里香の目から光が消え、現実逃避をするように私から目を反らした。
「そうだったら、どれだけ良かっただろうな」
「えっ? どうして、そんな急にトラウマを思い出したみたいな顔するの?」
さっきまで、意気揚々とサッカーについて語ってたのに……。
「お前にもいつか分かる時が来るさ」
「そんな顔で言われたら、気が引けるんですけど……」
少なからず、これ以上の詮索は里香を苦しめるような気がしたので、私は大人しく授業ノートの書き写し作業に戻った。
因みに、書き写している間の里香はずっと死んだ顔のまま、窓に寄りかかって呪文のような奇妙な言葉をブツブツと唱えていた。




