美亜ちゃんは構われたい
暖かい家族との時間を過ごしても、あの日の傷が癒えることはない。
トボトボと通学路を歩いていると、前に里香の後ろ姿があった。
私はその後ろ姿を捉えると、スタスタと足早に接近する。
「懲りないやつだな……うわぁっ!」
里香は分かってると言わんばかりに振り返ると、おでこを肩に乗せてどんよりとした私に驚いていた。
「里香ぁ……」
私は顔を上げて涙目を見せると、里香は悟ったようにため息をついた。
「なんというか……ご愁傷様」
そう吐き捨てると里香はスタスタと早歩きをして、私から離れようとした。
里香の薄情な心を察知した私は、里香を捕まえて逃げられないように、両腕を使って首を厳重に縛り付けた。
「何考えてんのよ、私たち親友でしょ! いいから、大人しく私を慰めなさい!」
「お前、実はもう元気だろ!?」
その後も私は、決して逃すまいと左腕を里香の首に巻き、変な動きを見せればきつく縛り上げて校門を潜った。
教室に入ったら拘束を解き、お互い自分の席に座ったら、私は両肘を付いて手を組んだ。
「ねぇ、聞いて里香」
「イヤです」
私は里香の言葉を無視して続ける。
「私、最近思うことがあるの」
「イヤっつんてんだろーが」
「私が努力すればするほど、目標からは遠ざかっていってる気がするの。こんな悲劇があっていいの?」
「努力の方向が間違ってるから、そうなるんじゃないか?」
私は心底不安になりながら、顔を近づけると、里香は背けるように明後日の方向を見た。
「じゃあ、どうやったら楽に攻略できるのよ!?」
私は悲劇のヒロインのように、手で顔を覆って泣くフリをしながら、里香の様子を指の隙間からちらっと伺う。
これには里香も懲りたようで、ため息をつきながら相手をしてくれた。
「まず、その甘い考え方を見直すところから始めたらどうだ?」
「ぬぁ!? そうやって私を険しい道のりに歩かせようとするわけ!?」
「悪りぃのか」
里香と熱い討論を繰り広げていると、突然横から大きな影が私の視界を薄暗くした。
「相変わらず仲が良いのぉ、二人とも」
影の方を見上げると、そこには私の難敵折節が感心と言わんばかりに腕を組んで、ガハハと笑った。
その大頬骨筋を引き裂いてやりたいと、折節には見せないように強く拳を握りしめる。
「ど、どうしたの? 折節」
一方、里香はというと、まるで乙女のように頬を赤め、折節から逃げるようにツンツンした人差し指に目線を向けていた。
「近々試合があるのでな。プリントを持ってきたのだ」
折節は二枚のプリントを、バンッと力強く机に叩きつけた。
私と里香はお互いに顔を寄せながら、プリントに書かれた内容を読んだ。
「えーと、なになに……大会のお知らせ?」
「そうだ。週末に市で開く小さな大会でな。我々、上葉高校も参加することになったのだ」
プリントの下にあるトーナメント表に目を移すと、私たちの高校はシード権を与えられている。
「うちの高校は準決勝からなんだね」
「我が校は市内屈指の名門だからな。選手たちもただの練習試合にしか思ってないようだ」
「じゃあ、余裕で勝てるねっ!!」
「いや、それが必ずしもそうとは限らんのだ」
折節は鼻息を深くつきながら、首を横に振る。
「え? そうなの?」
「必ずしも強いチームが勝つとは限らない」
さっきまで、赤面していた里香が、横から割り込んでくる。
「これまでも、強いチームが負けるなんて事例はプロの世界でもいくらでもある」
「その通り。去年の選手権で、我が校は見事優勝を果たしたそうだが、それ故に優勝の味を知る上級生は、自分たちがいつでも勝てると勘違いしている者が少なからずいる」
「つまり、この大会は選手権になった時、足元をすくわれないよう今のうちに兜の緒を締めておくことが、監督の狙いなんだと思う。今のチームじゃ、どこが相手でも下に見るだろうから」
「ほぉ、そんな深い意味があったとは……」
「だから、今回は瑞季の出番は少ないだろうな。あいつは誰よりも、勝利への険しさを知っている。せいぜい、チームが負けそうになった時に投入されるかどうかといったかのぉ」
折節はあごに蓄えた髭をいじりながら、暦君の出場機会の分析をする。
謙虚な姿勢は「流石暦君!」と言いたいところだけど、折節の想定が正しければ、暦君が楽しくサッカーをしている姿はあまり見られないのか。
そんなことを考えていると、担任の先生が朝礼にやってきた。
「では、今週末。忘れずに来てくれ」
折節は最後に私たちに手を振って自分の席に戻っていった。
そして、横では里香が微笑みを零しながら、折節に向かって小さく手を振っていた。
「初心よのぉ~。里香ちゃま」
私は嫌味ったらしく言うと、里香の目つきが鋭く変わる。
「何が言いたい?」
「折節と“少し”話ができたくらいで、そのメス顔。私だったら、暦君に話しかけられたくらいのことでそんな風には……」
自分の話をして里香にマウントを取ろうとしたが、これまでの暦君とのやり取りを思い出すと、思わず言葉が詰まってしまった。
私って、暦君から謝罪の言葉しか言われたことなくね?
まともな会話とか一切なくね?
「何? 早く続きを言ってよ。気になって仕方がないんですけど。ほらほら~」
里香もそのことに気づいているようで、不敵な笑みを浮かべながら、問い詰めてきた。
「そうよ! 暦君とまともな会話なんて一回もしたことないわよ!! 文句ある!?」
私は机に突っ伏して、悔し涙をグッと堪えた。
「そうやって、いつでもマウント取れると思い込んでるから、ブーメランが特大になって返ってくるんだよ。大会に参加する意味、身に染みて分かったでしょ?」
「うぅ……、週末の試合なんて、バックレてやるんだから!」
「いや、それは行け」
こうして、私は暦君攻略に向けて一層気を引き締めながら、先生の話を聞く間も惜しんで作戦を考え続けるのだった。




