春山美亜には家族が居る パート2
ピピピピッ――。
一回のアラームで目を覚まし、次のフェーズが鳴る前に止めるのは朝の最初のルーティンだ。
カーテンを開けたら、うんと全身を伸ばして陽の光を浴び、私の素晴らしい一日を肌で感じ、制服に着替えて姿見で自分の身嗜みを整えた。
今日の私も完璧だ。
部屋を出たらトタトタと階段を降りて、リビングに入ろうと取っ手に手をかける。
「おねーちゃん、おはよう!」
すると、横から私が溺愛する弟が身体にしがみついてきた。
「おはよう、ふーちゃん」
私は挨拶に弟のもっちりとしたほっぺをムニムニと摘む。
「おはよー、美亜」
すると、今度は後ろからマミーが気だるそうに、欠伸をしながら挨拶してきた。
「おはよう、マミー」
こうして、今朝もいつも通り家族三人で、仲良く食卓を囲むのだった。
何か物足りないような気がするが、きっと気のせいだろう。
小皿に盛られた昨日の残りのポテトサラダをスプーンで掬おうとすると、弟が私の膝に乗っかってきた。
「今日はここで食べたいの?」
「うん!」
どうやら、愛しの弟は甘えたいご様子だ。
私はフォークに持ち替えてソーセージを刺し、弟の口に運んだ。
「はい、あーん」
「あーん」
ソーセージを口に入れ、モチャモチャと頬を膨らませる弟。
あ~、うちの弟可愛すぎて、癒される~。
オキシトシンがドバドバ出ちゃう~。
幸せホルモンを感じながら、弟の頭を撫でていると、お返しと言わんばかりに今度は弟からソーセージをフォークに刺して、私の口元に持ってきてくれた。
「お姉ちゃん。これ、くれてやる」
「ありがとー。あー……」
……ん?
違和感を感じた私はソーセージを食べようとした口を止め、訝し気に弟の顔を覗き込む。
「ん? 今なんて言ったの?」
「お姉ちゃんは大切な人を悲しませちゃう哀れな人だって言ってたから、僕がこうやって優しくしてあげなきゃいけないんだって」
悪意なんて微塵も感じさせない天真爛漫な笑み。
このやりとり、とても既視感があるぞ。
私は首を軋ませながら、弟の邪悪な発言の元凶と思しき人物を見る。
「お、お母さん。こ、これ、どういうこと?」
危機感を感じた私は無意識に呼び方が素に戻ってしまう。
母はカップに淹れたホットコーヒーを口に含んで一息つくと、落ち着いた様子でカップを受け皿に置いた。
「どうしたの、美亜? そんな悪魔を見るような目でお母さんを見ても何も出ないわよ?」
「お母さん、まさかとは思うけど、ふーちゃんに私のこと何か吹き込んだ?」
私の問いに、母は回答として頬杖をつき、ニッコニコな笑顔を返した。
「さぁ、なんだと思う? 自分という人間を思い返してみたら見つかるんじゃないかしら? 例えば、好みの男の子とか」
「好みの……男の子……?」
母に言われて、自分の好きな男性像を振り返ってみた。
お金があって、顔が良くて、性格が良い。
誰もが欲しがる夢のような男性像じゃないかしら。
何も問題は無いはずだ。
「分かんないよ、お母さん。もっとヒント頂戴!」
「最近あなた、告白してきた男の子をフッたんですってね」
「んがっ!」
母のその一言が私の心臓に電流を走らせる。
それは、中学校卒業式のこと。
私はとある男の子に裏側に連れ出されて、告白された。
モテる私からしてみれば、数ある内の一つに過ぎなかった告白で断る気しかなかった。
顔は普通で金を稼げそうな未来は見えないし、性格もこれといった個性が感じられなかったからだ。
「美亜。あなたが男の子からモテていて、選ぶ側の立場にいるのは分かる。断ることも悪い事じゃないわ。でもね……」
母の次の言葉に、私はごくりと唾を飲む。
「いくらなんでも、断る理由をそのまま言ってしまうのは、どうかと思うの。もうちょっと、本音と建前を覚えてもいいんじゃないの?」
ずっと笑顔を崩さない母に、私は顔を真っ青にした。
あの時、断った理由をしつこく訊かれたので、つい本音をぶちまけてしまったのだ。
「ど、どうして、知ってるの!?」
「そんなの、ママ友のネットワークに決まっているでしょ? お母さん、悲しかったわ。中学校のママ友会、とても楽しみにしていたのに、その話が広まったせいで、気まずくなって行かなかったの」
「お、お母さん……」
「だって、金と顔しか興味のない娘の母親なんて、白い目で見られるに決まっているじゃない? お母さんはそんな子に育てた覚えはないのに、まるで私がそうしたように見られるんですもの。はぁ~、お母さん、とっても悲しいわ~」
悲しいと言っておきながら、母の笑顔は絶えず私に眩い光を与え続けている。
まるで、この中で誰よりも正しいと、主張しているかのように。
実際、ぐうの音も出ない程の正論だから、耳がとても痛い。
「だからね、お母さん考えたの。あなたのその腐りきった心を、少しでも浄化させるためには屈辱を与えればいいと。どう? 溺愛する弟から蔑まれたように扱われる気分は」
そう言われて、私はおろおろと弟の顔を見る。
弟は屈託のない笑顔を浮かべながら、元気よく私に向かってこう言った。
「世界一のろくでなし!」
「ぎぃやぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
天使のような顔をした弟から放たれた悪魔のような言葉。
私はショックのあまり、テーブルの下に隠れて耳を塞いだ。
「聞きたくない! 聞きたくなーい!! お母さん、お願いだからもう許してー」
「ダメよ、美亜。これは私からの愛の教訓なのだから。甘んじて受け入れるのです」
母は私の右肩をさすって落ち着かせようとするが、それすらも恐怖に感じる。
「神の教えみたいに言わないでよ!」
すると、今度は左からほっそりとした手が私の肩に置かれた。
「娘よ。お前の気持ちは痛いほど分かるぞ」
その手から顔まで視線を辿ると、生気を吸い尽くされたようにげっそりとした父がいた。
「ぎゃーー! パピーがマミー(ミイラ)みたいになってるー!!」
「案ずるなかれ。ただ、ソファで寝てただけだ。この家、よくよく周ってみれば、お父さんの部屋がどこにも無かったんだよ」
「まさか……それも、お母さんの仕業なの!?」
「美亜~、いくら何でもこじつけ解釈が過ぎるわよ~」
もはや、母の屈託のない笑顔は、私の目からは邪悪な笑みにしか見えない。
「とにかく、お前はいつの間にか母さんを敵に回してしまったようだが……強く生きるんだぞ」
父は最期にそう言い残すと、ばたりと床に倒れてしまった。
「そんな! こっちはそんなつもりじゃないのに……」
「美亜~」
「ひっ!」
母に両肩を強く叩かれ、情けない声が出てしまう。
「そんなのはもう放っておいて、私たちと朝御飯の続きを楽しみましょう?」
「お願いだから、パピーはデザートにしないでください……」
「我が娘よ……。何故、父がデザートにされるのが、前提になっているのだ……」
「美亜がこれから謙虚な気持ちを持って生きていくと神様に誓うのであれば、考えといてあげてもいいわ」
「……はい」
私はこの地獄のような場所から離れるためにさっさとご飯を完食させ、自室で支度を済ませたらそそくさと家を飛び出していった。




