第68話 「え、どういう状況?」
次の日、カイはまたワイン工房を訪れた。
残りの絞り機を修理するためである。
これらはスクリュー部分の金属から作り替えるので、鉄くずと炭が必要だ。
昨日から置かせてもらっていた材料を確認したカイは、絞り機と向き合った。
「故障品再生」
スキルを発動させれば、昨日見たのとほぼ同じ立体映像が出てくる。
違うのは、木部に異常がないことだ。
全体を見てから、修理する場所を確認した。
「あぁ、金属の劣化はこっちの方が進んでる」
木部の着色もないので、こちらは白ワインの絞り機なのだろう。
錆を取って、金属部分を鉄から鋼に変え、ネジ山を再生する。
カイにだけ見えている拡大映像はどんどん変化しているが、実物は音もなく静かに作り替わっていく。
一つの修理にかかったのは、確認も含めて二十分程度だろうか。
「材料の作り替えが、やっぱり思ったよりも魔力を食うな」
ふぅ、と息を吐いてスキルを切った。
体感だが、四分の一くらいの魔力を使ったようだ。
「あと二台なら、今日中にできそうだ」
全魔力を使い切ると日常生活に支障が出る。
少しは残しておかないと、シャワーもままならない。
とはいえ残量を考えたところ、なんとかなりそうだ。
カイは袖をまくって気合を入れ直し、修理の続きにとりかかった。
「すみません、今いいですか?」
地下から上がって事務室に向かったカイは、軽く中を覗きながら声をかけた。
ファイトは別の仕事をしているのかそこにはおらず、ベルントとジモーネがそれぞれ机に向かって仕事をしていた。
「おう、どうした?」
ベルントが手を止めて席を立った。
ジモーネの視線がベルントを追っている。
「スクリューの修理が終わりましたので、お伝えに来ました。確認をお願いしたいんですが」
「終わったのぉ?全部?」
ジモーネが首をかしげて聞いた。
「はい。今日は木部の修理はなかったのと、魔力的になんとか足りましたので」
カイがうなずくと、ベルントが笑顔で戸口の方までやってきた。
「そうかそうか!なら、確認が必要だな」
「あなたぁ?」
ジモーネが呼びかけると、ベルントはびくりと体を揺らして止まった。
「な、なんだ?確認は必要だろ」
目線を合わせない程度に振り返ったベルントは、腕を組んでそれらしく言った。
しかしジモーネは首を横に振り、軽く息を吐いた。
「だめよぉ。絞り機の修理に関しては、ファイちゃんに任せるって決めたでしょう?ほら、予算組みがまだ残ってるわぁ」
にっこりと笑顔のままジモーネが言い、ベルントは肩を落としてトボトボと席に戻った。
「わかったよ……」
とすん、と腰を下ろしたベルントを確認してから、ジモーネがカイを見た。
「ごめんなさいねぇ?ファイちゃんはもう少ししたら役場から戻ってくるはずなの。そこのソファに掛けて待っててくれるかしらぁ?」
「はい、ありがとうございます。ファイトさんが戻られたら、確認してもらいます」
カイは、思わずきびきびと動いて応接スペースのソファに座った。
少し手を動かしたと思ったら、ベルントがすぐにペンを置いた。
「はぁ。ゲラルトならこういう計算は得意だったんだがなぁ」
「あなたもファイちゃんも、苦手意識が強いものねぇ」
「ゲラルトさんというのは、ファイトさんのお兄さんですよね」
何となく憔悴しきったベルントを放っておけず、カイは二人の会話に混ざった。
「そうなのよぉ。経営関係は得意な子でねぇ。ほらあなた、手が止まってるわぁ」
残念ながら、ベルントの休憩はジモーネに阻止された。
「ゲラルトさんは、どんなお店で働かれているんですか?」
話し始めた手前、突然終わるのもどうかと思ったカイは、そのまま会話を続けた。
「うふふ。ラルちゃんはね、奥さんの実家のお菓子屋さんでマフィンとかケーキなんかを作ってるのよぉ。この人に似て大きく育ったけど、手先が器用でね。飾り付けやら飴細工やらも上手で、あっちでは評判になってるみたいねぇ」
いわゆるパティシエだろう。
お菓子の専門店があるということは、かなり大きな町に住んでいるようだ。
「お菓子屋さんですか。それなら、ワインのゼリーなんかも良さそうですよね」
ゼラチンに似た素材があるので、フルーツのゼリーは夏のごちそうである。
何となく思いつくままにカイが言うと、ジモーネが食いついた。
「それはお菓子なの?ワインでゼリーなんて作れるのかしらぁ?」
首をかしげるジモーネを見て、カイは慌てて記憶を漁った。
「えっと、僕の生まれた町にはあった気がします。いや、どこか旅の途中で見たのかな……。どちらにしても少しアルコールが残るらしいので、大人向けのデザートですね」
「へぇ。面白いわねぇ。それ、作ってみたいわぁ。作れたら、ラルちゃんにも教えていいかしら?」
頬に手を当てたジモーネは、手を動かすベルントをちらりと見ながらうなずいた。
「もちろんです。僕も詳しくはわからないので、ワインを使ったゼリーだという程度のことしかお伝えできないんですが」
確か、ジュースの代わりにワインを使ってゼリーにするはずだ。
フルーツと一緒に盛り合わせて、華やかにしてあったという記憶がある。
ヒットした記憶は前世のものだが、こちらにもきっと似たようなものはあるはずだ。
「十分よぉ。ヴィーグ村の新しい名物になるかもしれないし、ラルちゃんの得意レシピになるならそれもいいものねぇ」
ワインの産地だからこそのゼリーを作れるかもしれない。
これをきっかけに遠方に住むゲラルトさんとの交流が増えれば、ファイトが抱えるわだかまりも消えていくだろう。
「いいですね。ヴィーグワインがさらに人気になりそうです」
「そうねぇ。ついでにほかのワインも売れれば、みんなが嬉しいわぁ」
うふふ、と笑うジモーネにうなずいていると、ファイトが戻ってきた。
「ただいま。木材の追加はまた今度注文しておいてもらえるって……。え、どういう状況?」
ファイトは室内を見回して首をひねった。
笑顔で話すカイとジモーネ、そしてそのジモーネに指だけで示されて必死の形相で書類を書き込むベルント。
なかなか怖い空間だ。
「そっか、そのワインゼリー?のこと、兄さんにも教えるんだ。それなら、ついでにワインと、僕からの手紙も一緒に送ってみようかな」
地下室へ向かいながら、ファイトはそう言った。
その表情はすっきりしている。
「お兄さんも喜ばれるでしょうね」
少なくとも年に数回はカードなどをやり取りしているのだ。
手紙が来たら、驚きはするが嬉しいだろう。
「だといいけど。とりあえずは、また時間があったら会いに来てほしいっていうのと、ぼくも父さんに仕事を押し付けて会いに行くって書こうと思うんだ」
ファイトは、少し照れたように頭を掻いた。
距離はあっても、言葉にすれば思いは伝わるものだ。
逆に言葉にしなければ、充分には伝わらない。
伝えるべき家族がいることをほんの少し羨ましく思いながら、カイは笑顔でうなずいた。
村のことに、また少し詳しくなった気がする。
そうして、ワイン工房からの修理依頼は完了したのである。




