第66話 「カイ!仕事終わったの?お疲れ様!」
ファイトが一度にたくさん運んでくれたおかげで、二往復ですべての木材を持ち込むことができた。
やはり、少し筋トレでもして全体的に筋肉を付けよう、とカイはこっそり決意した。
「それじゃあ、ぼくは事務室の方に行ってくる。今日の作業が終わったら、事務室に声をかけてもらえるかな」
ファイトは、あまり乗り気ではなさそうな表情でそう言った。
ベルントと同じく、経営や計算に関しては少し苦手意識があるらしい。
「わかりました」
ワイン工房の地下室で改めて修理の内容を確認してから、ファイトは名残惜しそうに階段を登っていった。
「さてと。まずは、全修理する絞り機の、金属部分からかな」
全部を一度に修理したいところだが、一から作ることに該当してしまうからか、カイのスキルではできない。
そういう場合は、部品を一つずつ順番に修理すればできる。
カイは、鉄くずを足元に準備してからスキルを発動させた。
「故障品再生」
絞り機が立体映像になって目の前に浮かび、カイはもう一度全体を確認した。
スクリュー部分の摩耗も、木部の柔らかい部分もはっきりとわかる。
そして、先日と違い、木部の方もスクリューと同じく修理できる故障として表示されていた。
昨日までは、修理できる場所という程度の控えめな表示だった。
修理方法はスキルで示されるし実行もされるのだが、修理すべきかどうか判断を下すところではカイの知識と経験が影響する。
つまり、ベルントが『修理すべきだ』と教えてくれたことで、木部の浮きは明確に『故障した場所』と分類されたのだ。
「スキルは成長させられるっていうけど、変化がわかるとやる気が出るよな」
カイは、立体映像をもう一度確認しながら呟いた。
「じゃあまずは、スクリューの金属を鋼に作り替えてから、削れたネジを補強」
長年使ってきたスクリューは、回すたびに少しずつ削れてきたのだろう、ネジ山が低くなり、ガタツキが出ている。
金属自体も疲労しているし、中の方は掃除しきれなかったのだろう、少し錆もある。
「炭とこの鉄と、追加のくず鉄を組み合わせて……」
材料から作り替えるのは、穴を埋めるのとはまた違う。
素材そのものに働きかけるためか、どうしても使う魔力が多い。
多分、故障品の再生においてのおまけ機能みたいなものなのだろう。
やはり音も光もなく、素材を作り変えてネジを修理した。
カイの立体映像の中では、スクリューが鋼になったことがわかる。
「ふぅ。スクリュー部分は終わり。次は木部だな」
傷んでいるのは数枚だが、すべて入れ換える。
スキルで木材の内部まで確認したところ、内部が柔らかくなっているのはカビが入り込んでいるかららしい。
一見大丈夫な木材にも、カビ菌自体は付着している可能性がある。
「スキルでそこまでは見えないけど。ワインを作って全体に広がったら、また作り直しだもんな」
そうなる前に全部修理してしまった方が、トータルで手間もお金もかからない。
積み上げた木材は、桶の高さとほぼ同じに切り揃えられていた。
「細かい調整は組み上げてからできるからいいか」
まずは桶を外から支えている鉄の帯を鋼に作り替える。
それから、木材を一枚ずつ持って来たものに入れ換えていく。
じっと立体映像を見ているのだが、視界の端で大きな板が動いている。
物理法則を無視して一枚ずつ取り除かれては新しいものが入っていく光景は、まさに魔法という感じがする。
「あー、一枚ずつに魔力が結構持っていかれるな」
重さがあるからか、設置位置が厳密だからか、すごい勢いで魔力が減っていった。
途中で終わるかどうか迷ったが、ぎりぎりなんとかなりそうだったので、カイは木部の入れ換えを最後までやりきった。
「だるい……。さすがに疲れたな」
魔力を使いすぎると、体が重くなる。
筋肉痛のような感じだが、魔力を使った結果なので魔力痛などと呼ばれる現象だ。
事務室に上がると、ベルントとファイトが座り、ジモーネが笑顔で立ったまま何かを教えていた。
「失礼します。今日の分の修理が終わったので、お知らせに来ました」
「あら、お疲れ様。今日の分ってことは、明日もあるのかしらぁ?」
顔をあげたベルントに、指で机上の紙を示しながらジモーネが言った。
「はい、明日と、もしかしたら明後日もお邪魔するかもしれません。すみません、思ったよりも魔力を使うもので」
「いいのよぉ。無理はしないでねぇ。こっちはもう少し教えておかないとだから、このままでごめんなさいね」
何かを書きつけているファイトは、ジモーネに肩をポンと叩かれて体をびくりとさせていた。
廊下を歩いているときにも聞こえていた、ジモーネが説明する声は終始穏やかだったのだが、そこまで怖いのだろうか。
もちろん、そんなことはおくびにも出さずにカイはうなずいた。
「お気になさらず。経理は大事ですからね」
「まぁ。わかってくれて嬉しいわぁ。それじゃあ、また明日ね」
「はい、失礼します。また明日、こちらにご挨拶に来てから続きの修理をしますので」
にっこりとしたジモーネと、こっそりと机から顔をあげたベルントとファイトに向けて、カイは軽くお辞儀をしてから部屋を後にした。
工房を出てから、カイは両手を組んで上に引っ張り、ぐいっと背中を伸ばした。
「はあ。じゃ、今日は帰ろうかな」
もう日は傾いていて、空がほんのり黄色みがかっている。
夏だからまだまだ日は高いが、時間的には仕事を終えるころだ。
「イーリスさんのとこに寄らないと。その前に、商店で小麦粉を買っていこうかな」
ちょうど商店のあたりを通るので、寄り道しながらデニスの家に向かうことにした。
仕事後の疲れを残したままゆっくり歩いていると、商店にはアウレリアとフィーネがいた。
フィーネが籠を持っていて、パンが端から覗いている。
「カイ!仕事終わったの?お疲れ様!」
「ぐっふ」
ヒルダが飛びついてきたのだが、耐えきれずに一歩下がってしまった。
パタパタと動かしていた尻尾を止めたヒルダは、笑顔から一転して眉を下げ、耳も少し倒してこちらを見上げた。
「大丈夫?疲れてるみたいに見えるよ」
「ちょっとね。今日は思ったよりスキルで魔力を使っちゃって」
すると、ひょいと一歩下がったヒルダはカイを確認するように上から下まで見た。
「そうなんだ。無理はしちゃだめだよ?それで、何か買っていくの?教えてくれたら用意するから、ここに座って」
ヒルダに促されるがまま、カイは店先の長椅子に座らせてもらった。
小麦粉と塩が欲しいと言うと、ヒルダはすぐにくるりと身をひるがえして店内に入っていった。
「ずいぶんとくたびれているな」
アウレリアが苦笑しながら言えば、フィーネも耳を揺らしてうなずいた。
「しんどそう。ご飯食べて休むのがいいよ」
「魔力痛があるだけなんで。食べて寝れば治ります」
カイは腕をさすりながら言った。
「おや、随分と辛そうだ」
そこにふらりと、セリスがやってきた。
野菜を入れた袋を持っているので、八百屋に行ってきたところらしい。
「こんにちは、セリスさん」
「カイは、魔力痛らしい」
アウレリアが代わりに説明してくれた。
その流れでワイン工房の桶を修理している話になり、いくつかに分けて行うことも説明した。
「なるほど、それでやり過ぎたのか」
一通り聞いたセリスは、納得したとばかりにうなずいた。
「途中で終わるのは気になってしまって。これで体調を崩したら元も子もないので、急がば回れでいきますよ」
「急がば……?」
セリスが軽く首をひねり、アウレリアとフィーネもきょとんとした。
「急がば回れ、です。急ぐときほど、危うい近道をせずに確実な道を遠回りする方が最後は早いって感じですね」
たまに、日本で使っていた慣用句がポロリと出てきて通用しないことがある。
あまり使わないように気を付けているのだが、染み付いたものはどうしようもない。
少し誤魔化すように説明すると、セリスが懐かしいものを見る表情をカイに向けた。
それからゆっくりと微笑んだ。
ちょうどそこへ、ヒルダが戻ってきた。
「カイ、持って帰りやすいように鞄に――」
「カイ。君は、我の魂の片割れによく似ているよ」
「えっ?!」
商店の周りの空気が、止まった。




