第61話 「家族って感じだなぁ」
ベルントもファイトも、『家族だから当然わかっている』という感じだが、カイから見ればその思い込みのせいですれ違っている。
ファイトにとって『村の事業』としての醸造はまだ一人で行うには荷が重く、ベルントの指導を必要としている。
ベルントにとっては、スキルでできる部分が自分より明らかに優れているので、才能のない自分がファイトの指導などしない方がいいと考えている。
ただ、ベルントには何らかのきっかけがあったようにも思えた。
どちらかが言葉にするだけでも変わりそうなものだが、『知っているはず』なので言わずにいる。
「家族って感じだなぁ」
今世のカイには縁のなかったものだ。
孤児院の仲間たちは、家族のような関係でありながら、どこか距離を詰め切れずにいた。
だが、前世のことを覚えている。
家族だから分かる、というのも理解できるし、実際に分かっていることも多いだろう。
でも。
「よく知っているようでも、みなまで言わないと案外分からないこともあるんだよな」
ベルントがゆらりと外に出るのを見送ったカイには、すれ違いつつも相手を思い合う親子の関係が眩しく映った。
一階の廊下を左へ進むと、倉庫にたどり着いた。
かちゃん、ごとん、と音がしているので、ファイトが瓶などを整理しているようだ。
「失礼します。ファイトさん、見積もりができました」
「おぅ。ちょっと待っててほしい。これだけあっちに積んでくる」
重そうな木箱をひょいと持ち上げたファイトは、軽い足取りで倉庫の奥へ向かった。
あの血管の浮いた腕は本当に羨ましい。
すぐに戻ってきたファイトに、カイは見積もりの結果を話した。
「――となって、今すべきスクリューの修理は四つ分。合計が金貨一枚と銀貨二枚です。鉄だけにするならその半分で銀貨六枚。ただ、一つ気になることがありまして」
「気になること?」
ファイトは首をかしげた。
ここからは、ベルントのことを誤魔化しつつ説明しないといけない。
そう考えていたのだが、カイはふと考えを改めた。
「奥にある赤ワイン用の搾り機の木部が、ほかのものより柔らかくなっています」
「木が柔らかく?腐っているのか?」
カイの言葉を聞いて、ファイトは眉を寄せた。
「まだそこまではいっていません。カビもなく、見た目は綺麗です。ただ、今年の醸造に使うのはおすすめできません。万が一雑菌が混ざれば、桶一つ分のワインがダメになる可能性があります」
ふむふむ、とうなずいていたファイトが、考えるように腕を組んだ。
「可能性か。まだ確定ではないんだな」
さすがに、桶ごと作り替えるところまでは思い切りがつかないらしい。
カイは、ごくりと喉を動かした。
「僕は専門家ではありませんので、判断はファイトさんにお任せするしかありません。ただ、ベルントさんに桶の木が柔らかいのは普通かと聞いたら、『それはおかしい』と教えてくださいました」
ベルントが助言したことは伝えていない。
だから、約束は破っていない。
何か言われたら、カイはそう言い逃れるつもりだ。
「父さんが?もうワインにあまり関わりたくないのかと思ってたんだけど」
ファイトは、そう言いながら目元を緩めた。
ふっさりした尻尾が、機嫌良さそうにゆっさりと揺られた。
「そういうわけでもないみたいです。ただ、ファイトさんのスキルを生かすなら邪魔をしてはいけない、というお考えのようで」
ここに関しても、口止めはされていない。
「ぼくの邪魔を?むしろ、まだ理解が浅いところは助けてほしいんだけど。足りないところが多いのは、父さんも知ってるだろうに」
ファイトは不思議そうに首をかしげ、丸っこい耳をぱたりと動かした。
カイは、言うべきかどうか迷った。
数瞬目を閉じてから、目と口を開いた。
「僕には家族はいませんが、家族同然にずっと一緒に過ごした仲間がいました」
「うん?」
突然話題を変えたカイだったが、ファイトは聞く姿勢で待ってくれた。
「それこそ、物心ついたときから一緒で、おねしょが終わった時期から好みの変遷まで、全部知っているような仲です。でも、僕が冒険者になりたかったことを、彼らは知りませんでした」
「ああ」
ファイトは覚えがあるらしく、納得したようにうなずいた。
「長く一緒に過ごしていても、言わないとわからないことも多いです。家族でも、というか、家族だからこそ、きちんと言って伝える方が良いと思います。そういう本音を受け止められるのも、家族なんじゃないかと」
カイの言葉を聞いている間、ファイトは口をきゅっと閉じていた。
「言わないと、わからない」
ぽつりと、ファイトは繰り返した。
「はい。例えばですけど、ベルントさんがスキルを使うことを好きかどうか、ご存じですか?」
「それはもちろん、いつも使って……。いや、好きかどうかまでは知らないな」
困ったように眉を下げたファイトに、カイはうなずいた。
「自分にとって当たり前のことほど、周りには言いませんし周りも知りません。わざわざ言う必要もないほどのことだからです。その『当たり前』が何なのか、言わなければ伝わらないことがあります」
だから、今世のカイは孤児院の院長にもシスターたちにもことあるごとにお礼を言ったし、カイと同じく保護された子たちに、この孤児院の教育が他ではあり得ないほど高度だと伝えた。
「そうだね。改めて考えたら、今回父さんが突然ぼくに全部任せた理由もきちんと聞いてないよ」
ファイトは、うむ、と大きくうなずいた。
「っと、すみません、偉そうに。おせっかいがすぎますね」
あまりにもプライベートに踏み込み過ぎた。
カイはそう思ったのだが、ファイトはきょとんとしてから苦笑した。
「全然、そんなことないよ。エルゼさんとかローレさんなんかに、似たようなことは言われたんだ。ただ、あの人たちってほら、結構遠慮なく言うから聞き流しちゃって」
まだそういう目には合っていないが、ファイトの言いたいことはよくわかる。
「あんまりずばっと言われると、『そうですよね』とか適当に誤魔化して通り過ぎたくなりますよね」
押しが強く感じても、実のところ彼女たちに悪意が無いことはよくわかっている。
むしろ、本当に心配して言ってくれているだろう。
それはきっと、おばちゃんたちの習性なのだ。
しかし、配慮も何もなく、事実を隠し立てせずに全部言われると、こちらの腰が引けてしまうのである。
「言うことはもっともなんだけど、素直に聞く気になれないっていうか、ね」
「下手に相談したら、次の日には村中に伝わっていそうですし」
カイもつられて苦笑した。
この村ほど住民すべてと繋がっているわけではなかったが、生まれた町にも似たような妙齢の女性は何人もいた。
彼女たちは基本的に善良で、親切で、気配りも上手で、そして漏れなくおしゃべりだった。
ファイトは何度も深くうなずき、カイの肩をポンと叩いた。




