第57話 「ああ。王都にいたころに知り合った」
「セリスさんは、薪拾いからの帰りですか?」
そう聞いてから、カイは自分の言葉に疑問を持った。
南の森へ行くなら、この家の前を通ったはずだ。
村の人は何度か見かけて挨拶をしたが、セリスを見た記憶はない。
しかし、セリスは肯定した。
「そうだ。アウレリアたちと向こうの森へ行った帰りでな。我だけこちらに寄り道をした」
背負った薪は、やはり森で拾ってきたものらしい。
「そうだったんですね。確かに、魔物のいる森からだと村の中を通らない方が近いですもんね」
少し丘を乗り越える必要はあるが、森を突っ切ってまっすぐ進めば近道できる。
納得したカイに、セリスはうなずいた。
「森は我らエルフにとっては庭だからな。それにしても、あちらもだが、この森もいい森だ。特にこちらは、人の手が入っているのに、森が生きている」
足を一歩後ろに引いたセリスは、村の南の森を振り返った。
カイには森の状態はよくわからないが、エルフにだけわかる感覚なのだろうか。
「そうなんですね。森をよく知っているエルフの方にそう言ってもらえたら、村の人たちが喜びますよ」
「うむ。この村の人たちもいいな。さすがに遠巻きにされてはいるが、嫌な視線がひとつもない」
ゆるりとうなずいたセリスが、今度は村の中心の方を見た。
きっと、誰かを思い出しているのだろう。
褒められたことが何となく嬉しくなり、カイはセリスに笑顔を向けた。
「ですよね。僕も滞在してすぐ『この村の住民になりたい』と思ったくらいです」
ニコニコとするカイを見て、セリスがさらりとプラチナ色の髪を揺らしてうなずいた。
「わかる気がする。グリフォンが近くに住むことを許容するほどだからな」
グリフォンのことと繋がるとは思わず、カイは首をひねった。
「確かに、グリフォンがご近所さんというのは珍しいかもしれないですね」
セリスは、ぱちぱちと瞬きをした。
緑色の目は、長いまつ毛に縁どられている。
「まあそれもだが、魔物を村全体が受け入れているというところだよ。普通は、害はないと分かっていても不安が勝つ。討伐まではいかなくとも、追い出すという選択をすることが多いな」
腕を組んだセリスが、少し遠くを見ながら言った。
きっと、過去に似たようなことがあったのだろう。
「確かに、大人しいとはいえ魔物ですもんね。多分ですけど、グリフォンが壁になってほかの魔物がこちらに来なくなった、というのが理由かと……。あとは、ライナーさんたちが説明してくれたのも大きいかもしれません」
村から皆に説明があったときにも、そこまで混乱はなかった。
「なるほど、上級冒険者への信頼か」
納得したらしいセリスに、カイは釘を持った手を振った。
「いえ、ライナーさんやアウレリアさんという、個人への信頼ですね。それぞれが彼らの人となりを知ったからだと思います」
村の人たちは、バンガードの四人が依頼に行くときこそ邪魔はしなかったが、普通に村の中を歩いていたら誰かしらが話しかけている。
フィーネはそんな距離の近さを少しくすぐったそうにしていたが、すぐに打ち解けていた。
ほかの三人も、それぞれのあり方のままに、村の客人というよりは友人のような立ち位置に収まっている。
「そうか。全員が、ライナーたちのことを知っているから納得したということだな」
「はい。そういえば、セリスさんバンガードの皆さんとお知り合いだったんですか?」
護衛を依頼しているとは聞いていたが、ツーレツト町にはほかにも冒険者がたくさんいたはずだ。
カイの質問に、セリスはうなずいた。
「ああ。王都にいたころに知り合った。少し前はもっと不遜な感じだったというのに、あっという間に謙虚になったな」
若かりし頃のことなのだろう。
聞いてはいけない気がして、カイは話題を変えた。
「村の人たちも知っていましたし、実力が確かですよね」
セリスは、納得したようにうなずいた。
「その通りだ。我も、アウレリアたちが護衛なら安心だからな」
「はい、まったく心配ありません。そういえば、魔物の森へ行かれたんですよね?今日はウォークトレントの素材を取りに?」
確か、薬の材料になると聞いた気がする。
セリスは、肩をすくめた。
「まだ無理だった。新芽が取れる時期は決まっていなくてな。とりあえず、我はあの辺りの様子を確認しに行っている。久しぶりに見つけたウォークトレントを逃す手はない」
「ウォークトレントが過ごしやすい環境があるんですか?」
新芽というと春先の印象だが、そういうわけでもないらしい。
そして、周りの状況が気になるようだ。
「そう言われている。あまり人里に近いところで発見された記録はないんだ。今回は珍しく歩いて行けるところだから、奴らを調べるのにちょうどいい」
「新芽を待つついでに、研究もされるんですね」
セリスは、満足そうにうなずいた。
「ああ。魔物の生態というのも面白いものなんだ。……っと、すまないな。作業の手を止めさせてしまった。我はしばらく滞在するから、また話そう」
話しながらカイの手元を見て、セリスは思い出したように話を切った。
「いえいえ、ちょうどいい休憩になりました。またお会いしたらお話を聞かせてください。セリスさんが知っている魔物の生態も気になります」
きっと、カイの知らないことをたくさん知っているのだろう。
「そう言ってくれると助かるよ。じゃあ、また」
プラチナ色の髪をなびかせて、セリスは村の方へと歩いて行った。
「はい、また」
そのゆるりとした雰囲気をまとう背中を見送ってから、カイはソファ作りを再開した。
結局、太陽が丘の向こう側へ完全に沈んだ頃にソファの木枠が組み上がった。
少し強度が気になったので、予定よりも多めに釘を打った。
「こういうのも、手作りならではってやつだよな、多分」
ランプを持ち出して作業している手元を照らしながら、切り口にやすりをかけていく。
ここで手を抜くと、棘が刺さったり服を引っかけたりして日常生活が少し不便になるのだ。
それに、どうせなら手触りのいいものにしたい。
「今更だけど、先にやすりをかけてから組み上げるのが順番だった気がするな」
残念ながら、手順の記憶はあいまいだ。
修理ならともかく、一から作るのは大変である。
「まあ、自分で作るから納得はできるな」
ぞりぞりとやすりをかけ続け、途中で気が付いた。
「もしかして、やすりがけだけスキルで何とかできないかな」
手を止めたカイは、やりかけて少し滑らかになった部分を見ながらスキルを起動させた。
「故障品再生」
ふわりと目の前に浮かぶ3D映像。
釘を打った場所まですべてわかる状態で、修理ができるかを確認してみた。
「あー……。やりかけのところならいけるのか。じゃあ一度全部やすりがけをしてからもう一回だな」
スキルを切ったカイは、腰に手を当てて言った。
やすりがけをした範囲は、およそ三割。
「もう少しだけ、がんばろう」
夏の日は長い。
カイは、汗を拭ってからもう一度やすりを手に取り、ソファになるはずの長いすに向き合った。




