第56話 「住めば都というやつですね」
今日カイが作るのはソファである。
とはいっても、全体を布で包み込むタイプは無理だ。
まずは木製のベンチを作って、座面にぴったりはまるクッションを置く。
これなら、比較的簡単にできるはずである。
クッションの代わりに、商店で薄い布団を買ってきた。
座面に合わせて折りたたみ、シーツで作った袋に入れれば、それっぽくなるはずだ。
縫い物に関しては、イーリスに依頼する約束を取り付けてある。
前世の図工の授業か何かで描いた図面を思い出しながら作った設計図は、細かい数字まできちんと書いてある。
この家に置いてあった椅子を参考にしているので、多分強度的にも問題ない。
庭を整えるときに出てきた大きな石を作業馬の代わりにして、カイは印をつけた角材を切り始めた。
「やっっと、一本、切れた」
肩で息をしたカイは、切り落とした角材を拾い上げた。
村で保管していた木材を買い取らせてもらったのだが、少し欲張って太めの物を選んだせいか、なかなか切れなかった。
「でも、ちょっとだけコツがあるのを思い出してきたぞ。こののこぎりは、押しながら切るんだな」
のこぎりを改めて確認したカイは、納得したようにうなずいた。
前世で使った覚えのあるのこぎりと違い、刃の部分が厚く、ナイフのような形をしている。
ギザギザの刃は、片側だけについていた。
うっすら記憶にあるキャンプ用品に似ているかもしれない。
確か、押して切るのは海外製だったはずだ。
その理由までは覚えていないが、とりあえず押すときか引くときか、どちらに力を入れればいいのかわかればこちらのものである。
「よし、足はあと三本だ」
腰に手を当てたカイは、ぼとりと落ちた汗をぬぐった。
朝晩は比較的涼しいが、やはり昼間は暑い。
屋根のない作業場なので、直射日光が突き刺さる。
何となく思ってはいたが、やはり真夏にする作業ではない。
しかし、欲しいものは欲しい。
どうせなら、作ってみたい。
手作りの家具こそ、スローライフの醍醐味というものだと思う。
「思い通りになるからな。大きさも、形も」
実際に設計図のままに作れるかどうかはわからないが、少なくとも自分で作れば納得する。
その過程が、楽しいのだ。
ごりり、ごりり、と先ほどよりは軽快に角材を切っていく。
削るごとに、足元に木くずが溜まっていく。
この木くずは箱にためておいて、着火剤として使うのだ。
もっと大量にあれば、庭に敷き詰めて雑草を抑えることもできるらしいのだが、木製ソファの骨組み程度では木くずもそこまで多く出ない。
座面に細長い板を並べた、比較的シンプルな形状なので、予定ではなんとか一人で動かせる重さになる。
この板は、川に面した柵を作ったときのあまりだ。
「よしっ、三本目も切れた。ふぅ。それにしてもしっかりした硬い木だな。中途半端に余ったからって安く譲ってもらったけど、本当に良かったのかな」
切った材料をコロンと地面に転がし、先に切ったものと一緒に並べていく。
「同じ長さだな、よし。あと一本切ったら、次は座面を支える角材。えっと、桟木っていうんだっけ?これをソファの奥行で切る、と」
設計通りに作れば、幅およそ百八十センチのソファになる。
この大きさなら、ちょっと狭いが昼寝をするのにも使える。
首にかけた布で汗をぬぐったカイは、一つうなずいて鋸を握り直した。
陽が少し傾いてきて、熱い風が生暖かいくらいまで冷めたころ、森の方から人が歩いてきた。
カイは、どうにかこうにか木材の切断を済ませて、座面と背面の桟木を打ちつけ終わっていた。
「あとは、ここの足を打ち付けて……」
カンカンカン!とリズムよく音を鳴らす金づちが釘を沈めていく。
初めは何本か失敗してしまったが、もう慣れたものだ。
釘を一本打ち込み終わってふと顔を上げたカイは、びくりと体を跳ねさせた。
「ぅわっ?!あ、えっと。こ、こんにちは?」
驚きすぎて金づちを取り落としそうになったが、カイはなんとか取り繕って挨拶した。
「精が出るね。それは、長椅子かい?」
眠そうな目でこちらをゆったりと眺めていたのは、村に滞在しているエルフ、セリスだった。
「はい!長椅子というか、ソファになる予定です。あ、僕はカイといいます。修理屋をしています」
カイは次の釘をポケットの中で探りながら、軽く頭を下げた。
セリスもそれに応えるように軽くうなずいた。
プラチナ色の髪が、涼し気に揺れる。
「我はセリス。見ての通り、エルフだ。国を超えてあちこちへ旅をしているから、里では変わり者と呼ばれている」
長い耳を見せるように軽く顔を傾けたセリスは、のんびりと言った。
「セリスさんですね。旅をするのは、エルフでは珍しいんですか?」
思ったよりも普通に言葉をやりとりできている。
そのおかげか、カイは少しだけ落ち着いてきた。
「珍しいというよりは、我以外には会ったことがない。逆に、別の里を訪れると警戒されることの方が多かった。まあ、この大陸にある里はすべて網羅したから、今はどこの里でも『また来たのか』と言われるだけだ」
うん、うん、とうなずくセリスは、暑さなど感じていないように目を細めた。
対するカイは、こめかみから顎へと流れ落ちる汗を布で拭わなければ、手元を見るだけで汗が目に入ってくるほどだ。
「大陸中を旅されてきたんですか?すごいですね」
一体何年かけたのか、と聞きかけたが、すんでのところでヒルダとアウレリアの虚無の顔を思い出して踏みとどまった。
今度会ったときに、何かお礼をしようと思う。
「まあ、我自身の希望ではなかったのだがな。託されたから、引き受けたんだ」
セリスは、そう言いながら誰かを思い出したのだろう、優しく微笑んだ。
作り物のように美しい人が笑うと、とんでもない光景ができあがる。
カイは思わず呆けたまま、セリスをぼんやりと見ていた。
遅れて、彼女の言葉の意味を理解した。
「大切な方だったんですね」
普通は里を出ることのないエルフが旅をすると決めるほどなのだ、よほど大切にしたい人の思いだったのだろう。
「我にとってはな。それに、思ったよりもさまざまな土地の料理を食べるのは楽しい。あやつの言ったとおりだった」
目元を緩めたまま、セリスはうなずいた。
「その土地ごとに、食材も調理法も違うことがありますよね。僕はほとんど国外に出ずに落ち着きましたが、ほんの数年旅をしただけでもかなりたくさんの料理を食べましたよ」
カイは変わった料理のことを思い出しながら言った。
「カイも旅をしていたのか。それでこの村に辿り着いたんだな。この家は、借りているのか?」
庭と家をくるりと見たセリスは、最後にカイを見据えた。
緑の瞳は、まるで心の奥底まで見通しそうである。
一瞬何も考えずにうなずきそうになって、ハッと気づいたカイは首を横に振った。
「いえ、買い取ったんです。村はずれにあることと、あちこち壊れていたので、かなり安くしてもらえました」
「ほう、買ったのか。よほどこの村を気に入ったんだな」
眠そうな目が少し開き、それから村の中心の方を見た。
「はい。場所も、食事も、何より村の人たちを好きになったので」
カイが、住人になりたいと思ったのだ。
感情を口に出すのは照れてしまうが、なんとなくセリスにはそこまで言ってしまった方が良いように感じて、カイは耳を赤く染めながら口にした。
セリスは、そんなカイを見て緩やかに微笑み、次の質問を続けた。
「違和感はなかったか?」
「少し不思議な感じはしましたが、それだけです。今はここが家だと実感していますよ。住めば都というやつですね」
「住めば?」
セリスは首をかしげた。
「住めば都、です。どこでも、住んでしまえば王都のように満足のいく場所になるということですよ」
その説明を聞いたセリスは、どこか懐かしそうにカイを見た。




