第51話 「表にだけいたんですか?」
夕方は、冒険者ギルドが混雑する時間である。
カイがドミニクの執務室から出ると、窓口の近くは冒険者でごった返していた。
「街道の依頼、達成してきたぞ!」
「おい、レッドベアの生息域が聞いてた情報と違ったんだが」
「あっちの森にトレントが出たって報告は本当か?」
「海の魔物の小さい奴を捕まえてきたが、買取はいくらだ?」
その中をなんとか抜け出したカイは、ふと思い出した。
「海といえば、昨日はうっかり買い忘れてたんだ。屋台で海の幸を買って帰ろう」
さすがに海の魔物が売られているかは分からないが、貝や魚などの料理があるはずだ。
今は悩んでも仕方がない。
だからカイは、思考を切り替えて屋台の並ぶ通りを目指した。
傾いてきた太陽を右側に見ながら、カイはヴィーグ村に向かって街道を歩いていた。
片手には焼き魚の串、逆の手には二枚貝の串だ。
香ばしいのは、魚醤のような調味料の匂いである。
「醤油があればなぁ。……これも美味しいからいいけど」
かぷり、と二枚貝にかじりついて串から外すと、丸ごと口内に引き込んで咀嚼する。
濃厚な香りと、紐部分のコリコリした食感がたまらない。
貝も魚も歩きながら食べきり、村に戻ったカイは、店じまいしかけていた商店に駆け込んだ。
「ありがとう、ヒルダ。助かる」
「間に合って良かったわね。明日も早いんでしょう?」
ささっと朝食用のパンを選んだカイから銅貨を受け取ったヒルダは、屈託のない笑みを浮かべた。
片付けかけていた店頭には、もうほとんど商品がない。
「そうなんだ。買い置きのパンも食べきったから、今日買えなかったら明日は食いっぱぐれるところだった」
袋にパンを入れながら、カイは苦笑した。
ぴこっと耳を動かしたヒルダが、ふむ、と腕を組んだ。
「なんか、魔物の森の方で、このあたりじゃ見たことない魔物が出たとかってアウレリアさんたちが言ってたから、あんまり遅くなると危ないかもよ」
「見たことのない魔物?」
カイが首をかしげると、ヒルダも眉を寄せた。
「そう。でも何て言ったかな……。名前は忘れちゃったけど、待ち伏せしてくるタイプだから冒険者でも苦手な人は多いんだって」
「待ち伏せか。僕も気配とか察知できないから、確かに危ないかも」
残念なことに、カイには魔物討伐に向いたスキルも技術もない。
森から出てきて街道で待ち伏せされたら、上手く対処できるとは思えなかった。
ヒルダはぺたりと耳を下げた。
「次から次へって感じよね。どこも似たようなものだから仕方ないけど」
「むしろ、このあたりは平和な方だね。うーん、でも今回の依頼はそこまで喫緊ってわけでもないから、夕方は少し早めに切り上げようかな」
旅で見た限りでは、大都市以外はもっと魔物の危険と隣り合わせである。
そういう危険は、なるべく回避するに限るのだ。
カイが言うと、ヒルダはパタパタと尻尾を振って笑顔になった。
「その方がいいよ。どうしても急ぐならツーレツト町に泊まるっていう手もあるけど、それだと宿代が持ち出しだもん」
「そこまでは、しなくていいかな」
どうやら下水のフィルターそのものが壊れているわけではなさそうなので、じっくり調査していくしかない。
肩をすくめたカイは、ヒルダに手を振って家路についた。
次の日は、まずギルドに顔を出した。
「おはようございます」
カイが執務室に入ると、中央のテーブルに置いた地図をドミニクともう一人が見下ろしていた。
制服を着ているので、修理業者の人らしい。
「ああ、来たか。今確認していたところだ。まだすべての入り口を確認したわけじゃないが、少なくとも三ヶ所は確定だ」
ドミニクは、地図の上に立てたピンを指さした。
「やっぱり、表にだけいたんですか?」
カイが聞くと、業者の人がうなずいた。
「ああ、こことここは、確かに一番外側にだけスライムがいた。中から脱走したにしては、門の外に出てないのが妙だとは思ったんだ」
「あと、そのスライムが逃げるそぶりはあったか?」
ドミニクの言葉に、業者の人は少し考えた。
「逃げる……?いや、捕まえるときにこちらを避けたりはなかったな」
「それも同じだな。はぁ、めんどうなことになってきた」
腕を組んだドミニクは、重いため息を吐いた。
「えっと、それはやっぱり」
カイが恐る恐る言うと、ドミニクは片手を軽く挙げた。
「まだ確定じゃない。この川沿いにあと四つ、それから海側にも五つ、下水の出口がある。今日はフィルター内部の確認はざっと目視するだけでいいから、その九ヶ所を手分けして確認してきてくれないか?」
ドミニクは、地図にある下水の門のマークを指しながら言った。
「わかりました」
「わかった」
業者の人も気づいたことがあるらしく、神妙な表情でうなずいていた。
カイは、確認を担当している下水の門を開けた。
水路を奥へ進めば、フィルターを内包した壁がある。
「あれ、ここにはいないんだな」
ぐるりと見回しても、スライムはいない。
メモを取り出したカイは、ペンでチェックをつけた。
西側の三ヶ所のうち、外にスライムがいたのは一ヶ所だけだった。
「一応、中も見ておくか……。小部屋の方にいないかどうかも確認しないとな」
もしも、という場合はあり得る。
ここまで、外にスライムがいなかった場所は、小部屋にもいなかった。
だからといって、ここの小部屋にもいないとは言い切れない。
鍵で扉を開けると、似たような小部屋がランプに照らされた。
昨日も今日も見てきたのと同じ石の壁と天井、そしてさらさらと流れる水だけがあった。
合計四ヶ所の確認を終えて、カイはギルドに戻ってきた。
川沿いと海沿い、それぞれ二ヶ所ずつだった。
「スライムがいたのは川沿いの二ヶ所だけで、海沿いの方にはいませんでした」
報告を聞いたドミニクは、地図に印をつけた。
「わかった、ありがとう。修理業者の方はもう聞いたんだ。こちらも、川沿いの方にだけいて、海沿いにはいなかったらしい」
海と直接つながる出口は、町の中からは少し遠い。
川沿いであれば、町中からほんの少し川へ寄り道する程度でたどり着く。
「やはり、誰かが意図的にスライムを遺棄しているように思えます」
「そうとしか思えないよなぁ。……ああ、頭痛がする。つらい!貴族がらみでしかない!めんどくさい!」
ドミニクは、頭を抱えた。
「あの小さいスライムたちは、貴族の人が捨てているんですか?」
「関わりはあるはずだ。なじみの商会に分けたりもしているらしい。貴族だけじゃなくて、ちょっと金持ちの平民もいるだろう。王都の流行に乗ったものの、飼いきれなくなって捨ててるんだ」
「なぜ、わざわざツーレツト町で?」
確かに貴族用の観光ホテルもある観光地であるが、わざわざペットのスライムなど持ち込むのだろうか。
すると、ドミニクは肩をすくめた。
「とある貴族が出資している会員制のカフェがあってな。そこでは、スライムの品評会を開催するらしいんだ。そのために持って来たスライムを、いらなくなったからと捨てているんだと思う」
しかしカイは、納得しきれずに首をひねった。
「それにしては、多くないですか?そんな、毎日何十人もの人がスライムを手放すなんて」
「ほかにも原因があるかもしれないな……。最近わかったのが、スライムはストレスを与えながら一定以上の食事を与えると、爆発的に分裂して増えるんだ」
「ストレス」
暴飲暴食が原因ということだろうか。
ドミニクは大きなジャム用の瓶を取り出した。
「スライムの食事風景が趣深いとかなんとかでな。こういう瓶に詰め込まれたまま、食事を観察され続けるんだ。ストレス以外の何物でもないだろう?」
大きさとしては、小さい一匹ならきゅっと入って少し余裕があるくらいだろうか。
二匹入れるのは厳しそうだ。
「増えて、飼いきれなくなって捨てているんですか」
「その可能性が高い。そもそも、小さいスライムをより分けて寄こせとか言いだしたくせに、飽きたら捨てるなんてな。たとえスライムとはいえ、気分のいい話じゃない」
ドミニクは、首を左右に振った。
どこにでも、心無い人はいるらしい。




