第5話 「ふぅん、まあよろしく?」
カイがこの世界を異世界だと断定した理由の一つが、人種だ。
この世界では、当たり前に獣人や魔人など、人間以外の人が一緒に生きていた。
「誰?会ったことないわよね?」
犬獣人の女性は、尻尾を低い位置でゆっくり揺らしながらこちらを見ていた。
探るような表情で、普通に警戒されている。
店先には、小麦やパンのほか、鍋や調理器具、ナイフ、布など様々なものが並んでいた。
肉と野菜以外は、本当に何でも扱っていそうだ。
「ああ、カイだ。カイ、この子がさっき言ってた商店の娘で、パンを作ってくれているヒルダ。カイは、この村への移住を考えているんだ」
デニスが紹介してくれたが、ヒルダの警戒は解けていない。
耳は忙しく動いているし、尻尾は低いままだ。
コーギーとかそういう犬種なのだろうか、耳や尻尾と同じ色の髪は、前髪中央のひとすじだけが白い。
「ふぅん、まあよろしく?」
「カイだ、よろしく」
「こんな村に住みたいなんて、変わってるのね。わたしの幼馴染は、仕事も遊べるところも多いからって、みんな海の方に行っちゃったわよ」
そう言いながら、ヒルダがカイを上から下まで見た。
「僕は、できれば仕事をしながらこの村でゆっくり暮らしたいから。この村なら、それができると思って」
「ゆっくり暮らす、ねぇ。まあ、町よりはずっとゆっくりよ。あたしは仕入れとかでツーレツト以外にもしょっちゅう行くから、ちょうどいいけど」
少し自慢げに、口角を上げたヒルダが言った。
ツーレツトとは、海辺の町の名前だ。
「仕入れですか。責任重大ですね」
「そうよ」
どうやら、仕事で村の外に出ることが嬉しいようだ。
お使いを任された子どものようである。
「っていうか、敬語やめない?なんか距離があってやだ。同じくらいの年でしょ?仲良くしようよ」
首をかしげたヒルダは、くるんと尻尾を上げて、笑顔が柔らかくなった。
警戒を解いたらしい。
チョロ可愛い。
それで大丈夫かとも思うが、客商売をしているなら相手の人となりを読む力も培っているだろう。
「はい……うん、わかった。僕は、この村で住むなら、あっちの外れの家を買い取うと思うよ」
「あぁ、あの家ね」
「そうそう、昨日、荷馬車が壊れて立ち往生してな。そこでカイが助けてくれたから、お礼に泊まってもらった。そしたら、ここに住みたいって言いだしたんだ」
デニスの説明に、ヒルダはこてんと首を傾けた。
「荷馬車を運んでくれたの?」
「いや、修理してくれたんだ」
「へぇ。じゃあ、歯車とかそういうのを修理できるってこと?」
黒い目を見開いたヒルダは、耳をきゅっとこちらに向けた。
興味を持ったらしい。
「器具とかそういうのは、だいたい直せるよ。そういう仕事をしながら、暮らしたいと思ってて」
「ふうん。なんかお爺ちゃんみたいね」
上がった尻尾がすとんと下がり、一気に興味を失ったようだ。
感情の変化が激しい。
けれども、顔はにっこりと笑顔のままだ。
これは客商売だからだろうが、尻尾でバレバレである。
「てか、さっきからカイってば尻尾を見過ぎじゃない?まさか、獣人を見たのが初めてってわけでもないでしょ?」
「うん、まあ。でも僕はライタっていうほとんどヒトしかいない町の孤児院にいたから、成人するまではほとんど会ったことがなかったよ」
この村からは、国の中央付近にある王都を挟んで反対側にある町だ。
初めて獣人を見たのは、十歳くらいのときだった。
たまたま町にやってきた冒険者の中に、猫か何かの獣人が混ざっていた。
それまでに、絵本や院長先生の話で聞いてはいたが、あのときは妙に感動した記憶がある。
「へえ、そんな町があるのね」
「普通は、おれたちみたいなヒトと、あとは獣人が多めで、魔人は少なめっていう感じだな」
デニスの言う通り、この国ではヒト4、獣人4、魔人2というくらいの人口比だ。
「エルフはまぁ、別枠よね」
エルフは、独自の国を持っているらしく、そこからまず出てこないそうだ。
国中を旅してきたカイでも、まだ会ったことはない。
「ライタは、ちょっと獣人が住むのに厳しい土地らしいんだ。僕にはわからなかったけど、ずっと音が聞こえてるんだって」
「音?」
「うん。多分、地下洞窟があるのが関係してるって聞いたことがある」
あのときの猫獣人も、両手で耳を塞いでいた。
獣人は感覚が鋭いので、ヒトには聞こえない音を拾ってしまうのだろう。
「へぇ、なのに住んでるの?」
「その地下洞窟のあたりで、鉄が採れるんだ。鉄鉱山の町だね」
「ああ、良質の鉄が採れる町だな。聞いた覚えがあるぞ」
デニスもうなずいた。
「栄えている分、かなり忙しい町なんです。出稼ぎに来る人も多いし、ずっと賑やかでした。僕にはちょっと、それが合わなくて」
お世話になった院長にも、ゆったり暮らしたいならほかの土地へ行く方がいい、と勧められたので、旅に出たのだ。
「賑やかな町も、合うやつと合わないやつがいるもんだ。でもまあ納得した、孤児院出身だからカイはそんなに老成してるんだな」
デニスは、違うところで納得していた。
「落ち着いているだけですよ」
老成とまではいかないが、中身は地球で数十年生きた記憶を持っているのだ。
純粋というか、見境のない真っすぐな情熱を持てないだけである。
「そういうもんなのね。それで、住むだけじゃなくて仕事もするって言ってたわよね?何するの?この村でできること?」
ヒルダはそれで納得してくれたようだ。
というより、カイ個人にそこまで興味を持っていないだけかもしれない。
「うん。修理屋をしようと思ってるよ」
それを聞いたヒルダは、首をこてんと倒した。
「修理屋?何を修理するの?」
「修理できるものなら、何でも。デニスさんの家では、壊れかけた井戸と竈の扉を直したんだ」
デニスは、うんうんとうなずいている。
「へぇ。確かに、井戸みたいな複雑なやつが壊れたらどうしようもないもんね。自分で直せないものを直してくれるなら、助かるかも」
ヒルダの尻尾が楽しそうに揺れる。
「ああ、この村には大工も鍛冶屋もいないからな。ちょっとした修理のためにツーレツトまで行くっていうのも大げさだし」
ヒルダの言葉に、デニスが同意した。
カイも、笑顔でうなずいた。
「でも、壊れたものを直すだけなんて面白いの?」
あまりにも真っすぐな言葉に、カイは面食らった。
「えっと……。うん、面白いよ?エルゼさんのフライパンみたいに、誰かの大切なものを再生できるのは、誰かの助けになれたって感じられて嬉しいんだ。それに、動かなくなった原因を探して見つけたらワクワクするし、壊れた部品を取り換えて動くようになったらすごく楽しいし」
「すごいしゃべるじゃん。……やっぱり、カイって変わってるわね」
「そうかな?」
カイが頬を掻いて言うと、ヒルダはにんまりと笑った。
尻尾がパタパタと揺れ、耳もピクリとこちらを向いた。
「変わってるけど、あたしは歓迎するよ!」
素直な感情表現がまぶしい。
「そう?ありがとう」
「まあ、あのボロ家を直すのは大変だろうけど」
ヒルダの言葉に、デニスがうなずいた。
「そうだよなぁ。もしカイが望むなら、こちら側にある空き家を売ってもいいんだが」
デニスはそう言って、多分空き家があるだろう方向を見た。
「僕はあちらの家がいいです。あと言いづらいんですが、そこまで手持ちもないですし」
一応旅をしながら持ち金を増やしたが、そこまで多くはない。
「まあ、カイならあの家も直せるんじゃないか?」
「はい、多分」
「家も丸ごと直せるの?それはちょっと見てみたいかも!」
一歩こちらに踏み込んだヒルダは、まだまだ会話を続けたそうだったが、デニスがその流れを止めた。
「おっと、そろそろ肉屋と八百屋にも寄って、食堂に行こうか」
「はい」
それを聞いて、ヒルダも店を振り返った。
「いけない。あたしも店番中だったわ」
「じゃあな、ヒルダ。後でエルゼが買い物に来ると思う」
デニスは、案内するためにほかの店の方へと足を向けた。
「それじゃあ、ヒルダ。また」
「うん!カイ、次は買い物に来てよ」
「わかった」
ひらり、と手を振ると、ヒルダも手と尻尾を大きく振っていた。
ちょっと距離は近いが、とてもいい子だ。
たまには、こんな風に会話できるのもいいかもしれない。




