第47話 「気をつけて行ってきてください」
「それで、ギルド長としては村の方に誰かを常駐させたいらしい。グリフォンが住むことで、魔物の森の生態系が変わる可能性がある、というのが建前だな」
アウレリアは、ヴィーグ村で借りている家に帰ってきてから、メンバーに報告していた。
「なるほど。それだけ、カイのスキルが希少だってことか」
膝に肘を立てたライナーは、納得したようにうなずいた。
「魔道具を修理できちゃうと、まあそうなるわね。冒険者じゃなかったら、領主が引き抜いたんじゃない?」
フィーネが肩をすくめた。
エーミールはそれを聞いて眉を寄せた。
「平民には選ぶ権利なんぞないからな。だが冒険者は国の管理を離れた客人扱いだから、無理強いはできない」
「勘違いしている貴族もいるが、少なくともここの辺境伯なら大丈夫だろう。それで……。私が、残ろうと思うんだ」
ぐ、と拳を握ったアウレリアは、自分の決意を口にした。
それを聞いたフィーネとエーミールは顔を見合わせ、ライナーは目を瞑った。
「ならウチも残る」
「俺も」
フィーネとエーミールの軽い言葉に、アウレリアは目を瞬かせた。
「え?だが……」
「まあ、確かに王都みたいな都会じゃないけどね。すぐそこにツーレツト町があるし、別に困らないでしょ。ウチとしては、ここで少しのんびりしてもいいかなって」
フィーネは、にこりと笑って言った。
「この村は居心地がいいからな。それに、あの魔物の森のもっと奥の方には、ヤバいやつがいそうだった。ツーレツト町の海にも、定期的に強い魔物が出るんだろ?王都でなくとも、充分活動できる」
エーミールは、とん、とソファの背に体を預けた。
「……そうか。ライナーは戻るだろう?グレータとエトガーは王都に住んでるし」
エトガーとは、グレータとライナーの息子である。
アウレリアの問いに、ライナーは腕を組んで唸った。
「うー……む。そう、だな」
三人がそれを聞いて軽くうなずいたところで、ライナーは目を開いて首を横に振った。
「いや、おれも残る!リーダーが残らないでどうするんだ」
それを聞いたフィーネは、呆れたように言った。
「何言ってんの?グレータと息子ちゃんはどうするのよ」
「こっちに連れて来る。もともと、どこか郊外に引っ越そうって話していたんだ。エトガーを思い切り遊ばせてやりたいからな」
「ここだと郊外どころか辺境だぞ」
決断したライナーに、エーミールが突っ込んだ。
「いいんだよ。エーミールだって言ってただろ、この村はいいところだ。グレータだって、のんびり育てられる方がいいはずだ」
うむ、とうなずいたライナーに、アウレリアが待ったをかけた。
「ライナー、勝手に決めるなよ。もちろんここはいい村だが、グレータがどう思うかはグレータにしかわからない。残るにしろ残らないにしろ、まずはグレータときちんと話してからだろう」
アウレリアが言うと、フィーネとエーミールもうなずいた。
「前にも、エトガーのベビーベッドか何かで怒られていただろう」
エーミールに言われて、ライナーは目を泳がせた。
「そういうことも、あったな」
「しばらくは問題ないから、一度王都に帰って話してくると良い」
アウレリアがひらひらと手を振った。
フィーネは良い笑顔だ。
「グレータが、村の人との距離が近くても平気ならすっごく良いところなんじゃない?ウチらはまだお客さん扱いだけど、それでも結構近いもんね」
「エトガーを思い切り遊ばせるなら、良いと思う。距離が近い分、助けてくれる人も多いと思うぞ」
エーミールも肯定的な意見のようだ。
「わかった。ちゃんと話してくる。来るにしろ来ないにしろ、一度王都に行ってから戻ってくる。急いでも片道二週間はかかるから、しばらく頼む」
ライナーは、三人に頭を下げた。
仲間たちは、笑顔でうなずいた。
◆◇◆◇◆◇
村人からの依頼を受けて朝のうちに家を出たカイは、商店の前でいつもと違う格好をしたライナーに会った。
「おはようございます、ライナーさん」
「ああ、カイ。ちょうどよかった。おれはしばらく王都に帰るんだ。アウレリアたちはこっちにいるから、何かあったらあいつらを頼ってくれ」
コンパクトなリュックを背負ったライナーは、旅に必要な物を商店に買いに来ていたらしい。
「そうなんですね。気をつけて行ってきてください。王都の方へはお仕事ですか?」
カイが聞くと、ライナーは首を横に振った。
「いいや。ちょっとグレータ……かみさんを説得に。こっちにしばらく住みたくてな」
それを聞いたカイは、目を丸くした。
「ヴィーグ村に住むんですか?それは、アウレリアさんたちも?」
「ああ、まあかみさんが良いって言ったらだけどな。ただ、おれとは関係なく、あいつらはしばらくここにいる予定だ」
不思議に思ったカイが首をひねると、横から衝撃を受けた。
「うぶっ」
「おはよう、カイ!アウレリアさんたち、森の生態系が変わりそうだっていうのと、ブラックウォルフとかの警戒のためにもまだしばらく村にいるんだって!」
抱き着いてこちらを見上げたヒルダは、黒い目を煌めかせて尻尾をパタパタ振っていた。
どうやら、先にライナーと話して聞いていたらしい。
「そっか。それなら安心だね。それも領主様の依頼になるんですか?」
カイがライナーに聞くと、彼は首を振った。
「いや、ギルドからの要請だ。あまり美味い仕事じゃないが、魔物は少なくないから収入面では特に問題もない。たまに領主にも報告するから、一定の儲けがあるんだ」
どうやら、魔物の生態系の把握はギルドの方が主体らしい。
領主も当然把握するが、商売という意味でギルドの方が必要としているのだろう。
「なるほど。奥さんによろしくお伝えください。僕は移住してまだ少しですが、本当にいい人たちばかりで住みやすいです。商店が何でも揃えてくれるので、買い物も安心ですし」
カイがそう言ったところで、ヒルダがパッと離れて腰に手を当てた。
「ご注文があれば仕入れますからね!そうでなくともほとんどの日用品は揃っていますから」
胸を張ったヒルダは、自慢げにそう言った。
「ははは、わかったよ。グレータにそう言って売り込んでおく。それじゃあ、おれはもう行くから」
軽く手を上げたライナーは、リュックを背負い直した。
「はい、お気をつけて」
「気をつけて行ってきてください」
手を振り返したヒルダとカイに背を向けたライナーだったが、すぐに振り返った。
「そうそう、デニス村長にも相談したんだが、もしこっちに住むなら俺たちが住む家の修理を依頼すると思う。そのときは頼むな」
「もちろんです!」
笑顔で答えると、今度こそライナーは背を向けて歩いて行った。
見送ってから、ヒルダがこちらを向いた。
「あ、そういえば、カイが美味しいって言ってた南のお茶、仕入れてきたわよ」
店の方をちらりと見たのは、きっとそこに置いてあるからだろう。
「本当に?助かるよ。実は少し前に切れて、そろそろ飲みたいなって思ってたんだ」
カイが笑顔でそう言うと、ヒルダは嬉しそうにうなずいた。
「ついでに販路も開拓してきたから、これからは定期的に入ってくるわ」
「それは嬉しいな。ヒルダ、頑張ったんだね」
カイの言葉を受けて、ヒルダはへにょんと尻尾を下げた。
「あー、うん。父さんがね」
「ああ、仕入れはヤーコブさんか」
そういえば、しばらくヤーコブを見ていなかった。
きっと仕入れに行っていたんだろう。
「私でももちろん販路開拓くらいできたんだからね!ただ、今回はまだ少し魔物の不安があるから留守番してろって言われて!」
ピン、と耳と尻尾を立てたヒルダは、腕を組んで大きな声でそう言った。
「ああ、まだ少し魔物の動きがどう変わるかわからないからな」
話に入ってきたのはアウレリアである。
「アウレリアさん!おはようございます」
「おはよう、ヒルダ、カイ」
いつもより軽装でやって来たアウレリアに、カイは笑顔を向けた。
「おはようございます」
なんとなく、彼女たちがまだ村にいるということにほっとした。
穏やかな風が葉を揺らし、村を照らす強い日差しが本格的な夏を告げていた。
これにて第二章完結です。
次から第三章に入ります。




