第33話 「今回は上に逃げておきます」
南の森での討伐を引き受けた三人は、バンガードの四人が使っている家の近くの空き家を宿代わりにすることになっていた。
「すまんな、カイ。今朝気がついたもんだから、急な依頼になって」
一緒についてきたデニスが謝った。
「いいえ。故障は急に起こるものですからね。お気になさらず」
カイは、ゲアトたちが使う予定の家のシャワーを修理していた。
一通りの管理はしていたようだが、今朝になってシャワーがうまく出ないことがわかったらしい。
ほとんど借りる人がいないので、仕方ないことだろう。
スキルで浮かび上がった図を確認すると、シャワーヘッドが詰まっているほか、根元の方が中で折れていた。
ヘッドの詰まりはさっと取って、根元はスキルで綺麗に直しておく。
「……ほかは、綺麗に掃除もされているし問題なさそうですね」
修理の終わった図をぐるぐると動かしながら見たカイは、一つうなずいてから水を出してみた。
「おお、直ったようだな」
スムーズに水が流れ出るのを見て、デニスは嬉しそうに言った。
「はい、これで大丈夫です」
スキルを切ったカイがシャワー室から出ると、デニスの後ろからこちらを見ていたゲアトとフーゴ、ティムが目を丸くしていた。
「カイ、お前、本当にスキルが修理師なんだな」
シャワー室を覗き込みながら、ゲアトが感心したように言った。
「はい。もしほかにもどこか壊れていたら教えてください。初めから壊れているところは、村が負担して直すんですよね、デニスさん」
カイが確認すると、デニスはうなずいた。
「ああ。それと、故意に壊したんでなければその修理費も村で出す予定だ。依頼で来てもらっているからな」
デニスがそう言ったので、カイは思い出した。
「僕はこの間、アウレリアさんに頼まれて庭を修理したとき、修理費を受け取ってしまったんですが」
まずかったなら、今度から受け取らないようにしないといけない。
「それは受け取っておいてくれ。バンガードの四人は出してくれると言うから、その分はあとで依頼費に上乗せするつもりだ」
デニスはうんうんとうなずいてから、続けて言った。
「修理を頼まれたことだけ教えてくれると助かる。一応把握しておきたいからな」
「わかりました」
あちらの気遣いを無下にせずに、こちらの感謝も伝える方法だ。
依頼数が多いと難しいが、この小さな村で二組程度なら特に負担でもないのだろう。
「俺たちは短期だからまずないと思うが、もしまた何かあったらカイに言う」
ゲアトが言うと、フーゴとティムもうなずいた。
「そうだね。バンガードの皆さんと同じで」
「同じ方式がいいなぁ」
どうやら、三人ともバンガードに追随するらしい。
目標とする先輩がいるのは良いことだ。
「わかりました。何かあればお声がけください」
カイは、しっかりとうなずいた。
昼食を摂ってから、カイはバンガードの四人と一緒に魔物のいる森へ下見に行くことになった。
バンガードとしては、おおよその場所を確認し、周りに魔物がいないか、いるなら種類や数もある程度知ったうえで対処しようというわけである。
カイにとっては、作業する場所に崖を作れるかどうかの判断をするための下見である。
川を越えて歩くこと一時間。
「なんだか、森の色が途中から変わりましたね」
カイがきょろきょろと周りを見ると、アウレリアが答えた。
「ああ。ちょうど魔物のいる森に着いたところだ」
集団の一番前方でライナーがうなずき、エーミールとフィーネも同意した。
「そうそう、魔物がいると木の色が変わるのよね」
「知っていれば、わりと便利な知識だな」
カイは冒険者に片足を突っ込んだだけで身分証にしてしまったので知らなかったが、家業として冒険者をしているものにとっては常識らしい。
下級の冒険者であれば、森の色が変わるところで引き返すそうだ。
「以前調べた結果、このあたりから南東に向けてブラックウォルフが移動した形跡があった。だから、まずはここから南の方へ移動して、誘導経路の位置を決める」
南東方向にあるのはヴィーグ村だ。
「段差を作って進路を阻み、魔物のいる森の南にある丘を迂回させるんですね」
カイが確認すると、アウレリアはうなずいた。
「そうだ。今日はその位置をある程度決めるだけだが、当然魔物が出るだろう。カイは、身を守ることに徹してくれ」
「わかりました」
悲しいかな、カイには魔物を討伐できるだけの攻撃手段がない。
剣は使えないことはないが、残念な腕前だ。
魔法も防御にしか使えない。
「魔法で攻撃できれば違うんでしょうけど」
カイは、生活魔法の応用しかできない。
水や石礫を銃弾のように飛ばしたり、かまいたちを作ったり、そういったことはできないのだ。
「それこそスキルの特性だからな。気にするな。安全なところにいてくれるだけで、私たちは思う存分動ける」
アウレリアは、心もちしょんぼりしたカイの背中をポンと叩いた。
「はい。必ず安全を確保しますので」
「ははは。頼もしいな」
にこりと笑顔になったアウレリアは、カイの防御力に大きな信頼を寄せているらしい。
少し複雑だが、それはそれで嬉しいことだ。
カイは、今一度気を引き締めてうなずいた。
前方を歩くライナーが、ふと足を止めた。
「レッドベアだ。一体は、南西に百メートル。そこから西に二十メートルのところにも一体」
ライナーの視線を追うが、カイにはまったく何の変化もわからなかった。
しかし、バンガードの四人の空気が変わった。
「接敵は?」
エーミールが背中から盾を下ろしながら言うと、ライナーは軽く見回した。
「前方五十メートルのあたりが少し開けている。近い方を釣ってくる」
「頼む」
アウレリアが答えると同時に、ライナーは足音も立てずに走っていった。
少し進むと、開けたところに出た。
「僕は、邪魔にならないようこのあたりで待機します」
カイが開けたところの少し手前で立ち止まると、前を歩いていたアウレリアが振り返った。
「この間のシェルターか?少し場所は狭いが」
カイは、ふるりと頭を左右に振った。
「レッドベアの攻撃に堪えるシェルターにすると、かなりの魔力を使うので。今回は上に逃げておきます」
「上?」
「はい」
首をひねったアウレリアたちの前で、カイは魔法を行使した。
あまり認めてもらえていないが、正真正銘生活魔法の土魔法である。
「えー」
「おぉ」
「ふ、面白い魔法だ。なるほどな」
フィーネとエーミール、アウレリアは、それぞれにカイを見上げた。
カイは、十メートルほど伸びた岩の柱の上にいた。
地面がずっと下にあり、戦闘に選んだ場所が全部見える。
「これなら、レッドベアもさすがに登ってこれませんよね?」
土ではなくつるりとした表面の岩なので、爪も引っかからない。
「多分な。もっと上にいけるか?」
アウレリアが聞いてきたので、カイはうなずいた。
「はい。レッドベアは体長がせいぜい五メートルですし、ジャンプ力はそれなりなのでこの高さで大丈夫だと思って」
「ああ。まず問題はないだろうが、念のためだ」
どうやら、アウレリアはカイを心配してくれているらしい。
「ありがとうございます。あと二メートルだけ高さを出しておきます」
「そうしてくれ」
そう言いながら、アウレリアは背中のハルバードを手に取った。
ゴーレム部位の左手に持つと、ひゅい、と風音を立てて回した。
エーミールは広場の中央付近に立ってすでに盾を立てているし、フィーネも杖を構えている。
三人とも一方向を見ており、一瞬で戦闘態勢に入った。
さすがである。
カイは、息を殺して彼らを見守った。
カイは数度見ただけで、何とか逃げてばかりだったレッドベアとの戦闘だ。
腹の底から恐怖が上がってくる。
けれども、肩の力は抜けていた。
逃げている自分の情けなさと、臆していない彼らの頼もしさ。
感情と本能がカイの中で渦巻いているが、それでもカイはアウレリアを信頼することに決めた。
彼女は、安全なところにいるだけでいいと言ってくれた。
戦えないカイは、絶対安全な場所で待つ。
それが、修理屋であるカイの今の役割だ。




