第32話 「この三人が、南の森の討伐担当だ」
次の日はバンガードの四人が南の森へ見回りに行った。
午前中に行った限りではブラックウォルフは近くにいないということで、午後には数人の村人を連れて薪拾いに出た。
カイは特にすることがなく、修理屋の仕事をする雰囲気でもなかったので、自宅を改修していた。
「よし、これで玄関の調整も終わり!これで一通り、家が修理できたかな」
細かい故障をちょこちょこと直していたが、ようやく家のリフォームが完了した。
地下室もパントリーとして機能しているし、屋根裏はほぼ空だが綺麗にした。
寝室は快適で、客間まである。
「本当は、魔道具の竈も欲しいけど……。あれは貴族御用達の超高級品だからなぁ」
この世界には、魔法を込めた魔道具というものがある。
ただ、ものすごく貴重でものすごく高い。
貴族が個人で持っているだけで自慢の種にする部類だ。
基本的には、町の守護だとか国の防衛だとかに使われるものが多い。
平民が個人で所有するなど、よほどの富豪でなければ難しい。
しかも、メンテナンスが大変なのだという。
「あ、でもゴーレム部位も魔道具の一種だっけ」
仕組みはよくわからないが、魔道具と似たようなしくみで、思い通りに動かせるのだという。
もちろん、すごい値段のはずだ。
それを片腕と片足に使っているアウレリア。
「もしかして、貴族だったりして……」
だとしたら、色々と不敬にあたるかもしれない。
一瞬固まったカイだが、すぐに頭を横に振った。
冒険者は、冒険者である限り身分など関係ないのだ。
カイは、薪割りをするために玄関の扉を開けた。
修理の終わった扉は、音も立てなかった。
さらに二日後、ツーレツト町から改めて冒険者がやってきた。
普段村に来ている冒険者たちは、街道方面の討伐依頼を受けていることが多いらしい。
今回は、村のために領主からの依頼という形で来てもらったのだ。
「こんにちは」
明日からの作戦会議のために役場を訪れると、会議室にはバンガードの四人のほかに、三人組の冒険者がいた。
カイと同じくらいの年齢に見える三人は、ライナーたちに憧れの視線を向けていた。
「ゲアトたちは、こっちの森に出てくるブラックウォルフを狩ってほしい。おれたちは川の向こう側の森で動く」
ライナーが説明していて、三人の冒険者たちはうんうんとうなずいていた。
ゲアトと呼ばれた青年は、耳と尻尾から察するに虎獣人で、身体が大きい。
「村の南側の森っすね。こっちの森のブラックウォルフは、全部狩っちまってもいいんすか?」
ゆらり、と細長い尻尾が揺れる。
強気な発言だが、欺瞞というよりは格好をつけているだけのように見える。
憧れのお兄さんに、自分ができることを見せる子どもと似たような感じだ。
「ああ。もともと南の森にブラックウォルフはいなかったそうだから、こちら側は駆逐してしまっていい」
一方のライナーは、単なる確認と受け取ったらしい。
当たり前のように答えていた。
ほかの二人も、ライナーだけでなくフィーネやエーミール、アウレリアのことをちらりと見ては目を伏せていた。
やはり、上級冒険者というのは憧れの的なのだ。
カイが入っていくと、アウレリアが気づいた。
「ああ、カイ。こっちに」
「はい。失礼します」
呼ばれたカイがバンガードの四人の近くに用意された椅子に座ると、ゲアトたち三人から探るような視線を向けられた。
その気持ちはよくわかる。
カイはどう見ても討伐を引き受ける冒険者には見えないし、村長でも役人でもない。
突然村人が来たら、疑問しか持たないだろう。
「こっちがカイ。この村の修理屋だが、ブラックウォルフの攻撃を防ぐ土の家を作れる。今回、魔物のいる森で誘導路を作るのはカイだ」
ライナーが、三人にカイを紹介した。
ほかにも適任者はいるだろうが、今自由に動けるうえに冒険者の端くれでもあるカイは使いやすいのだろう。
「カイです。よろしくお願いします」
軽く頭を下げると、懐疑的な視線ながら、三人も口を開いた。
「ゲアトだ。中級冒険者」
虎獣人のゲアトは、ごつい籠手を着けた手を軽く上げて言った。
「ぼくはフーゴ。魔法攻撃担当」
ヒト族らしいフーゴは、大きめの杖を持っている。
「ティムだよ。俺は猫獣人で、遠距離担当なんだ」
毛足の長い種類なのだろう、ふさふさの尻尾と耳をピクリと揺らし、ティムは背中の弓を軽くゆすった。
「この三人が、南の森の討伐担当だ。今は中級だが、すぐに上級に上がってくるだろう。安心して任せて良い」
うなずいたライナーがそう言うと、三人は照れたように表情を緩めた。
実力を知っているということは、彼らとは知り合いなのだろう。
「ライナーさん。そんなに褒めたらゲアトが張り切って、本当にあっちの森のブラックウォルフを全滅させそうですよ」
フーゴがゲアトを軽く小突きながら言った。
「ばっ!おま、張り切ってるのはフーゴもだろうが!」
尻尾の毛を逆立てたゲアトが凄んだが、フーゴは慣れたことなのか肩をすくめただけだった。
「そうそう、ゲアトもフーゴも張り切ってるから。安心して任せてください」
ティムがひょうひょうと言うと、ゲアトは彼に向かって鼻にしわを寄せた。
「ティムもだろ!いつもならボッサボサなのに小綺麗に整えて来やがって」
「あーっ!そんな言い方ないよね?人前に出るのに綺麗にして何が悪いのさ」
今にも手を出しそうな表情で睨み合うゲアトとティムの間に、フーゴがさっと入った。
「はいはい、そこまで。ライナーさんたちはすごいってみんな知ってるから、頑張ろうって思うのも当然。結果は討伐数で示せばいい。だろ?」
にっこり、と笑ったフーゴは、柔らかい雰囲気なのにどこかひんやりしたものを感じさせている。
それに気づいたのかどうか、とりあえずゲアトとティムは大人しくなった。
「おれたちは、魔物がいる森で状況を探りつつカイの護衛だ。あっちには、ブラックウォルフ以外にもレッドベアやブラウンボアも出るから、気を抜けない」
ライナーが言うと、アウレリアとエーミール、フィーネはうなずいた。
続けてライナーは、魔物のいる森の地図を示した。
そこには、昨日デニスが引いた線が描いてある。
「カイは、このあたりに段差を作ってもらう。高さは四メートル、長さは全部で三百メートルの予定だが、場合によったら伸びる」
「わかりました」
カイが返答すると、ゲアトが口を挟んだ。
「そんな大きさの段差を作るのが、土魔法使い一人っすか?三日じゃあ、足りないんじゃねぇすか?」
カイが答えようかと逡巡している間に、アウレリアが口を開いた。
「カイは土魔法使いじゃないが、それだけの魔法を使えるんだ。あと、余裕をみたうえでの三日だ」
「へ?」
ぱか、と口を開いたゲアトは、アウレリアとカイを交互に見た。
どこが驚くところかわからなかったカイは、軽く首をひねった。
それを見たライナーは、一つため息をついた。
「そうだよな。普通は、畑を耕すのがせいぜいで、ちょっと土を動かすのが生活魔法の土魔法だ」
「ウチもそういう認識だし、実際その程度」
フィーネが同意すると、エーミールもうなずいた。
「でも、カイは土魔法使い並みに使える。もしかしたら、スキル判定で出なかっただけかもしれないが」
ごくたまに、スキル判定で見つけられないことがあるらしい。
そういう人は、数年後に確認するとわかる場合もあるとか。
「土魔法のスキルがあったら、ストーンバレットみたいな攻撃ができますよね?僕はできませんよ。シェルターを作るのがせいぜいです。たくさん生活魔法を練習したらできるようになりましたし」
カイが首を横に振ると、アウレリアが呆れたように言った。
「あれはせいぜいというレベルじゃない」
「そうでしょうか」
カイは思わず腕を組んだが、アウレリアは肩をすくめ、ライナーは軽く首を左右に振った。
そしてライナーは話題を変えた。
「崖を作れるから、とりあえずそれでいい。村の西側には、魔物が嫌がる植物を植える。これは村の人たちに頼んである」
それはリーヌスやジーモンたちに任された仕事だ。
植物は、さすがに数が足りないのでヤーコブが仕入れてくるという。
「はい」
「ああ」
ゲアトたちは少し疑問を残したまま答えた。
アウレリアたちは、切り替えてうなずいた。
カイとしては若干納得がいかなかったが、ここで言及しても仕方がない。
一つうなずいて、さらに詳しく計画を聞くことにした。




