第30話 「じゃあ、また明日」
「そうか。見つかって良かった……。本当に、ありがとう」
安堵から深いため息をついたデニスが、報告したカイとアウレリアに頭を下げた。
捜索本部に待機していた人たちも、ほっとして笑顔を見せていた。
経緯を説明すると、デニスは眉を寄せた。
「まさか、ブラックウォルフが……。間一髪だったな。カイ、アウレリアさん、本当に助かった」
「いいえ。アウレリアさんたちが来てくれるとわかっていましたし」
カイがそう言うと、アウレリアは肩をすくめた。
「私たちにとっては負担でもなんでもない」
しかし、その耳がほんのりピンク色に染まったことに、カイは気づいた。
「それで、ブラックウォルフが出たのはどのあたりだ?奥の方か?」
デニスが聞いたので、カイは彼の目を見て首を横に振った。
「いつも薪拾いに行くあたりの、むしろ村側です。オスカーを追ってきたらしいですが、何体かの群れだったと思います」
カイの言葉にアウレリアが続けた。
「群れで言うなら三つほどだ。私たちが討伐して追い払ったが、あいつらは味を占めたら諦めないからな。あれで終わり、というわけにはいかない」
それを聞いたデニスはうなずいた。
「危険が残るからな。だとすると、ブラックウォルフの討伐を追加で依頼するしかないか」
「それなんだが、単純に討伐するだけでは対処しきれない可能性がある」
デニスの言葉に、アウレリアが待ったをかけた。
「どういうことだ?」
聞かれたアウレリアは、壁に掛けられた村周辺の地図を指さした。
「川向こうの森まで行って調査したが、原因がはっきりしない。それでもブラックウォルフが出てきているのは間違いなかった。このままでは、早晩村までやって来るだろう」
「討伐だと、対症療法にしかならないということか」
デニスは、腕を組んでため息をついた。
「そういうことだ。依頼も継続しないといけないだろう。だから私たちが話し合っていたのは、ブラックウォルフの通り道を作って、森のもっと奥の方へ誘導する方法だ」
それだと、先延ばしするだけで結局村の方へ来てしまいそうだ。
「奥の方?」
カイが思わず聞くと、アウレリアは地図に近づいた。
「正確には、村の南の森ではなく、川向こうの丘からさらに向こう側の森の方だ。あちらなら、村から離れるから安心だ」
アウレリアが示したのは、魔獣のいる森の南側にある小さな山を西側に抜けるルートだ。
そちらは、魔獣が出る範囲から外になるが、森が続いている。
村は、魔獣の森から見て南東側にある川を越えたところなので、確かにそちらに抜けさせれば村の方へは来ないだろう。
「それができれば……。そうか、バンガードの四人に手伝ってもらえれば、村の奴らが道を作ることもできるか」
デニスがそう言うと、アウレリアはうなずいた。
「ああ。道というより、飛び越えるのが面倒な段差で充分だ」
つまり、走ってくるブラックウォルフのルートを曲げるということだろう。
「そうか、土魔法で段差を作ってしまえば」
壁よりは段差の方が、壊れにくいだろう。
アウレリアが同意したので、カイの考えは合っていたらしい。
「そうだ。私たちも対応するが、カイの助けが必要だ」
「え、僕がですか?もちろん手伝いますが」
突然言われたカイは驚いた。
とはいえ、魔獣が出る森の方へ行くなら、確かに村の人よりも一応冒険者なカイの方が安心だろう。
「カイなら、冒険者の資格を持っているからな」
デニスも同じように考えたのだろう。
しかし、アウレリアがそう言った理由は違ったらしい。
「冒険者だったのか?まあいい、それは関係ない。カイが必要なのは、あのでたらめな土魔法を使ってもらいたいからだ」
「でたらめって」
カイは苦笑し、デニスは首をかしげた。
ちょうどそこへ、エーミールたちが帰ってきた。
「探索班は全員引き上げてきたぞ」
「誰も怪我無し!エーミールたちも数体見かけたブラックウォルフを討伐してきたって」
エーミールとフィーネに続き、ライナーも執務室に足を踏み入れた。
「戻った。村長、アウレリアたちから話は聞いたか?」
話しかけられたデニスは、ライナーたちに向き合った。
「ライナーさん、本当に助かったよ。ほかの奴らはもう家に戻ったか?」
「ああ。報告はおれたちがするからって帰ってもらった」
ライナーはそう言って、ソファにどさりと腰かけた。
フィーネたちもそちらに向かったので、全員が応接スペースの方へ集まった。
捜索隊はもう解散し、室内にはデニスとカイ、そしてバンガードの四人だけ。
集まった人たちを前にして、アウレリアは口を開いた。
「カイに協力を要請したところだ。あの土魔法なら、一気に仕上げられるだろう」
うん、とうなずくアウレリアの中では、カイの魔法は一体全体どういう扱いになっているのか。
「そうだな……。手続きが面倒だが、それしかないか」
「カイは、冒険者ギルドに所属しているらしいぞ」
ライナーに向かってアウレリアが言うと、彼はカイの方へグリンと顔を向けた。
ちょっと怖い。
「本当か?!カイ、ギルド証を持ってるのか!」
「え、ええ。万年下級ですが」
冒険者ギルドに入ると、キーホルダーのような小さなタグをギルド証として受け取る。
情報を管理できるスキルがあり、タグと個人を結び付けて人員を管理しているのだ。
そのスキルがあると、就職に困らないと聞いたことがある。
「それなら話が早い。冒険者なら後から依頼を受けたって手続きできるからな。いやぁ、助かる」
どういうことかわからずにいるカイに、アウレリアが説明した。
「冒険者の仕事を素人が手伝う場合には、手続きがちょっと面倒なんだ。道案内くらいならともかく、今回の依頼では重要な部分だから余計にな」
「ああ、そういえば……」
報酬を伴う仕事をしているので、ギルド員以外に手伝ってもらった場合は、手続きをして報酬を分けるといった作業が必要になる。
それをしないですべて冒険者が報酬を受け取ると、罰金刑になるらしい。
労働搾取の防止なのだろう。
「いずれにしても、もう夜も遅い。方向としては、誘導路はカイが手伝う。ほかの奴らも参加するかどうか、どのあたりにどう誘導路を敷くかはまた明日にしよう」
デニスが言うと、ライナーを含めたバンガードの全員がうなずいた。
カイとしても、疲れていたので帰れるのは助かる。
「わかった。明日は、朝からおれとフィーネで森の調査に行く。こちらの方針はアウレリアが代表して伝える。エーミールは南の森を少し見ておく予定だ」
ライナーがそう言うと、全員が納得したようにうなずいた。
とにかく、オスカーのことは一件落着である。
「じゃあ、また明日」
そろそろ時間的には夕飯にも遅い。
ライナーがソファから立ち、出口に向かった。
アウレリアたちも、彼に続いて執務室を出た。
「ああ、明日も頼む」
デニスは彼らを見送り、部屋を片付け始めた。
「明日、カイもここに来てくれよ」
カイが帰ろうとすると、デニスが声をかけてきた。
「はい。朝からでいいですか?」
「ああ、そうだな。十時くらいでいいぞ」
「わかりました」
カイはうなずき、執務室を出た。
次は、ブラックウォルフの対策だ。
カイの目指すスローライフのためにも、きちんと脅威を遠ざけておきたい。
この世界で、魔物の排除は難しい。
人は、上手く魔物を遠ざけて生きるのだ。
役場の外に出ると、家の明かりがぽつぽつと見えた。
カイも自分の家に帰るため、腰に下げたままだったランタンに火をつけた。




