第3話 「では、修理します」
鎧戸は見てみないと分からないが、カーテンレールと木製ベンチは部品の交換がいらない気がする。
それに、小さな部品ならそこまで魔力を消費しないから、やっぱり少し安くなる。
「えぇ?それはちょっと安すぎるんじゃないの?」
「そんなことないですよ」
「多分町なら、同じ仕事で銀貨二枚……ううん、場合によったら五枚は取るわよ。修理って高いんだから」
「安売りしているつもりはありませんし、適正な値段だと思います。村に住めば、移動も不要ですしね。それに、僕は儲けたいんじゃなくて、こういうところでのんびり暮らしたいんです」
「でも、道具を直せるスキルでしょう?かなり特殊じゃないの」
特殊なスキルを使う仕事は、往々にして高額報酬になりやすい。
一般的には奥方の言う通りだ。
それはスキルでしかできないためであり、とても希少だからだ。
しかし、カイは首を捻った。
「どうでしょうか。僕のスキルは壊れたものを修理するので、時間をかければ職人ならできることです。ただそれが、どんな道具でも対応できて、わりと短時間でできるというだけで」
「それは、かなりすごいことじゃない。ねえ、あなた?」
先ほどの怒りを忘れたように、奥方はデニスに同意を求めた。
デニスは、当然のようにうなずいた。
「うん、おれも金を出す価値のある仕事だと思うぞ」
「そう言っていただけるだけで十分です」
温かい、いい人たちだ。
にへら、と笑うカイを、村長夫婦は少し困惑した目で見ていた。
その日は客室に泊まり、久しぶりのベッドでぐっすり休ませてもらった。
テント泊に慣れたとはいえ、やはり硬い土の上で眠ると疲れを取りきれないのだ。
そして次の日、改めて家の故障個所を見せてもらい、結局追加で三日泊まらせてもらうことになった。
合計五日である。
「それにしても、修理のスキルなんて本当に珍しいわ」
次の日、竈の修理を見守りながら、奥方がそう言った。
カイの目の前には、竈の3D映像が浮かんでいる。
指でスワイプするように動かして上下左右から確認した結果、土台の奥のヒビも発見した。
奥方が困っていたのは、薪を入れるための扉の蝶番と、オーブン代わりに使うもう一つの竈の扉の閂受けが壊れていることだ。
「これ、ずっと薪を立てかけて無理やり閉めてたのよ。普通に締められるようになるなら、すごく助かるわぁ」
「はい、すぐに直せますよ。金属の部品を作るので、材料は必要ですが」
ちなみに、土台は文字通り土で作られている。
何となく懐かしい雰囲気だ。
「それなら、捨てようか迷ってたこの古いフライパンでもいいのかしら?」
奥方が持ってきたのは、手のひら大の小さなフライパンだった。
「取っ手のリベットが一つなくなっていますね。あとは、落としたのか歪んでいる」
「そうなのよぉ。さすがに、長年使ってきたからねぇ」
残念そうに言いながら、奥方はフライパンを優しく眺めてそっと撫でていた。
もしかすると、思い出の品なのかもしれない。
「この程度の欠損なら、こちらも直せますよ」
カイは、フライパンを見ながら言った。
「まぁ!本当?直るの?このフライパン」
奥方は、ぱあっと表情を輝かせた。
そう、カイは、こういう笑顔を見たいのだ。
「もちろんです。部品用に素材を取るので少し小さくなってしまいますが」
「それは仕方ないわよねぇ」
奥方はうなずいたが、やはり少し残念そうだ。
「あの、もしこのままの大きさがいいなら、別の鍋か、錆びてしまった農具でも何でも、鉄の素材をご用意いただければ」
「ちょっと待ってて。確か、外に置きっぱなしにして錆びた鎌があったわ!」
奥方は、裏口から庭へと飛び出した。
「急がなくても大丈夫ですよー!」
カイは慌てて呼びかけたが、聞こえなかったかもしれない。
戻ってきた奥方から錆びた鎌を受け取り、再びスキルを発動する。
まずは、依頼のあった竈の修理だ。
「では、修理します」
「お願いね」
浮かび上がった映像を元にして、蝶番の部品を鎌から作りだして設置。
不思議なことに、スキルを使うと錆びていても元の素材だけを取り出せるのだ。
「よし」
次に、オーブンの方のストッパーを作って、扉とくっつける。
「ついでに、土台のヒビも直しますね」
「え、そんなのあったかしら」
「壁側の奥なので、見えないと思います。素材の追加もありませんから、本当についでですよ」
「あらまぁ。ありがとうね。デザートも付けてあげるわ!」
「ふふ、ありがとうございます」
不思議なことに、同じ作業であれば、生活魔法よりもスキルを使う方が消費する魔力は少ない。
多分、そういうところも、スキルがもてはやされる所以だろう。
「はい、竈の修理はこれで終わりました」
「ありがとう。本当に早いわねぇ」
「フライパンも直しますね」
「ええ、お願い」
スキルを起動すると、目の前のフライパンとは別に、構造図が浮かび上がった。
確認したいのは接合部なので、そこをアップにする。
「なるほど、こうなってるのか」
取っ手と鍋を繋ぐ二本のリベットのうち、なくなった一本を作りだすのだ。
先ほど使った鎌の残りから素材を取り出し、取っ手を固定した状態のリベットを形成。
本当ならかしめるのだが、かしめた状態のリベットをスキルで無理やりはめ込んだ。
物理的に無理なことができるのは、このスキルの便利なところだ。
これで完成である。
軽く振っても鍋と取っ手がきちんとくっついている。
「できあがりました」
「まあ……!」
受け取った奥方は、じいっとフライパンを見下ろした。
小さくうなずいた後、料理をするように振って確認した。
そして、ほう、とため息をついてカイを見た。
「本当にありがとう。これね、私が生まれたころに、父が買ってきたものなの」
「そうだったんですね」
やはり、思い出の品だったらしい。
「普段料理なんかしないのに、母の産後の肥立ちが悪かったもんだから、『自分が料理するんだ』って言ってね。まぁ、母が健康になったら母のものになったんだけど。それを、嫁入りするときに母が持たせてくれたのよ」
こうやって大切なものを直すことは、誰かの思い出を復活させることにもつながる。
そういう仕事ができたのなら嬉しい。
カイは、改めてこのスキルを授かって良かったと思った。
奥方の笑顔にほっこりしていると、デニスがキッチンにやってきた。
「ああ、カイ、ここにいたか。竈を修理してくれていたんだな。ん?そのフライパンは」
「覚えてた?嫁入り道具だったフライパンよ」
ひょい、と見せた奥方に、デニスがうなずいた。
「やっぱり。子どもたちが勇者ごっこに使って壊したやつだな」
「そうそう」
なるほど、落としたというよりは何かに思い切りぶつけたらしい。
「それも直してくれたのか?」
「ついでです」
デニスがカイに聞くので答えると、彼は何か言いかけて口を閉じた。
そして、照れを隠すようにニッと笑った。
「ありがとう。お礼と言っちゃあなんだが、とっておきの酒を出してやるよ」
この国では、成人の16歳を過ぎれば酒を飲める。
「もうあたしがデザートを出すって言ったわよ」
「それはエルゼからだろう。酒は俺からだ」
「そう?なら、自分で出してちょうだい」
うなずいたデニスと奥方――エルゼは、優しい目でフライパンを見下ろした。
こういう人たちがご近所さんなら、きっと穏やかに、そして楽しく暮らせるのではないだろうか。
カイは、夫婦を見守りながら自分の頬が緩むのを自覚していた。




