第29話 「『めいわく』かけちゃダメなんでしょう?」
森を出たところに、ジーモンとフィーネが待機していた。
ライナーの後ろにオスカーを抱えたカイがいるのを確認して、ジーモンはすぐに村へ走っていった。
「良かった、見つかったのね。カイが見つけたの?」
フィーネは抱えられて眠っているオスカーを見ながら言った。
「はい。ただ、ブラックウォルフにも見つかったので、隠れて待っていたらアウレリアさんとライナーさんが来てくれたんです」
それを聞いたフィーネは息を呑み、頭上の耳をピンと立てた。
「怪我は?その子は無事?」
「なんともありません。シェルターが間に合ったので」
カイは、抱き上げたままのオスカーの背を撫でた。
無事であることを理解したフィーネは、ほっとして息を吐いた。
彼女の尻尾も、ゆるりと揺れた。
カイの後ろでアウレリアとライナーが視線で会話していたが、カイもフィーネもオスカーを見ていたので気づかなかった。
「本当に良かったわ。今、さっきの人が待ってる人たちに知らせに行ってくれたから」
「なんとか、な。村に戻ったら一件落着だ」
言いたいことを飲み込んだらしいライナーが、フィーネに答えた。
「わかった。ウチはこのまま待つね。まだ森にエーミールたちがいるから、報告に出てきたら終わったって伝えなきゃ」
「ああ、頼む」
どうやら、フィーネはここで待つらしい。
何かあったとしても、一人で対処できるということだろう。
「フィーネさん、気をつけて」
カイが言うと、フィーネは笑顔でうなずいた。
「うん、任せて。あ、アウレリアは残る?」
フィーネがアウレリアに問いかけたのだが、返事をしたのはライナーだった。
「いや、おれが残る。アウレリアよりおれの方が広く察知できるからな。森の中の気配もわかる」
「それもそっか」
フィーネが言い、アウレリアもうなずいた。
ライナーが持っていた薪をアウレリアが受け取り、二人で村への道を歩いた。
「その子は、家族を大切にしてるんだな」
アウレリアが、ぽつりと言った。
「そうですね。それに、家族にも大切に思われているんでしょう」
オスカーの服は穴を綺麗に繕った跡があるし、抱き上げていれば子どもらしく柔らかいのもわかる。
それに、無条件に大人を信頼しているのは、大事にされてきた証拠だ。
「そうか。カイは、今は一人だろう?家族は旅に出ることを何も言わなかったのか?」
アウレリアの質問に、カイは笑顔で答えた。
「僕は孤児院にいたので、むしろしたいことがあるならと送り出してもらえましたよ」
カイの言葉を聞いたアウレリアは、しまったとばかりに片目をぎゅっと瞑った。
「そうか。不躾な質問をすまない」
「いえ、気にしないでください。孤児院は快適でしたし、教育も行き届いていましたからね」
軽く言ったカイにうなずいたものの、アウレリアは次の言葉を選びあぐねているようだった。
「……私の妹も、その子に似たところがあった。妹を魔物から庇うような形で、私が左手足を失ってね。それで、自分のせいだ、と思いつめていた。失った手足の代わりをしようと頑張り過ぎていたんだが、そのときの妹に似ている気がした」
「妹さんは、アウレリアさんのことが大好きなんですね」
カイがそう言うと、アウレリアは月明かりでもわかるほどに耳を赤くした。
「んんっ。そうとも言える」
照れたアウレリアは、優しく微笑んでいた。
きっとアウレリアも、妹さんが大切なのだろう。
「アウレリアさんは、冒険者になると言ったら反対されましたか?」
「いや、ギルドに登録してから報告したからな。あまりにずっと妹が心配するから、大丈夫だというところを見せたくて」
そして、アウレリアはひょいと左腕を上げた。
「ゴーレム部位は、普通の肉体より強い。それに、私のスキル『斧術』が、薪割り以外にも使えると知れたからちょうど良かった」
「『斧術』ですか。だからハルバードを使われるんですね」
カイは、アウレリアが背負う大きなハルバードをちらりと見やった。
「ああ。冒険者稼業が思ったよりも私に向いていて、ここまで来てしまったよ」
肩をすくめたアウレリアは、月下で美しく笑った。
その笑顔には、自信がにじみ出ていた。
「妹さんも、安心されたでしょう」
カイがそう言うと、アウレリアは首を横に振った。
「いいや、いまだに実家に帰るたびに心配されている。怪我をしていないか、ゴーレム部位の不具合はないかって」
彼女の表情は柔らかい。
「違う心配になっていますね」
「そうなんだ。もうどちらが姉かわからない、と両親に言われる始末だよ」
アウレリアは、苦笑しながらも嬉しそうだった。
そうこうしていると、村の明かりが見え、誰かが走ってくるのがわかった。
「オスカー!」
「無事か?!」
ペーターと、もう一人は彼によく似た大人だ。
彼らの父親だろう、オスカーの面影もある。
「オスカーはまだ眠っています」
走ってきた彼らにカイが伝えると、肩で息をしていたペーターはしゃがみこみ、父親はうなずいて両腕を差し出した。
カイは、起こさないようなるべくゆっくりとオスカーを父親の腕に託した。
「ありがとう……ありがとうございます」
ぎゅっとオスカーを抱きしめた父親は、カイたちに頭を下げた。
「お気になさらず。まずは、家に帰りましょう。送っていきます」
本部への報告はジーモンがしてくれているので、まずはオスカーを送り届けたい。
カイの言葉に、アウレリアも黙ってうなずいて同意した。
アウレリアに気づいたペーターは慌てて立ち上がり、父親は踵を返した。
「はい。こちらです」
四人で村の道を歩くと、あちこちから安心したような声がかけられた。
そして一軒の家の前まで来たあたりで、ふとオスカーが目を覚ました。
「……父さん?なんで?おうち?」
ぽやんとしたままのオスカーは、周りを見て首をかしげた。
それに父親が答える前に、家から人が飛び出してきた。
「オスカー!!無事だったのね?!あんたって子は!心配させて!!」
女性は、オスカーを抱き上げている父親ごと腕を回して抱きしめた。
「母さん?グレータは?」
両親に挟まれたまま、オスカーは聞いた。
グレータとは、病気の妹だろう。
「あの子は寝てるよ。一体全体、今日はどこにいたの?」
母親がそう聞いたところで、アウレリアが薪を三人の近くに置いた。
「これを」
「え?」
子どもなら抱えるので精一杯の量だ。
その薪とオスカーを見比べて、母親はオスカーに聞いた。
「まさか、薪を取りに森に行ったの?」
「うん。昨日は兄さんが行ってたよね。でも、お家の分は少なかったでしょう?グレータは寒いから、もっといると思って」
全員で拾ってきた薪は、足りない家を中心に分ける形だったが、何日も持つような量ではなかった。
「オスカー、母さんたちの話を聞いてたのね」
「うん。だから拾ってきたの。ねえ母さん、足りる?僕も兄さんみたいに、役に立ってる?」
母親は言葉が声にならず、ただオスカーに頬を寄せた。
「ああ。頑張ったな。だがオスカー。いつもなら聞くのに、なぜ勝手に村の外に出たんだ?」
「だって、父さんは仕事で忙しくて、母さんはグレータばっかりだったんだもん。そういうとき、『めいわく』かけちゃダメなんでしょう?」
それを聞いた父親は、母親と同じように言葉を無くしてオスカーを抱きしめた。
「放っておいてごめん、オスカー。忙しそうでも父さんにも母さんにも話しかけていいの。迷惑なんてことないんだからね」
「……うん」
母親の言葉に、オスカーはほっとしたように答えた。
「とにかく、無事でよかった」
誰かがそう言って、集まった人々はうなずいた。
オスカーは、両親に森で何があったか説明していた。
「いっぱい拾ったら、修理屋さんが来たんだ。それでね、ブラックウォルフが来たから修理屋さんがどーん!て土のお家を作って、隠れたの」
「何ですって?!オスカー、ケガは?!大丈夫なの?!」
話を聞いた母親が再度パニックになり、無事であることを確認したら号泣し、きちんと説明できるまでに十数分を要した。
細かいことは明日また改めて、ということで、カイたちは役場へ向かった。
なんとかオスカーを両親の元へ届けることができて、カイは深いため息をついた。




