第27話 「鳥があんまりいないな……」
「デニスさん、突然すみません!急いで相談したことがあって」
役場に駆け込んだカイは、ほとんど顔パスでデニスの執務室を訪れた。
小さな村だからこそのセキュリティだ。
「どうした、カイ。焦るとろくなことにならないぞ。まずは落ち着いて深呼吸しろ。それから順番に教えてくれ」
気が急いていたカイは、すぐにでも話そうとしたが、とりあえず大きく息を吸って吐いた。
それだけで、空回りしそうだった思考が少し落ち着いた。
「すみません。えっと、ペーターの弟のオスカーをご存じですよね」
「ああ、あの頭のいい子だな。来年には八歳になるから、ツーレツト町の学校に行かせても良いかもしれないと言っていたんだ」
オスカーはいま七歳だったらしい。
カイはうなずいた。
「そのオスカーが、行方不明になりました」
「は?」
それを聞いたデニスは、瞳を揺らした。
ペーターとのやり取りを話して聞かせると、だいたいのところは知っていた。
「わりを食うのは、真ん中の子によくあることだがな。オスカーは頭がいいから、自分がすべきことをよく考えているんだ」
「そのようです。今、ペーターが一度家に戻って確認していますので、もしかすると家にいる可能性もありますが」
腕を組んだデニスはうなずき、そして少し考えてすぐに決断した。
「わかった。ペーターの報告を待つ間に方針を決めるぞ。捜索は村の中と森。バンガードの四人にも、追加料金を払って協力してもらう。本部はここだ」
デニスは、このまま捜索隊のまとめ役をするらしい。
「僕も森に出ます。一応これでも冒険者の端っこに引っかかっていますから」
カイがそう言うと、デニスは目を丸くした。
「そうだったのか?なら、無茶はしないで探してくれ」
「わかりました!」
うなずいて行こうとしたカイに、デニスは待ったをかけた。
「もう少しだけ待ってくれ。捜索隊は、ちょうどいま外に出られない奴らにも頼むつもりだ。果樹園と小麦畑の奴らは知っているだろう?」
「はい」
リーヌスやジーモンたちなら、カイも知っている。
「森の入り口あたりにも、何人か待機させる。日が落ちる前に、一度は森から出て報告してくれ。カイまで行方不明になっては困る」
「わかりました」
もし村の中で見つかっていれば、その報告ももらえるということだろう。
「助かる。冒険者だったなら信頼して一人で行かせるが、本当に無理はするなよ?」
「ええ、そのあたりはきっちり教わりましたので」
カイはしっかりとうなずいた。
冒険者は、どうしても命の危険と隣り合わせの職業だ。
ギルドとしても、なるべく無為に散る命を減らすべく、ギルド加入時にいろいろと講習を行っている。
実際、ろくに聞かない人が犠牲になることも多いので、生存率を上げるため、冒険者として必要な技術の初歩を学ぶ。
特に、生活魔法の利用はとてもためになった。
座学だけの講習だったが、カイの旅がとても楽になったのは、このときに教わったことが大きい。
その講習のことを知っているのだろう。
デニスは、今度こそカイを見送った。
走っていけば、森まで二十分ほどだ。
さすがに、森の中で走るのは愚行なので、なるべく気配を消して歩く。
「ちょっとだけでも冒険者をやってて良かったよ……」
足音の消し方も、講習で先輩冒険者が見本を見せてくれたのだ。
なるべく呼吸をゆっくりするよう心掛けながら、カイは森を分け入った。
ペーターに話を聞いたのが昼過ぎなので、今はちょうどおやつ時くらいだろう。
一度森を出て報告することを考えれば、探せるのは一時間程度と見た方がいい。
それ以上は集中力がもたないので、危険だ。
カイは、見逃しや聞き漏らしがないように気を配りながら、慎重に足を進めた。
「鳥があんまりいないな……」
小さな独り言すら、大きく響くような気がする。
いつもならあちこちでピチチ、と鳴いているはずの鳥の声が、少ない。
というか、ほとんど聞こえない。
ときおり、風が通り抜けて木がざわめくだけである。
ぞわり、と鳥肌が立った。
よくない兆候だ。
それでも、万が一のことを考えると引き返すわけにはいかない。
カイは、薪拾いに行くときの道順をなぞって歩いた。
しばらく行くと、カサ、カサ、という軽い足音が遠くで聞こえた。
大人の足音ではない。
オスカーか、もしくは別の動物か。
カイは音の方向を確認し、木の影に隠れるようにしながら移動した。
息を詰めて音のする方へ向かうと、軽い衣擦れが聞こえた。
「……オスカー?」
カイが小さく聞くと、息を呑む音がした。
「え?誰……?あ、修理屋さん」
オスカーは、両手いっぱいに枯れ枝を抱えていた。
カイは慌ててオスカーに駆け寄った。
「怪我はしてない?何かに会ったりとかは?」
「ううん。ずっとぼくひとりだったよ。ほら、こんなに拾ったの」
子どもが一抱えにするほどの量だ、オスカーにとっては大収穫だろう。
「無事でよかった。姿が見当たらないから、心配したんだ」
叱るのは、カイの役割かどうかわからない。
だからカイは、そっとオスカーの頭を撫でるだけにした。
心配をかけることが良くない、と思ったのだろう。
オスカーは目線を下げた。
「……ごめんなさい」
「僕も無茶をしてきたことがあるから、オスカーを叱ることはできない。謝るのは、僕じゃなくて別の人にだ」
「……父さんとか、母さん?」
眉を寄せたオスカーに、カイはうなずいた。
「うん。それに、ペーターだな。最初にオスカーがいないことに気づいたのはペーターだ。それで、きっとオスカーが森に行ったと気づいたのも」
「兄さんが?」
オスカーは首をひねった。
「そうだよ。とても心配していた」
カイがうなずくと、オスカーは口を尖らせた。
「ぼくは、兄さんみたいにはできないけど、でも、こんなに拾えるもん」
オスカーは、ぎゅっと薪を持つ腕に力を入れた。
「そうだな。じゃあ、それを持って帰ろう。そのままじゃ薪が持ちにくいよな、ちょっと待って」
そう言って、カイは木魔法を使った。
薪の一本を使って全体を固定し、そのへんの蔦を千切って成長させて簡易的な背負子にする。
腕で抱えるよりも、背負う方がオスカーも楽だろう。
「え?!すごい。修理屋さん、やっぱり作るのもできるんだね」
「いや、これくらいなら生活魔法でできるよ」
キラキラした瞳に思わず照れたカイは、もう一度オスカーの頭を優しくなでた。
そのとたん、今までになかったほどに背筋が冷えた。
オスカーの後ろにある藪の隙間から、黒いものが見えたのだ。
カイたちのいるところが風下だったと、今頃気がついた。
「……オスカー、こっちに」
「どうしたの?」
藪の向こうにちらりと見えた黒いものまで、距離にして十メートルもないだろう。
ブラックウォルフは、それくらいなら一瞬で飛び掛かってくる。
カイは、オスカーを抱き寄せるようにしながら口を開いた。
「土シェルター!」
目を丸くしたオスカーは、二人の周りに突然土の壁と天井が出現するのを見た。
「これ、なあに?」
オスカーが言った途端、壁に「ドン!!」と何かがぶつかる音がした。
それも、複数だ。
「土シェルターっていうんだ。土魔法の応用で、とっても強い土の家。ブラウンボアの突進も、レッドベアの爪も跳ね返してきた防御魔法だよ」
オスカーは、カイにしがみついて震えた。
「ブラックウォルフくらいなら何ともない。そのうち、冒険者の人たちが助けに来てくれるから、しばらくここで待つよ」
「だい、じょうぶ?」
「ああ、絶対大丈夫」
カイは、小さなオスカーをぎゅっと抱きしめた。
壁の外からは、何かの唸り声が聞こえていた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
今日から、週二回更新になる予定です。
筆が早めに進めばそれより多くなるかも…?
今後も、お付き合いくださると嬉しいです。




