第24話 「ああ、私がアウレリアで合っている」
「おはよう、カイ!」
「うわっ」
次の日の朝、村の大きな通りに差し掛かったところで横からヒルダが飛び出してきた。
勢いよく来たので思わず抱き留めたが、もう少しずれていたら思い切りタックルされるところだった。
「ヒルダ、おはよう」
商店はまだ向こうの方だが、何か用事でもあってこちらに来たのだろうか。
カイが疑問を口にする前に、ヒルダが聞いてきた。
「カイがバンガードの手伝いをするって本当?!」
「うん、手伝うことになったよ」
そう答えると、目の前に立ったヒルダは、心配そうに耳を下げてこちらを見た。
「冒険者たちに混ざって討伐するって聞いたんだけど」
「え?どこからそんな話になったんだ」
カイは驚き、首をひねった。
「違うの?でも、手伝いはするって」
「あー、うん。武器とか防具の修理を手伝う感じかな。あとは、果樹園の水路も修理が終わってないから、様子を見て行かないと」
果樹園のあたりは水路以外も壊されている可能性があるので、それもバンガードの四人が見て来てくれるという。
「そういう手伝いね。良かった、冒険者みたいに戦うのかと思って心配しちゃった」
ほっとしたように笑ったヒルダは、尻尾を大きく振った。
「心配してくれてありがとう。一応、僕は冒険者の資格を持ってはいるんだけど」
「え?カイって冒険者だったの?!」
ヒルダは黒い目を見開いて、尻尾をピンと立てた。
「そんなに驚くことかな?ほとんど身分証代わりだよ」
カイが首をかしげると、ヒルダは納得したようにうなずいた。
「なあんだ。やっぱり戦うのかと思ってびっくりしたわ」
「一応、頑張ってはみた。でもレッドラビットをどうにか討伐できる程度だったから、すぐ切り替えた」
あれは、多分若気の至りとかそういうものだ。
レッドラビットは、魔物の中では最下層である。
弱すぎて、王都の周りの整備された森でしかほとんど見かけない魔物だ。
カイが遠い目をして言うと、ヒルダも何かに思い至ったのか、遠くを見た。
「あー、ね。そういうこともあるわよね」
「まああれだ、経験は成長の糧になったんだ」
「うふふ」
「あはは」
カイとヒルダが見たくない過去に蓋をしているところへ、アウレリアがやってきた。
「ああ、カイ。ちょうど良かった。昨日の今日ですまないが、庭の方も少し壊してしまったから、直してもらえないか?」
防具を身につけたアウレリアは、手に空の籠を持っていた。
ちょうど何かの買い物に来たらしい。
「おはようございます。わかりました、後で伺います」
「ありがとう、頼む。そちらは?」
お礼を言ったアウレリアが、ヒルダを見た。
ヒルダは、黒い目をキラキラさせてアウレリアを見ていた。
「わたし、ヒルダです!村の商店の跡取りです。あなたが、バンガードの主戦力のアウレリアさんですか?!」
耳をピンとしてアウレリアに向け、尻尾もぶんぶんと左右に振れている。
どうやら、アウレリアは有名人らしい。
「ああ、私がアウレリアで合っている」
「やっぱり!!そのゴーレム部位、すごくカッコいいです!ここまで精巧な部位は初めて見ました。アウレリアさんは強そうで美人でとても素敵です!お買い物ですか?お店なら案内しますよ!」
にっこにこで言うヒルダに、アウレリアは笑った。
「あははは!ヒルダは、面白いな」
「え?そうですか?」
ヒルダはきょとんとしているが、カイはなんとなくアウレリアの言いたいことがわかった。
「そんなふうに真正面からゴーレム部位を褒められることはあまりなくてね。ありがとう。パンを売っていると聞いたんだが」
「ええ、毎朝わたしが焼いているパンですね。どうぞ、案内します!」
にこっと笑ったヒルダは、思い出したようにカイに向き合った。
「カイは今から買い物?」
「いや、僕は仕事で役場に行くところだよ」
「そっか。お仕事頑張ってね。アウレリアさん、行きましょう!」
ご機嫌なヒルダに続いて歩くアウレリアに、カイは後ろから声をかけた。
「役場での仕事が終わったら、家にお邪魔します」
「ああ。誰もいなくても、気にせず庭に入って修理を頼む。料金は後でまとめて払うから」
ひょいと顔だけで振り向いたアウレリアは、軽く手を振った。
「わかりました。お任せください」
ヒルダは、すっかりアウレリアに夢中である。
その様子を見て苦笑したカイは、役場に向かって歩き出した。
役場で頼まれたのは、村の共有井戸の整備と、川沿いの柵の修理だった。
「川に近いところに住んでいる者たちは、井戸が壊れても川に汲みに行けばなんとかなると思っていたらしい。だが、今はかなり危険だからな」
「わかりました。先に柵を修理して、そのまますぐに井戸も直します」
カイがうなずくと、デニスは軽く頭を下げた。
「頼む。共有井戸は水源も豊かだから、あれが機能すれば川に行く必要もない。皆には説明してわかってもらえたが、子どもたちが川に行けないのだけは少し可哀そうだな」
村に近いところにある川には中州があり、村側の浅瀬は子どもたちの遊び場になっている。
イーリスが釣りをしているのは、もう少し上流側だ。
「あのあたりは、いい遊び場ですよね」
川幅が広くなっていて流れも穏やかなので、子どもでも安心なのだ。
デニスもうなずいた。
「ああ。俺も遊んだ覚えがある」
成人前の子どもは家の手伝いもするが、基本的には外遊びで身体を作る。
「遊び場がなくなるのは、確かに可哀そうですし、親御さんも大変ですよね」
「そうなんだよなぁ。ずっと仕事を手伝わせるわけにもいかんし」
この村には、特にこれといった遊具などはない。
というか、カイはこの世界に生まれてこの方、公共の遊具といったものを見たことはない。
「うーん。ちょっと考えてみます。柵の近くのスペースは、余っている状態ですよね?」
「ああ。あの辺りは特に何も使っていないが、何をするつもりだ?」
デニスが首をかしげるので、カイはにこりと笑顔を見せた。
「遊び場を作ろうかと思って」
「遊び場?作るものなのか?」
デニスの疑問はこの国ではいたって普通のものである。
カイの知る限り、子どもはそのへんの川や森で遊ぶのが一般的なのだ。
「はい。皆で遊べる道具があれば、きっと子どもたちも退屈しませんから。柵の修繕用に集めていただいた木材は、使い切ってしまってもいいですか?」
カイが聞くと、デニスはとまどいながらもうなずいた。
「まあ構わんが……。カイのスキルで作れるわけじゃないだろう?」
「修理ですからね。新しくは作れません」
「手伝いはいるか?」
デニスは、賛成の方向で考えてくれているらしい。
「いえ、そんな大きなものは作れないので、大丈夫です。生活魔法を利用してなんとかしますし」
新しく作るのは大変だが、意外と生活魔法が便利なのだ。
カイがそう言うと、デニスは納得したようにうなずいた。
「そうか。もし人手が必要なら言ってくれ。森にも果樹園にも出られなくて暇な奴らがいるからな」
「わかりました」
修理は楽しいが、たまには一から作るのもいいだろう。
カイは、どんな遊具なら楽しんでもらえるかと考えをめぐらせた。
どうせ作るなら、村の外に出られない子どもたちが、そんなことを忘れられるようなものを。




