第23話 「それなら、修理屋にお任せください」
空気がひたりと止まる中、情報を整理したカイはうんうんとうなずいた。
「どうやら、そっちの修理屋?は状況を把握したようだぞ」
ライナーがこちらを顎で示して言った。
「カイ?」
デニスの眼光が鋭い。
突然全員から注目され、カイは慌てて背筋を正した。
「えーと、把握?というか……。優先順位の問題ですよね?まあ僕たちからすれば、南の森がどこまで安全かも早めに知りたいところですけど」
それを聞いたデニスが、一つ大きく息を吐いた。
「優先順位か。確かに、南の森に行くのは数日なら止められる」
ふっと、室内の空気が緩んだ。
「害虫退治と一緒ですよね。家に虫が入ってきたら、まずは窓や扉を閉めてそれ以上入ってこないようにする」
カイが言うと、デニスもうなずいた。
「その後で、虫を退治して対策を取るってことか」
「ライナーってば結論しか言わないんだから。村長さんびっくりさせちゃったじゃん。いくらグレータが子どもと一緒に留守番だからって、焦り過ぎ」
犬獣人の女性が言うと、獣人の男性とゴーレム部位持ちの女性も口を開いた。
「仕事は仕事だぞ」
「グレータに言っておく」
「ちょっ!グレータには言うなよ!後でめちゃくちゃ怒られるんだからな!」
焦ったライナーは、ゴーレム部位持ちの女性に向かって両手を振った。
「私は、何かあれば教えて欲しいとグレータに言われている」
「そんなぁ。アウレリア、後生だから」
ゴーレム部位持ちの女性は、アウレリアというらしい。
「知らん」
あわあわするライナーと、突っぱねるアウレリア。
それを見た犬獣人の女性と獣人の男性は、クスクスと笑った。
「まあそういうわけだから。まずはブラックウォルフの流入経路を調査して、防ぐか進路変更。魔物の森の調査と、南の森に入ったブラックウォルフの討伐は交互かな?」
犬獣人の女性がそう言うと、暗い雰囲気は完全に霧散した。
「わかった。それで頼む。とりあえず、南の森へは二日ほど立ち入り禁止にしておけばいいか?」
表情を和らげたデニスは、ちらりとライナーを見てから犬獣人の女性に向かって言った。
「二日だと厳しいかなぁ。誘導路をどう作るかにもよるけど、一週間くらい?どう思う、エーミール」
エーミールと呼ばれた獣人の男性は、カイを見た。
「そっちの、修理屋は建築はできるのか?」
「え?僕ですか?僕のスキルはあくまで修理なので、壊れたものを直すことしかできません」
カイが首を横に振ると、犬獣人の女性はうなずいた。
「スキルって便利だけど柔軟性がないもんねぇ。ウチの火魔法スキルだって、下手したら山火事になるもん」
「フィーネの魔法はすぐ暴走するからな」
しょげたライナーを放置したアウレリアは、こちらの会話に入ってきた。
犬獣人の女性は、フィーネというらしい。
「森で火事はやめろよ」
エーミールが言うと、フィーネは憤慨した。
「最近は暴走しなくなってるからね?!ちょっと謙遜しただけじゃん!」
「森で必要な物はなんだ?」
どうやら復活したらしいライナーが、じゃれあう二人を無視してデニスに聞いた。
「ああ、薪と、兎や鹿なんかの肉だ」
ライナーは、デニスの答えにうなずいた。
「肉の在庫は、肉屋に聞かんとわからん。薪は、ある程度ならそれぞれの家で備蓄しているはずだが、一週間ももたないと思う」
「近くに森があったら、そうなるか」
村の人たちは定期的に森に入って薪を拾っているので、ほぼ毎日誰かが森に行っていると思う。
カイもうなずいていると、エーミールたちのじゃれ合いが終わり、本格的な打ち合わせが始まった。
「まず、明日と明後日は少なくとも森への立ち入りを禁じてくれ。おれたちは森から果樹園へのブラックウォルフの経路を潰す」
「わかった」
今度は、ライナーの言葉にデニスも同意した。
「三日目は、いったん俺とフィーネで薪拾いを護衛しよう。何人かで集まっていけば、ブラックウォルフが襲ってくる可能性も下がる」
エーミールが言うと、ライナーが了承した。
「そうだな。その間は、おれとアウレリアで経路の確認と潰す作業を行う」
「薪拾いの人選はこちらで行う」
そう言ったデニスは、もうライナーたちを信頼すると決めたようだ。
果樹園の管理人であるジーモンはともかく、カイは守られるだけの立場なので聞いていても仕方がない。
しかし立ち去るタイミングを見逃し、彼らの打ち合わせを大人しく聞いていた。
すると、途中でなぜか声がかかった。
「修理屋の」
「はい、カイです」
思わず答えると、ライナーは手招きをした。
「カイだな。改めて、俺はライナー。バンガードの斥候で、パーティリーダーだ。こっちの犬獣人の火魔法使いがフィーネ、サイ獣人の盾使いがエーミール、ゴーレム部位持ちの剣士がアウレリアだ」
「はい、よろしくお願いします?」
改めて自己紹介された意味が分からず、カイは首をひねった。
「修理屋ってことは、武器や防具の修理もできるのか?」
「あ、もちろんできます。欠損がある場合は材料が必要ですが」
カイがうなずくと、ライナーは嬉しそうに笑った。
「はは、まあ無から作りだすのはできないことが多い。だが、修理できると助かる。どうも、長期戦になりそうだからな」
なるほど、カイの客にもなるということらしい。
家具や建材とは違うが、修理することに支障はない。
「それなら、修理屋にお任せください」
カイは、ほんの少し胸を張った。
「心強いな。毎回ツーレツト町まで行くとかなりのロスだが、この村で修理できるなら早い」
話を聞いていたアウレリアが嬉しそうに言った。
「まあ、さすがにアウレリアのゴーレムの調整までは頼まんよ。王都の専門職に、年に一回見せる程度でいいらしいし」
ライナーが言うと、アウレリアも首を縦に振った。
「ああ、そこまでは構わない。そもそも、ゴーレム部位はほとんど壊れないからな」
「そうなんですね」
ほんの少し、ゴーレム部位をスキルで見てみたいと思ったが、カイはその思いに蓋をした。
興味本位で頼むことではないし、アウレリアにとっては繊細なところかもしれない。
「それより、この家の修理も頼めるのか?」
アウレリアがそう言ったので、カイは大きくうなずいた。
「もちろんです。借家の修理費は、村持ちですか?」
カイがデニスに聞くと、話が一区切りついていた彼は目を瞬いてから肯定した。
「ああ、ここの修理は村が出す。一応確認したつもりだったんだが、どこか壊れていたか?」
聞かれたアウレリアは、デニスに向かって首を横に振った。
「いや、壊したのは我々なので修理費はこちらで出す。普通にドアを開けたつもりが、うっかりこちらの腕で開けてしまってね」
そう言いながら、アウレリアはゴーレムの左腕を上げた。
「アウレリア、久しぶりにやらかしたもんね」
フィーネが言うと、アウレリアは肩をすくめた。
「気を抜くと、家のドアを壊すんだ。いつもは気をつけているんだが、久々の長旅が終わったと思ったらうっかりした」
どうやら、ゴーレム部位は扱いが難しいらしい。
「それなら、部品はすべてありますね。すぐに修理します」
「助かる」
ふわ、と照れたように笑ったアウレリアは、思わずカイが見惚れるほどに美しかった。




