第22話 「多分、ブラックウォルフの毛です」
「ジーモンさん!少しお時間いいですか?」
水門を修理する前に話した方が良いと考えたカイは、まずはジーモンに声をかけた。
「おお、どうした?」
「水門の柱に、これが引っかかってました」
カイは、黒っぽい毛の塊を手のひらに乗せた。
それを見たジーモンは、眉を寄せた。
「これは?」
「多分、ブラックウォルフの毛です」
カイがそう言うと、ジーモンは目を見開いた。
「まさか……!それじゃあ、水門を壊したのも」
「はい。もしかすると、こちら側に来ているのかもしれません」
ジーモンは、すぐに危険を理解してくれた。
「ヴィリー!クルト!こっちに来てくれ!」
少し離れていたが、声の届く範囲にいた二人はすぐにやってきた。
「どうした?」
「もう水門の修理が終わったのか」
二人の疑問には答えず、ジーモンは真剣な表情で言った。
「いいか、今すぐ片付けて村に戻る。カイは多分と言ったがまず間違いない。ブラックウォルフが果樹園まで来ている」
「なんだって?!」
「まさか、ブラックウォルフは水が嫌いだから川を越えないって」
ヴィリーとクルトは、それぞれ驚いた。
カイも、魔物は水を嫌うと聞いたことがある。
ジーモンはうなずいた。
「ああ、クルトの言う通り、ブラックウォルフは水を嫌う。だが、嫌いなだけで入れないわけじゃない」
ヴィリーが息を呑み、クルトはごくりと喉を鳴らした。
「急いで帰る。まだ見かけてはいないから今は大丈夫だろうが、だからこそ帰るぞ」
「わかった」
「荷物を取ってくる!」
ジーモンの指示で、二人は駆けだした。
カイは、どうしたらいいのかわからずに川がある方を見た。
「カイ、すまんがこのまま村長の所へ一緒に行ってくれ。そろそろ領主様が依頼した冒険者が到着するころだろう」
荷物をまとめながらジーモンが言ったので、カイは今朝のことを思い出した。
「あ、ここに来る前に、冒険者の方たちが到着されました。ハルバードを持った女性がゴーレム部位持ちで、全員が同じパーティのようでした」
すると、ジーモンは目を丸くした。
「おいおい、そりゃあすごいじゃねえか!王都周辺で活躍してるパーティのバンガードだな」
「バンガード?」
カイは聞いたことがなかったので、思わず聞き返した。
ジーモンが口を開く前に、荷物を持って来たヴィリーが答えた。
「最近有名になってきた五人組のパーティだ。前衛にゴーレム部位持ちがいて、一応後衛もいるが結局全員前衛で戦うって」
どうやら、戦闘力高めのパーティらしい。
「僕が見たのは四人だけですね」
「そうか。まあ、冒険者パーティは依頼によってメンバーを変えることもあるらしいからな」
警戒するように周辺を見ながらジーモンが言った。
「お待たせ!」
「クルトも来たな。よし、じゃあ帰るぞ」
ジーモンの言葉に、全員が真剣にうなずいた。
「はい」
「ああ」
「急ごう」
村に帰って、カイとジーモンはそのまま役場に向かった。
すると、ちょうど向こうからデニスが歩いてやってきた。
「デニス!バンガードが来たって?」
「よう、ジーモン。耳が早いな。滞在してもらう家に案内してきたところだ。カイまで一緒に、どうした?」
返事をしようと口を開きかけたジーモンは、左右を見てから首を振った。
「ここでは言いづらい。中で報告してもいいか?」
「ああ、わかった」
デニスは快諾し、ジーモンとカイを中に招き入れた。
「それで、どうしたんだ?」
村長の執務室に入ってから、デニスは質問した。
ジーモンはうなずき、黙って机の上に黒い毛を置いた。
「これが、壊された水門のところについていたそうだ。ブラックウォルフの毛で間違いないと思う」
「な、なんだと?!まさか、そんなところにまで」
顔を曇らせたデニスは、額に手を当てた。
「果樹園が荒らされた形跡はない」
「ブラックウォルフは肉食だから、果樹は無事だったんだろう。果樹園を抜けて南の森の方へ行ったのかもしれん」
デニスが眉を寄せながら言ったことに、ジーモンも同意した。
「ああ、そんなところだろう。森のもっと奥には兎や鹿がいるからな」
「これを見つけたのは、カイか?」
「はい」
カイがうなずくと、デニスが黒い毛を指して言った。
「偶然流れてきた、という可能性はあるか?」
「……ゼロとは言いませんが、水門の柱は自然に壊れたのではありません。何かがぶつかって折られたんです」
「そうか……。わかった、戻ってすぐで悪いが、このままバンガードに説明に行きたい。二人とも、ついて来てくれるか?」
顔を上げたデニスは、カイとジーモンに向かって言った。
「わかった」
「はい」
うなずいた二人を連れて、デニスは借家へ取って返した。
「ライナーさん!さっきの今ですまん。報告があるんだが」
借家の扉をノックしながらデニスが言うと、中から扉が開いた。
「はい、どうぞ」
開けたのは、ゴーレム部位持ちの女性だった。
中に入ると、すぐにリビングになっており、全員がそこにいた。
旅装をといて、武器の手入れや荷物の整理をしていたようだ。
「何があったんだ?」
ヒト族の男性がそう言ったので、多分彼がライナーだろう。
「こっちは果樹園の管理人のジーモン、そちらが修理屋のカイだ。彼らが、果樹園でブラックウォルフらしい黒い毛を見つけた」
「果樹園?」
「村の南西側の方にある丘か」
冒険者たちの言葉に、デニスがうなずいた。
「これがその毛だ。カイが言うには、水門の柱も何者かに壊されたらしい」
カイは、デニスの言葉に同意するようにうなずいた。
冒険者たちはお互いに顔を見合わせ、一つうなずいた。
「わかった。果樹園からだと、どちらの方向へ行きそうかわかるか?」
ライナーが聞いたので、ジーモンが答えた。
「川から離れるなら、村の南にある森の方だと思う。村から見て奥の方には、兎や鹿もいる」
「なるほどな。水門の柱が折れていた状況や、わかればどの方向からぶつかったかも教えてくれ」
カイは、場所を思い出しながら言った。
「大元の水門は今は閉じられていたので、水路は枯れた状態です。底からだと、腰くらいの高さに何かがぶつかったようでした。水路は東西に敷いてあって、東側に向かって折れていました」
ライナーはうなずいた。
「なるほどな。ほかの原因の可能性は?」
「断言はできません。ただ、水で腐る高さではありません。ほかの動物が壊したなら、果樹にも被害があっていいはずです」
カイが言うのを、ライナーだけではなくほかの冒険者たちもじっと聞いていた。
「果樹園に被害がないなら、完全に通り過ぎただけということか……。わかった、明日は果樹園から魔獣が出るという森に向かって調査を進める」
「まずは流入経路を潰すか」
ライナーの計画を聞いた獣人の男性が言うと、犬獣人の女性も同意した。
「先にそっちだね」
「わかった」
ゴーレム部位持ちの女性も同意したところで、デニスが慌てたように聞いた。
「待ってくれ。南の森の安全確保が先じゃないのか?」
確かに、森の方から村へブラックウォルフが来るのは危険だ。
しかし、ライナーは首を横に振った。
「ウォルフ系は頭がいいから、人の集落には近づかない。森に入らなければ問題ない」
「しかし、それでは生活が」
デニスが言うと、ライナーは真剣な表情で言った。
「我々への依頼は、魔物が出る森の調査だ。その過程で、必要なら魔物を狩る。それに、ブラックウォルフは頭がいいから集落の方には寄ってこない」
それを聞いたデニスは、眉を寄せて腕を組んだ。
「領主の依頼では、村の安全確保も入っていたはずだが」
デニスとライナーがにらみ合った。
ジーモンは常にないデニスの様子に驚いたように口を閉じ、ライナー以外の冒険者たちは黙って様子を窺っている。
風に吹かれた木の影だけが、室内を揺らいでいた。




