第21話 「老朽化しているわけ、じゃない」
村の家の修理や、道具の修理、井戸の補修などが次々と依頼され、カイは思ったよりも忙しい毎日を送っていた。
ときには、以前よりも使いやすくなったと言ってもらえることもある。
村の人たちとの距離も縮まり、今のところスローライフとは言い難いが、充実した生活だ。
「カイー!」
その声が聞こえたとたん、カイはぐっと足をふんばった。
「ぐっ」
「おはよう!今日も何かの修理?」
ヒルダのタックルである。
何度も繰り返して、衝撃を逃がすのにも慣れてきた。
「ヒルダ、おはよう。今日は果樹園の水路の修理を頼まれてるんだ」
「果樹園?じゃあ、村にはなんで?」
一歩離れたヒルダの耳がぴょこんと揺れた。
果樹園は、ここからカイの家を挟んで反対側だ。
疑問に思うのも当然だろう。
「水路の修理にニスが必要だから、買いに来たんだ」
ヒルダは、心得たとばかりにうなずいた。
「そういうことなら、ちょっと多めにいるよね」
「うん。この瓶で二つ分もらってもいいかな。足りなくなったら困るし」
カイが言うと、ヒルダはうなずいてから裏口の方へ向かった。
今日はヤーコブが配達にでも行っているのか、ヒルダしか店にいないようだ。
「倉庫から持って来るね。ちょっと待ってて!」
「ありがとう」
店先でぼんやりとまっていると、ふと通りの方から急ぐような足音が聞こえた。
それも、複数だ。
なんだろうかとカイが振り返った途端、人が飛び込んできた。
「ただいまー!」
茶色いウサギ耳を生やした女性だ。
なんとなく、知り合いの面影がある。
「やだ、お客様だったの。って、見ない顔だわ。旅の人……ってわけでもなさそうね。あ!もしかして、あなたがヒルダが言ってたカイくんかしら?」
彼女の問いに答える前に、女性の後ろからついてきた人たちが声をかけてきた。
「家族の話はまた後にしてもらって、先に完了のサインをもらってもいいか?」
そう言ったのは、冒険者らしい男性だった。
彼の後ろには、犬っぽい獣人の魔法使いの女性、大きな盾を担いだ何かの獣人の男性、そして大きなハルバードを手に持った女性がいる。
カイは、思わずハルバードの女性をじっと見てしまった。
ゴーレム部位持ちの人だ。
左腕に独特の模様がある。
そして多分、左足もゴーレム部位だ。
人の肌とは違う、金属のような表面が陽の光を反射していた。
ゴーレム部位は、前世の感覚で言うと、思い通りに動かせる人工の手足だ。
魔道具なのでものすごく高いし、メンテナンスも大変だということで、めったに着けている人はいない。
カイも、実際に目にするのは初めてだった。
「はい、護衛ごくろうさま。助かったわ」
ウサギ耳の女性――多分、ヒルダの母だ――がサインをすると、冒険者たちはうなずいた。
「ああ、確かに。この村に来るついでだったから、いい小遣い稼ぎになったよ」
「うふふ、上級パーティの人たちに護衛してもらったなんて、しばらく自慢できるわぁ」
どうやら、領主が依頼した上級パーティの人たちらしい。
カイの視線に気づいたゴーレム部位持ちの女性は、見られるのに慣れているのだろう、軽く目礼してすぐに前を向いた。
珍しかったとはいえ、失礼なことをしてしまった。
カイは、ぺこりと頭を下げた。
「まだ朝だから、デニスは家にいるわね。村長の家はここからあっちへ向かって一つ目の角を曲がって、三軒目の家よ。滞在に関しては手紙で知らせてあるはずだから」
ヒルダの母は、身振りを加えながら道を説明した。
「わかった。では我々はこれで」
「ええ。ありがとう」
「失礼する」
「では」
「どうも」
冒険者たちは、言葉少なに去っていった。
ヒルダの母がさてとばかりにこちらを向いたときに、ヒルダが店の奥から戻ってきた。
「カイ、お待たせー。って、母さん!おかえりなさい!」
母を見つけたヒルダは、パッと笑顔になった。
「ただいま、ヒルダ。やっぱりあなたがカイくんね」
ヒルダの母は、優しく微笑んだ。
「はい、カイです。娘さんと旦那さんには、色々とお世話になっています」
カイがそう言うと、なぜかヒルダが満足そうにうなずいた。
「まあまあご丁寧に。私はブリギッテ。ヒルダの母よ」
ブリギッテは、ぴこ、とウサギ耳を揺らした。
どうやら、ブリギッテの母が足を折る大けがをしたために、お見舞いと家事の手伝いを兼ねてしばらく里帰りしていたそうだ。
こちらに戻るときに、ちょうど上級パーティの人たちが村に向かうというので、一緒に連れて来てもらったらしい。
もう少し話を聞いてみたかったが、仕事の時間だ。
「僕はそろそろ行かないと。ヒルダ、これ料金。ブリギッテさん、失礼しますね」
「はーい、まいどあり!修理頑張ってね」
「カイくん、またね」
「はい、また」
ヒルダたちに見送られたカイは、自然と笑顔になっていた。
今日は、果樹園の水路を直してほしいと依頼が来ていた。
水路の水を調整するための木造の水門が壊れたらしい。
カイが果樹園を訪れると、ちょうど果実の間引きをしているところだった。
「こんにちは、ジーモンさん」
「ああ、カイ!よく来たな。今日は頼む」
ジーモンは、果樹園の持ち主だ。
「カイ、今日は頼むな」
「こんにちは、カイ」
こちらにやって来たのはヴィリーとクルト。
クルトは、ジーモンの甥だという。
「クルト、壊れたところへカイを案内してくれるか?」
ジーモンが言うと、クルトは素直にうなずいた。
「わかった」
クルトに案内された先には、果樹園に引き込んだ水路の水門があった。
水路には、川の上流から引っ張ってきた水を流しているらしい。
「ここですね。木材は準備していただいているので、さっそく始めます」
「お願い。僕はあっちの方にいるし、ジーモンおじさんは向こう側にいるから、何かあったら言いに来て」
「はい」
カイがうなずくと、クルトは持ち場に帰っていった。
どうやら虫の処理と実り始めた果実の保護で忙しいらしい。
今回、材料の木材は果樹園で用意してくれた。
だから、カイが持ち込んだのはニスだけだ。
「よし、確認するか」
カイは、スキルを起動して水門を見た。
「ん?老朽化しているわけ、じゃない」
水門でせき止めたところには、ちょっとした池があった。
確かにこうして常時水に触れている木材は傷みやすいのだが、スキルで見る限り、壊れた部分はそこではない。
「門の柱が折れていて、持ち上げようにも曲がってしまっている。ゲートが少ししか持ちあがらないから、水がちょっとずつしか出ない」
そして、それ以外の故障は見当たらない。
とても不自然だ。
まるで誰かに壊されたようである。
もう少し何かわからないか、とカイはスキルの映像を拡大したり動かしたりしてあちこち見てみた。
結果として、嫌なものを見つけた。
「ブラックウォルフの、毛?」
ここは、果樹園の中央付近だ。
行かないようにと言われていた川の方からは距離がある。
(まさか、こんなところまで来ているのか?)
折れた門柱のところに、ほんの少しだがブラックウォルフの毛が絡まっていた。
ざわり、と周りの木々が風に煽られた。




