第19話 「音も光もなく動いて直っていくぞ」
買い物を終えたカイは、一度家に戻ってから小麦畑に向かった。
小麦畑は、ヴィーグ村から街道を挟んで東側に広がっている。
かなり広い畑で、村で消費する分以外は町に売っているらしい。
「こんにちは!修理屋のカイです」
畑の中にある作業小屋で声をかけると、中からリーヌスが出てきた。
ヤーコブはすらっとした印象だが、リーヌスはガタイが良い。
背も高いので、農家というよりは冒険者のようだ。
そのリーヌスは、カイを見てにっこりと笑顔になった。
「カイか!もう来てくれたんだな」
麦わら帽子から覗く黒い耳がパタパタと動き、黒い尻尾もゆっさゆっさと左右に揺れていた。
「ヒルダから、故障したまま使っている農具があると聞いたんですが」
中に入ってカイがそう言うと、リーヌスは大きくうなずいた。
「そうなんだ。あと、昨日確認したら脱穀機も動きが悪くなっていてな。まあ、話すだけじゃわからんだろう。とりあえず倉庫に行こう」
ひょい、と立ち上がったリーヌスが扉を開けたので、カイも席を立った。
「わかりました」
麦畑は、見渡す限りとまではいかないが、視界のほとんどを占める広さだ。
「この麦畑は、リーヌスさんたちだけで管理しているんですか?」
「いや。三家族である程度区分けして作ってるんだ。ただ、全体の取りまとめは俺がやっている」
ずんずん歩くリーヌスは、向こうの方で作業している人に大きく手を振った。
カイも、ぺこりと頭を下げた。
「小麦の売買とか、農具の管理なんかは俺だな」
「それで、修理の依頼をくださったんですね。ありがとうございます」
カイがお礼を言うと、リーヌスはちらりとこちらを振り向きながら肩をすくめて笑った。
「可愛い姪っ子を助けてくれたっていうし、修理の腕もいいって売り込まれたからな。ああ、カイは脱穀機を修理したことはあるのか?」
たどり着いた倉庫は、一軒家よりも一回り大きな建物だ。
農具を置いているだけではなく、作業もするのだろう。
「脱穀機はありませんが、特に問題ありません。部品が欠けていたら、材料は必要ですね」
「ほお。随分と便利なスキルなんだな」
感心したように言ったリーヌスは、布をかぶせた機械に近づいた。
「これが脱穀機だ。それから、あっちにガタがきた道具を置いてある」
脱穀機は木造で、かなり大きい。
また、壊れかかったものはいくつかまとめられていた。
「ここに置いてある農具はすべてですか?」
「ああ。直せそうか?」
完全に柄の折れた鍬、刃の部分が欠けた鎌、網目が破れた籠。
ほかにもいくつか、誤魔化せば使えなくはないものから完全に壊れたものまで置いてあった。
「少しお待ちください」
そう言ったカイがスキルで確認したところ、金属部分は多少削る必要はあるものの欠損はしていなかった。
柄や籠の修理には、材料が必要になりそうだ。
リーヌスは、スキルを使っているカイを面白そうに見ていた。
「欠けているので、木材などがあった方が良さそうです。脱穀機の方も見ますね」
「ああ、頼む」
一度スキルを切ってから脱穀機にスキルを使った。
浮かび上がった映像でわかったのは、昔の釘を使った脱穀機と唐箕が合わさった機械だということだ。
「上部の脱穀用の釘がいくつか無くなっていますね。あとは、唐箕の中の仕切りに穴が開いています」
「寄りわけがうまくいかなかったのは、仕切りのせいか」
顎に手を当てたリーヌスは、カイの説明に納得したようである。
「そうですね。あと、唐箕に風を送るのは魔法で合っていますか?」
脱穀機を動かすのは足踏みだったが、唐箕は風を送る筒だけがついていた。
だから生活魔法の風を使うのだろうと予想したら、リーヌスはうなずいた。
「ああ。子どもの小遣い稼ぎにもちょうどいいんだ」
「なるほど。風を送るだけなら、危険もありませんからね」
生活魔法は、水、風、火、土の四種類だ。
どれもスキルほどは魔力を消費しない、便利なものである。
おかげで、少量なら井戸から水を汲まなくていいし、火おこしもとても楽だ。
畑なら、土を耕す補佐もできる。
「練習にもなる。中の吹き出し口を調整してあるから、多少強い風を出しても問題ないし」
リーヌスの言う通り、筒から送られた風が内部に入る口の横に弁があり、強い風が入ると弁が開く構造になっていた。
「そうなっていますね。……これの修理には、鉄と木材が必要です。あと、まだ大丈夫ですが、足踏みの機構部分はそろそろ取り換えても良さそうです」
木材が摩耗していて、あと数年もすれば折れてしまいそうだ。
「足踏みの中身か。酷使する部品だからな。十年くらい前に取り替えたんだが、かなり高くついたんだ」
うんざりしたようにリーヌスがため息をついた。
「一緒に取り替えるなら、材料費がいるだけで作業費は変わりませんよ」
カイがそう言うと、リーヌスは首をかしげた。
「中の部品だぞ?一回ばらさないと取り出せないだろう」
「普通はそうですね。僕のスキルの場合は、中でも外でもスキルだけで取り換えられるので」
「そうなのか?便利だな。それじゃあ、一緒に頼もうかな」
リーヌスは、ニカッと笑ってそう言い、黒い尻尾を機嫌良さそうに揺らした。
材料を揃えて、次の日には農具の修理を終えた。
「すごいな。ヒルダが言ったとおりだ。音も光もなく動いて直っていくぞ」
「へえ。さすがスキルだね」
「早いな!」
「これ全部直して、この値段か?一つじゃなくて?」
リーヌスだけではなく、リーヌスの妻やほかの小麦農家たちも修理を見学にやってきた。
ヒルダからカイのスキルについて聞いていたのだろう、面白そうに見ていた。
「はい、終わりました。これでまとめて銀貨七枚と、材料費が銅貨五枚です」
「助かった。それじゃあ、これで頼む」
リーヌスは、カイに銀貨を九枚渡してきた。
「え?リーヌスさん、多すぎます」
「三家族じゃあ割り切れないからな。銀貨三枚ずつならわかりやすい」
銀貨二枚と銅貨五枚ずつにすれば綺麗に割れるはずだ。
そう反論しようとしたが、リーヌスはカイの背中をバンと叩いた。
「いいからいいから!それでもいつもの修理費の半分にもならん。受け取ってくれ」
こういう心遣いは、素直に受け取る方がいい。
だからカイはうなずいた。
「わかりました、ありがとうございます。秋の収穫の時期に、一度メンテナンスに来ますね。それも込みの値段ということで」
カイがそう言うと、リーヌスたちは笑顔になった。
「それは助かる!」
「使いだしたら壊れることもよくあるからなぁ」
まだ四ヶ月ほど先の話だが、その未来を当たり前に話せる。
カイがこの村に居つくことに、何の疑問もない。
そう気づいて、カイは胸がいっぱいになった。
小麦畑を後にして、村の中で野菜を買って帰ろうと歩いていると、前から知った人がやってきた。
「あ、イーリスさん。こんにちは」
「カイじゃない。こんにちは。どう、暮らしは落ち着いた?」
イーリスは、重そうな籠を肩から下げ、竿を手に持っていた。
「はい、皆さん良くしてくださるので。よかったら、籠をお持ちしますよ」
「あら。じゃあお願いしようかしら」
「もちろんです」
受け取った籠は、かなり重かった。
今日もどうやら大漁だったらしい。
小麦畑でも修理をした話をしながら村長の家に着き、勝手口の方からキッチンに入って籠を置いた。
すると、イーリスが迷ったように口を開いた。
「ねぇカイ。小さなものも修理ってできるのかしら」
「はい、できますよ」
カイがうなずくと、イーリスは椅子に座るように言った。




