第16話 「すごいのになんか地味だわ」
「とりあえず、二キログラム分くらい貰っていいかな?持って行きたいから、できれば入れられる箱かなにかも」
カイは、ヒルダの手を放して言った。
「いいわよ。そうね、この箱ならもう解体しようと思ってたから、サービスでつけてあげる」
うなずいたヒルダは、倉庫の端に転がっていた木箱を一つ持ってきた。
抱えるほどとまではいかない、ちょうどいい大きさだ。
「助かるよ」
「どういたしまして。それじゃあ、ここに入れていくわ」
ヒルダが、皮の手袋のまま箱を指さした。
「持ってた方が良い?床に下ろす方が入れやすい?」
カイが箱を持って言うと、ヒルダは尻尾をゆらゆらと揺らした。
「持ってもらえれば助かるけど、ガラスが割れてるから危ないかも。この箱のそばに置いてもらえる?」
「わかった」
カイは、ガラスの入った大きな箱のすぐ前に木箱を置いた。
「ありがと。適当に掴んで入れていくから、いい量になったら言ってくれる?」
「うん」
「じゃあ、入れていくわね」
ヒルダが大きな箱に手袋の手を入れると、がちゃがちゃがちゃん、とガラス同士が当たる音が倉庫内に響いた。
四回ほど掬ったところで終わりにした。
「これで足りそう?」
「うん、充分。すごく助かったよ」
カイがそう言うと、ヒルダは腰に手を当てた。
「わたしはプロの商人だからね!お客様が欲しいものの本質を見抜いて提案するのも仕事のうちよ」
自慢げに胸を張るヒルダは、ぴこぴこと耳を動かしていた。
「ありがとう。この箱の量で、いくらくらいかな?」
「そうねぇ、ガラス職人に売るときには、一キログラムあたり銅貨二枚で売ってるから、同じでいいわ」
小さめの瓶一つで銅貨一枚ほどなので、材料費としてはものすごく安くなる。
「本当に良いの?なら、きちんと重さを量ってほしい」
カイは、箱を持ち上げて言った。
「別に目分量でいいのに」
ヒルダは首をかしげたが、カイは首を横に振った。
「そういうわけにはいかないよ。初回購入特典はもう終わったんだから」
「ふふふ。初回、購入特典?次からわたしもその言い方使っていい?」
表現が面白かったらしい。
ヒルダは、手袋を外しながら楽しそうに肩を揺らした。
「別にいいよ、好きに使って」
「ありがとう。確かに、カイはもう買い物が二回目だものね!わかったわ、秤はこっちよ」
「うん」
ヒルダは、店の方へとカイを案内した。
裏口から店に入ると、ちょうど店の二階からヤーコブが下りてきた。
「ああ、カイか。それは、割れたガラス?」
「そうよ、修理の材料に欲しいんですって。ガラス職人に売るのと同じ値段でいいわよね?」
ヒルダが聞くと、ヤーコブは少し考えてから首を横に振った。
「いや、一キログラムで銅貨一枚と粒銅貨五枚だ」
「え?でも」
カイは思わず反論しそうになったが、ヤーコブはそれを制止した。
「輸送費がいらないんだ。同じだけ取ったらこちらの取り過ぎになる」
「あら、そういえばそうだったわ」
ヒルダも同意した。
その理由も納得できるものではある。
いいのかな、と迷っていると、ヤーコブが苦笑した。
困ったやつだな、というような、柔らかい表情だ。
「安くなったのに迷うやつがあるか。今後も、カイには同じ値段で売る。それで儲けもちゃんとあるから、心配するな」
きちんと儲けも出たうえでの値段らしい。
だからカイは、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます!助かります」
「ああ、こちらこそ毎度あり」
ヤーコブの細い尻尾が、一度だけ楽しそうに大きく左右に動いた。
「ねえ、父さん。少しだけ抜けてもいい?」
支払いが終わったところで、ヒルダがヤーコブに聞いた。
「ああ、今は問題ないだろう。出かけるのか?」
店先の椅子に座ったヤーコブは、パイプを取り出した。
一服やるつもりらしい。
「カイがどうやってガラスを修理に使うのか気になるの!見に行きたいのよ」
「気になるって……まあ、確かに珍しいスキルだがな」
「ね、カイもいい?」
期待に煌めく黒い瞳を受けて、カイは思わずヤーコブを見た。
「カイが構わないなら、オレはいいぞ」
保護者の許可が出てしまったので、カイは丸く収める答えしか出せなかった。
「う、うん。横で見ているだけなら大丈夫」
「ありがとう!!」
ヒルダは、尻尾をパタパタと振った。
「だが、三十分で戻ってこいよ」
煙を燻らせたヤーコブが、娘に釘を刺した。
「わかってるって!カイの邪魔もしないから。じゃあ、行ってきます」
「ああ」
そうして、カイはヒルダとともに八百屋へ戻ったのである。
割れたガラスを入れた箱は一旦外の庭に置き、鎧戸を開いた。
そしてカイは家に入らずに、外から窓に向かってスキルを使った。
「もう修理を始めるの?」
「うん。でも先に、板を外さないと」
目の前に浮かび上がった窓の映像には、余計な物として打ち付けられた板が表示されている。
本来の窓の部品ではないからだ。
「この板を、釘ごと外して……」
不要な部品をすべて認識して、それを外す。
軽く手を動かすと、窓から板が音もなく外れた。
「えっ……」
ヒルダの声が聞こえたが、今は集中しているのでそちらを見ることができない。
釘が刺さった板を土の上に下ろし、次は割れたガラスを材料として認識する。
無事にスキルの効果範囲に入れることができたので、そのまま窓ガラスを生成した。
「へっ?いま、え?」
「ちょっと大きかったか。サイズはここを削ってこっちを丸くして」
映像を確認しながら、山型の窓枠にぴったりはまるサイズにガラスを調整した。
本当なら枠を一度分解してから溝にガラスをはめる作業が必要だが、スキルなら一発だ。
「なんで?浮いてたのに、もう窓になってる」
音もなく進む修理に、ヒルダは見入っていた。
ヒルダの言葉は、カイの耳を素通りしていく。
映像で全体を確認して、窓枠への負荷やガラスの状態のほか、蝶番や取っ手にも不備がないか見ていく。
「え?勝手に動いてる」
蝶番が少し錆びていたので綺麗にして、歪みを整えたら完了だ。
「よし、これで終わり」
スキルを切って本物の窓の方に焦点が合うと、映像と同じように透明な板ガラスがはめ込まれた窓が鎮座していた。
「なんかすごい気がするわ。すごいのになんか地味だわ。光ったり風が吹いたり音が鳴ったりしないのに、どんどん修理されていくのね」
ヒルダは、首をかしげたままそう言った。
カイは、地面に落ちた板を拾い上げて苦笑した。
「む。地味で悪かったな」
自分でも地味な魔法だと思っているが、人に言われるとまた違う。
「悪くないってば、ごめん。なんていうか、不思議なのよ。すごいのはわかるんだけど、今まで見たことのあるすごい魔法って音も見た目も派手だったもの」
ヒルダは仕入れであちこちに行くので、たくさんの魔法を見たことがあるのだろう。
カイも知っているが、ほかの人のスキルはもっと派手だ。
「まあ、それはわかる。普通、スキルを発動したら光ったりするもんな」
その人を中心としてキラキラしたり、風が吹いたり、音が鳴ったり。
人によって違うものの、何らかの効果的なものがあるものなのだ。
「私は、スキルを使ったら目が金色に変わって光るわ。だから、仕入れのときには一言『スキルで見ますね』って言うもの」
「目を使うからか。綺麗だろうな」
カイはヒルダの真っ黒の目を見て思うままそう言ったが、彼女は目を瞬いて驚いた。
「いや、そんなまっすぐに言われたら、さすがに照れるんだけど」
そして尻尾をピンと高く上げたまま、頬をほんのりと赤く染めた。
「褒めただけだぞ。むしろ、ヒルダが羨ましい。僕のスキルは光も音もないから」
カイが肩をすくめると、ヒルダはふふふ、と笑った。




