第15話 「おはようございます。修理屋のカイです」
明けて次の日、カイは朝早めに起き、スキルで修理した背負子を背負って薪を拾いに行った。
ローレに、店舗を開けて少ししたくらいに来てほしいと言われたのだ。
朝いちばんはあれこれと品出しや確認で忙しいので、一区切りついた時間ならローレも抜けやすいそうだ。
薪小屋に枯れ枝を積み上げてから、カイは朝食を摂った。
「うん、今朝のスープはまあまあだな」
パンとの相性もそれなりに良い。
自分でパンを焼けると良いのだが、さすがにそれは難しい。
カイが小麦粉から作れるのは、孤児院で教わったドゥンという薄いクレープもどきだけだ。
この朝食でパンの在庫がなくなったので、しばらくはドゥンが続く予定である。
食器を片付けてから、出かける準備をした。
とはいっても、着替えるだけだ。
前世からの感覚で、そういうところが気になってしまうのだ。
カイとしては、人様の家にお邪魔して仕事をするなら、なるべく清潔な服装で行きたい。
洗っておいた服を着ると、パリッとした気分になった。
これから、修理屋としての初仕事である。
三十分ほど歩いて、村の中心部に到着した。
ちらりと八百屋を覗いたところ、今は客はいないようだった。
「おはようございます。修理屋のカイです」
「あ、来たね。今日は頼むよ」
「ローレさん、よろしくお願いします」
声をかけると、ローレが店番をしていた。
続けて、八百屋の主人も奥から顔を覗かせた。
「おはようございます、カイです。ご依頼いただいてありがとうございます」
「いや。ちょうど窓をそのままにしておくのはどうかと思ってな」
かりかりと、照れを隠すように主人は頬を掻いた。
「とても嬉しいです。腰を落ち着けて初めてのお客様ですから。ご主人にも、満足してもらえる仕事をしますよ」
カイが笑顔で言うと、主人はうなずいた。
「ああ、頼む。あと、俺はフィンだ。名前で呼んでくれていい」
「わかりました。改めて、よろしくお願いします、フィンさん」
「よろしくな」
優し気に笑ったフィンは、そのまま店番をするために店舗の方へ出た。
「あんな風に図体はでかいけど、すっごく優しいだろ?だからあたしも押しかけ女房やるって気になったんだ」
「ローレさんが押し掛けたんですか?」
住居スペースへと案内されながら、カイは聞いた。
「そうだよ。まあ、その話はまた今度聞いとくれ。今日はこっち。この窓だね」
ローレが示したのは、裏口のドアの横にある窓だ。
丸ごと板で塞がれていて、室内が暗い。
「この窓ですね。鎧戸は外にありますか?」
「ああ、そっちももう閉めっぱなしなんだ。おかげで昼間でもこの部屋が暗くってね」
キッチンとダイニングのスペースなので、できれば昼は明るい方がいいだろう。
「そうですよね。この窓がちゃんとガラスになったら、かなり明るくなりそうです」
「直りそうかい?」
ローレが少し心配そうに聞いたので、カイは大きくうなずいた。
「まず大丈夫でしょう。先に少し調べますね」
カイは、窓枠に触れてスキルを起動した。
魔法が窓を包みこみ、全体を詳細に把握していく。
窓そのものは、両開きの普通の窓だ。
ガラス窓の方が内側に開き、外側は鎧戸である。
今回は、そのガラス窓の二枚とものガラスがなくなっていた。
割れたガラスがあればむしろ簡単に直るのだが、無いものは仕方がない。
窓のパーツなどがなくなっていないか、目の前に浮かんだ3D映像をぐるりと動かして確認した。
「窓ガラスがないだけで、ほかは故障していないですね。これなら、ガラスを嵌め直せばいいだけです」
うなずいたカイは、いったんスキルを切った。
「助かるよ。あ、うちにあった瓶はこれなんだけど」
ローレが出してきた瓶は、ジャムでも入っていたのだろう、小さめのものが二つだ。
「これは、使ってしまっていいんですか?」
「ああ、いいんだよ。保管用の瓶が別にあって、これだけサイズが違うから使わなくなったんだ」
瓶を受け取ったカイは、もう一度スキルを起動して窓を見た。
「うーん……さすがにこれでは足りないですね。同じくらいの瓶ならあと六個くらいほしいです。ちょっと商店で買ってきます」
スキルで修理しようとすると、材料が足りないと出てきた。
「じゃあ、頼んでいいかい?あたしは店の仕事があるから、戻ってきたらこっちの裏口から勝手に入ってくれていいよ」
「はい、わかりました」
スキルを切ってうなずくと、ローレは店に戻っていった。
裏口から出ると、庭になっていた。そのまま家の周りをぐるっと歩けば表通りに出られる。
外からも一応鎧戸を確認したカイは、商店に向かった。
「おはようございます」
外から声をかけると、ヒルダが出てきた。
「あ、カイ。いらっしゃい」
「おはよう、ヒルダ。ちょっと瓶を見に来たんだけど」
それを聞いたヒルダは、ぴょこんと尻尾を立てて大きく振った。
「瓶ね。どんなやつ?大きいの?小さいの?何に使うの?」
どんどん質問を重ねながら、前のめりに聞いてくるので、カイは思わず一歩後ずさった。
「あー、えっと。一つの大きさはどんなのでもいいんだけど、一キログラム……で足りるかな?一応、二キログラムあったら安心かも」
窓の大きさを思い出しながら言うと、ヒルダは首をひねった。
「カイ、あなた一体何が欲しいの?」
あらためて、八百屋の窓を修理する材料として瓶がほしい、と伝えた。
「なあんだ。そういうことならそう言えばいいのに。それなら、一番安い瓶をいくつか見繕ってもよさそうだけど」
ヒルダはそう言いながら、考えるように腕を組んだ。
耳がパタパタと動いている。
「何か良さそうな瓶がある?」
カイが聞くと、ヒルダは迷ったように口を開いた。
「そう、かな。もしかして、修理の材料にするから形とかどうでもいい感じ?」
「うん。色も形も、特に気にしないよ」
うなずくカイに、ヒルダは笑顔を見せた。
「だったら、こっちに来て!」
「うわっ」
グイ、と手を引っ張られてたたらを踏んだ。
なんとか歩いてついて行くと、ヒルダは店の奥から外へ出て、すぐそこにあった建物に入った。
「ここは?」
「うちの倉庫よ。いろんなものが在庫してあるの。こないだカイが買った布団もここに置いてあったのよ。それで、良さそうなガラスはこっちね」
前を歩くヒルダの尻尾は、機嫌良さそうに左右に揺れている。
ずんずんと進んだ先には、人が二人は入れそうな大きな木箱があった。
「これ?」
「そうよ。開けるからちょっと待って」
そう言ったヒルダは、皮の手袋をつけて木箱の蓋を開けた。
なぜ手袋をつけるのかと不思議に思ったが、中を見て理解した。
「割れた瓶やガラス製品が、こんなに」
「そうなのよ。割れたガラスは、ツーレツトのガラス職人の所に持って行ったら材料として売れるから、うちで買い取ってるの。これで良かったら、かなり割安になるわ」
理解したカイは、手袋をつけたままのヒルダの手を取った。
「ありがとう、ヒルダ!これならたくさんあるし、材料費も安く済むよ」
「ふふ。いい思い付きだったでしょう」
「ああ、本当に。助かるよ」
カイ自身はスキルを使って人の助けとなる仕事をするが、そのカイもこうやって助けられる。
そう気がついて、カイは笑顔になった。




