第14話 「修理ですか。ぜひ伺いますよ」
昼食を摂ってから、カイは家の修理の続きを始めた。
まだまだ気になるところが多い。
魔力の量から考えると、家の中は今日中に終えられるだろうか。
「屋根とか外壁とかは、また明日だな」
一日寝れば魔力は元に戻るので、地道にしていくしかない。
今日は、さすがに我慢がならないのでまずはシャワーの修理だ。
水が出る仕組みはトイレに似ていて、上部のタンクに生活魔法で水を溜める。
溜めた水が、シャワーから出てくるのだ。
シャワー用なので、そこそこ水の量は必要になる。
しかし、よっぽど何もかも人任せな貴族以外は当たり前に使う魔法なので、慣れてしまえばこれくらいの水は余裕で出せるのだ。
「今日からは、絶対にシャワーを浴びたい」
カイには、井戸の水は冷たすぎた。
シャワー室でスキルを行使し、シャワー部分の3D映像を浮かべて確認した。
細かく見ていくと、シャワーヘッドの一部が壊れていた。
比較的シンプルな作りのヘッドだが、一時的に水を止められるように付いているコックの所が中で折れていたのだ。
これでは、水の量が調整できないし、止まらずにひたすら出続けてしまう。
「折れているだけなら、追加の部品もいらないな」
スキルで修理するのも、元の場所に戻して固定するだけなので簡単だ。
シャワーヘッドの修理が終わると、次はシャワー室の全体を確認した。
こちらは、タイルの一部が欠けているだけでほかは問題なかった。
タイルの材料は土なので、庭から持ってきて補修するだけで直すことができた。
「よし!これで今日から家でシャワーだ。石鹸もあるし、完璧だな」
腰に手を置いたカイは、満足げにうなずいた。
そしてリビングに戻ってきてから、ため息をついた。
「しまった。全然完璧じゃない」
カイは、がらんとした部屋を見渡した。
ほかの部屋は手付かずだし、ランプも掛けてないし、地下の倉庫もまだ見てないし、屋根裏もなにもしてない。
まだまだすることがたくさんあるのだ。
「よしっ」
気合を入れたカイは、腕まくりをして仕事にとりかかった。
寝室のほかに、個室が二部屋あったので、そちらは生活魔法の風を使って埃を落として掃除した。
まだ使う予定はないので、掃除だけでいい。
屋根裏も同じように掃除をするだけだ。
まだ何も物がないので、広い屋根裏は秘密基地のようである。
一応窓もあるので、風は通る設計になっていた。
「地下倉庫……。さすがに、少し寒いな」
リビングの床の跳ね上げ扉を開けて階段を降りると、倉庫はひんやりとしていた。
「あ、棚がある」
多分食糧庫として使っていたのだろう、木で作られた棚が二つ並んでいた。
そこそこ広さがあるので、カイだけなら一月分は溜め込めそうだ。
「涼しいけど、さすがに長いこと放置したら傷むだろうな」
冷蔵庫ほどは温度は低くないと感じられる。
それでも、外とは段違いに涼しいので、食料品の保管にはぴったりだ。
室内を掃除してから、棚をスキルで確認すると、柱の一つが折れかかっており、棚板は二枚折れていた。
「薪を使おう。って、忘れてた。薪も拾いに行かないと」
まだしばらく大丈夫だが、使ってばかりでは足りなくなってしまう。
あれこれしていると忘れそうだが、順番に片づけていくしかない。
カイは薪を取りに行き、棚を修理した。
まだ今日スキルを使うのは二回目なので、魔力には余裕がある。
「これでいい。先に、食料をこっちに置いておこう」
小麦粉や野菜、肉などを並べれば、突然生活感が出た。
それを眺めて満足したカイは、次の仕事にとりかかった。
ランプは、リビングに一つ、寝室に一つ置いた。
あとの一つは、玄関のあたりにかけておいて、必要なら持って行けるようにする。
がらんとした室内にランプをかけると、それだけで家らしくなった。
建物としての家ではなく、帰ってくるための家だ。
「ああ、真ん中付近にソファがあったらいいなぁ」
基本的に木造の家具ばかりなので、少し色味が寂しい。
とはいえ、現状では必須の家具ではない。
それなりに高い買い物になるので、修理屋としてある程度儲けが出てから考えることだろう。
時間的にそろそろ夕飯の準備でも始めようか、と考えていると、玄関からノックの音が聞こえた。
「はーい!」
開けてみると、見た覚えのある女性が立っていた。
「突然来て悪いね。あたしは八百屋のローレっていうんだけど」
「ああ!八百屋の」
確かあいさつしたとき、大柄な八百屋の主人の向こうに、スレンダーな猫耳の女性が立っていた。
その女性である。
部屋に招き入れると、ローレは修理の依頼に来たと言った。
「旦那が、早い方が良いって聞かなくてね。この時間だけど頼めるか確認しに来たんだよ」
「修理ですね。ぜひ伺いますよ」
カイがうなずくと、ローレはほっとしたように微笑んだ。
見た目は全然違うのだが、目元のしわが、なんとなく母を思い出させる。
「ありがとね。まだ引っ越したばかりだろうから仕事も何もないだろって言ったのに、とにかく行ってこいってしつこくって」
「いえいえ、お話をいただけるだけでとても嬉しいですから」
ピコ、と耳を動かしたローレは、頬に手を当てた。
「ならいいんだけど。旦那が言うには、仕事があるのとないのとでは安心感が違うから、依頼だけ先にしろってさ」
どうやら、八百屋の主人はカイのことを心配してくれているらしい。
初めに会ったときには一歩引いた感じだったのに、優しい人だ。
「その通りですよ。とてもありがたいです。修理箇所はどこですか?」
「家の方の窓だよ。ガラスが割れちまってね。そういうのも直せるかい?」
カイは、こっくりとうなずいた。
「もちろんですよ。材料は必要ですが、ヤーコブさんのお店で手に入ると思いますから」
「ガラスの材料かい?さすがにそこまでは置いてなかったと思うよ」
ローレは首をかしげ、長いグレーの尻尾を揺らした。
「いえ、ガラスの瓶などがあれば充分です」
「ガラスの瓶?そんなのでいいなら、うちにも余ってるけどね」
それを聞いて、カイはうなずいた。
「使っていいのでしたら、それも使わせてください。さすがに、一つ二つの瓶では量が足りないと思うので、追加分だけ買いましょう」
「なるほど。その分、安く済ませられるってわけだね」
「そうです」
カイの言葉に、ローレはにっこりと笑った。
「なんだ、いい子じゃないか。それなら、開店ご祝儀も上乗せしてあげるよ」
「いえ、そんなつもりは」
慌てたカイを見たローレは、自分の顔の前で大きく手を振った。
見覚えのあるしぐさだ。
「いいのいいの。そのかわり、うちでもしっかり野菜を買っとくれ」
「もちろんです!」
カイは、引っ越しそうそう初顧客を獲得した。
ローレと軽く打ち合わせをして、次の日には修理に向かうことに決めた。




