第13話 「ヒルダのスキルは、冒険者になれそうなの?」
「カイは、この馬車を直してくれたのよね」
御者台に座って馬車を操りながら、ヒルダが言った。
カイは、ついでなので荷台の荷物の間に座らせてもらっている。
この小さな荷馬車は、村人にもよく貸し出しているそうだ。
「うん、車軸が折れてたんだ。馬車にはよくあることだから、割とすぐ直せたよ」
この村に来るまでの旅でも、かなりの馬車を直してきたのだ。
「本当に助かったわ。ほかにも馬車はあるんだけど、これは小さめで小回りがきくから使いやすいのよ」
「どういたしまして。でも確かに、この大きさの荷馬車はあんまり見ないな」
普通は、車サイズの荷台であることが多い。
一方、この荷馬車はリヤカーくらいだ。
「村の近くへの配達に使うのよ。これなら狭い道も入れるし、家の前まで持って行けるから」
「なるほど。馬への負担も少なそうだね」
車体が軽いだろうから、きっと馬もかなり楽に引いていると思う。
「そうなのよ。少しなら遠出しても往復できるから、すごく便利なの」
嬉しそうに言ったヒルダは、尻尾を揺らして耳をぴこぴこと動かしていた。
会話もしているが、常に周りに注意を払っているのがわかる。
「そういえば、魔物の話ってどうなったんだろう。冒険者に調査を依頼したんだよね」
カイは自分の家を購入したこともあり、昨日はデニスに話を聞いていない。
今日も、まっすぐ商店へ行ったので噂を聞く時間などなかった。
「ああ、川向こうの森のことね?あれ、なんか大ごとになりそうだって父さんが言ってたわ」
「大ごと?それって、なにか危険があるってこと?」
カイは首をひねった。
「ううん。そうじゃなくて、調査依頼をどこかで領主様が知ったらしいの」
「領主様が?」
それは確かに大ごとである。
「そうなの。で、もし危険があったら大変だからって、うちの村が予定してた謝礼金に領主様が上乗せして、かなり上級のパーティを呼んでくれるんですって」
ヒルダは、片手を手綱から放して、ひょいっと上に持ち上げた。
どうやら領主は、上乗せというより依頼金を倍増させたようである。
「良い領主様なんだね」
「ええ、そうよ。辺境伯領って田舎にあるけど、あの領主様だからほかの領地からのサポートも入ってるって聞いたわ」
ヒルダは自慢げに胸を張った。
旅を続ける中で、カイはその土地の領主のあり方が何となくわかるようになった。
あちこちで話を聞いたのもあるが、住民を見るだけでも住みやすいかどうかはわかる。
「辺境伯領は、かなり治安が安定してるよね」
「そうなの!領主様は、常に魔物討伐の依頼を冒険者ギルドに出してるのよ。まあ今回みたいな突発的なものは別だけど」
肩をすくめたヒルダは、ちらりと川がある方へ視線を向けた。
「気づいた領主様が、もっと大掛かりな依頼にしてくれたってことか」
「そういうこと。いい領主様だと思うわ」
確かに、大きな町が近いとはいえ、小さな村のことまで気にかけてくれているとは思いもしなかった。
「なかなかいないよ。村からの奏上なんて全く気にかけない貴族も少なくないから」
カイが旅をする中で見かけた限りでは、平民をただの労働力だと思っている貴族が多かった。
「そう言う話も聞くわね。領主様がもしもそんな人だったら、わたしは冒険者にでもなって逃げだすわよ」
「逃げるのも一つの手だよ。ヒルダのスキルは、冒険者になれそうなの?」
ふと気になったカイは、前を見るヒルダに聞いた。
ヒルダは、首を大きく横に振ってからこちらを振り向いた。
「ぜんっぜん!冒険者ギルドなら一応いけるかもしれないけど。『目利き』っていうスキルだから、むしろ商人が天職よ」
「怖いから前を見て。『目利き』って、鑑定みたいな感じ?」
カイが重ねて聞くと、ちらりと前を見てまた振り返ったヒルダがうなずいた。
「鑑定とはまた違うけど、似てるわね。鑑定は情報を確認する感じでしょ?『目利き』は、情報じゃなくて良し悪しがわかるのよ」
「そうなんだ。確かに、商人なら欲しいスキルだろうね。ほら、道が曲がってるから」
うなずきながら前を向いたヒルダは、尻尾をぶんぶんと左右に振った。
「父さんにもときどき羨ましがられるわ。だって、絶対に良い商品がわかるんだもの」
「仕入れにはぴったりだと思うよ。ヒルダ、こっちを見なくても話せるから」
返事をしようとこちらを振り向いたヒルダに、カイは苦笑した。
「もう、少しくらい大丈夫よ。うちの子は賢いから、道だってよく分かってるし」
ヒルダは、口を尖らせて言った。
確かに、車ではないから操縦は完全に御者任せというわけではない。
馬も賢いようで、今だってヒルダが手綱を引かなくても勝手にカーブを曲がっている。
「うん……。そうみたいだけど、やっぱり不安だから前を見てほしい」
「カイったら、父さんみたいなことを言うんだから。わかったわよ」
肩をすくめたヒルダは、道の方を向いた。
のんびりと話しているうちに、カイの家が見えてきた。
「よいしょ」
カイが布団を持ち上げると、ヒルダはランプを手に持った。
「こっちのランプも家の中?」
カイは、少し振り返ってうなずいた。
「うん、持って行ってくれると助かるよ。ありがとう」
「どういたしまして。おうちの中まで配達するのが商店のサービスってやつよ」
ぴこ、と耳を揺らしたヒルダは、自慢げに言った。
布団をベッドに置き、もう二往復したら荷物の運び込みが終わった。
せっかくなので、カイは新しいカップでヒルダにお茶をふるまった。
「ありがと。……あれ、なんか香りが違う?」
ヒルダは、すん、と鼻を鳴らしてカップを覗き込んだ。
「これ、紅茶じゃないんだ。僕も製造方法とかはちょっとよくわからないんだけど、発酵させる期間が短いって聞いたな」
それは、香りから味までまるで烏龍茶だった。
作り方も、多分ほぼ同じだろう。
「へぇ。ちょっと変わってるけど、美味しいわ。紅茶よりも苦みが少ないわね。香りは少し青みがあるかしら」
「美味しいよね。気に入ったから買ったんだけど、南の方が産地らしくて。この茶葉がなくなったら、しばらくお預けかな」
残念ながら、緑茶は見当たらなかった。
暑い時期には冷たい烏龍茶が美味しいのだが、さすがにこのあたりで探すのは厳しそうだ。
「ちょっとカイ。誰に向かってそれを言ってるのよ」
「え?」
ヒルダが身を乗り出して言うので、カイは思わず目を瞬いた。
「わたしは商人なの!カイが欲しいっていうなら、探してきてあげるわよ」
「本当に?無理なら全然いいんだけど、でも、もしもついでに手に入るようなら、ぜひ、お願いしたい、かな」
前半早口でしゃべっていたカイは、後半で失速した。
ヒルダが目を丸くしたので、ほんのり恥ずかしくなったのだ。
「ぶっ!やだ、カイってお茶道楽だったの?お願いされてあげるから、楽しみにしててよ」
噴き出したヒルダは、楽しそうに笑って尻尾を振った。
「あー、うん。うわ、恥ずかし。でも、ありがとうヒルダ」
カイは、思わず手で頬を扇いだ。
「どういたしまして!」
次の仕入れで探してみる、と告げて、ヒルダは荷馬車を操って帰っていった。




