第12話 もちろん、扱えない。
「カイ、おはよう」
「皆さん、おはようございます」
歩いて村へ向かう途中に、果樹園に向かう人たちと行き会った。
カイの家は村の南端にある。
そこからさらに南へ行き、川に近い方へ曲がると果樹園があるのだ。
「おはよう」
「しっかり眠れたかい?」
「ええ、きちんと寝られましたよ」
答えながら、カイは少し立ち止まった。
果樹園を営む三人の男性も、そこに立ち止まった。
「川向こうの森からブラックウォルフが出るという話でしたが、果樹園は大丈夫ですか?」
イーリスから聞いた話を思い出したカイは、ふと彼らが心配になった。
「今のところは無事だぞ。ただ、果樹園の中でも川から見えるところには行かないように言われてるんだ」
やはり、果樹園のあたりも危険だという判断らしい。
「虫がつかないか気になるんだが」
「ブラックウォルフに襲われたらひとたまりもないからな。仕方ない」
彼らはそれぞれ、困ったように言った。
「早く解決してほしいですね。どうか、気をつけて行ってきてください」
カイにも何かできればいいが、魔物退治は本職に任せた方が良い。
「カイもな。それじゃあ」
「またな」
「じゃあな」
「はい。また」
カイが軽く会釈すると、三人もそれぞれ手を振ってくれた。
果樹園では、リンゴとブドウ、それから杏を育てているそうだ。
ブドウはこれからが旬なので、気が気ではないだろう。
「デニスさんは冒険者に調査を依頼したって言ってたけど、いつ来るんだろう」
一番近い、ツーレツト町にあるギルドに依頼したはずだ。
すぐに来てくれるといいのだが、冒険者は自分の好きな依頼を受けることが多い。
今日依頼が出たとして、果たしていつ来てくれるだろうか。
調査依頼をしたがらない冒険者も少なくないので、なるべく早く来てほしいところだ。
村の中央通りへ足を踏み入れると、朝でも少し遅い時間だからか、ほとんど人影はなかった。
目的地である商店の前には、ヤーコブが立っていた。
「ヤーコブさん、おはようございます」
「おはよう、カイ。何か要りようか?」
うなずいたカイは、籠を差し出した。
「お願いしたいものがいくつかあるんですが、その前にこの籠をお返しします」
「うん?ああ、うちの籠か。そういえば、ヒルダが差し入れを持って行ったんだったな」
うなずいたヤーコブは、その籠を受け取って微笑んだ。
「はい、すぐに食べられたのでとても助かりました」
「そりゃあ良かった」
相変わらず、ヤーコブの尻尾はゆらゆらと一定周期で揺れていて、その感情はわからない。
「それで、いくつか買いたいものがあるんです。その前に、手押し車のようなものをお借りできないか伺いたくて」
「手押し車?」
ヤーコブは不思議そうに聞いた。
「荷馬車でもなんでもいいんですが、とにかく荷物を載せて運ぶものをお借りしたいんです」
カイがそう言うと、ヤーコブは心得たとばかりにうなずいた。
「そういうことか。たしかに、大量の荷物を持って行くのは手間だからな。荷馬車なら貸せるが、今日中に返してもらいたい」
「助かります!持って行って置いてくるだけなので、すぐお返しできます」
カイはほっとして笑顔になった。
このままでは、大きな荷物を持って何往復もするところだった。
一度で済むなら、ぜひとも借りたい。
「それで、カイは馬を扱えるのか?」
「あ」
もちろん、扱えない。
「仕方ないなぁ。仕入れにも一人で行っている私が御者をしてあげるわよ」
ひょい、と店の奥から出てきたのはヒルダである。
奥で作業をしていたのか、頬が埃か何かで汚れていた。
耳がピコピコ動いている。
「ヒルダ。おはよう」
「おはよう、カイ。父さん、時間はあるでしょ?」
「ああ。それに、馬車もヒルダが使う方が安心ではあるな。じゃあ頼むか」
腕を組んだヤーコブは、大きくうなずいた。
それを聞いて、ヒルダは尻尾をぶんぶんと振った。
「任せて!」
ニッと笑ったヒルダは、両手を腰に当てた。
きゅっと上がった尻尾は、機嫌が良さそうに揺れている。
「わたしにかかれば朝飯前よ。大船に乗ったつもりでいればいいわ」
「乗せるのは荷馬車だけどな」
ヒルダの言葉に、カイは思わずつっこんだ。
「んもう!言葉のあやでしょ」
ヒルダは、唇を尖らせた。
「わかってるって。馬車を操ってくれると助かるよ、ありがとう」
カイがお礼を言うと、ヒルダはすぐに機嫌を直した。
「ふふふ。どういたしまして!」
「それで、何がいるんだ?」
ヤーコブが店の商品を見てから、カイに聞いた。
「えっと、布団を一セットと、ランプを二つ、それから食器と、石鹸と、あー、斧もあった方がいいかな」
思い出しながらカイが言うと、ヤーコブは棚からランプを取り出しながら言った。
「布団はどういうものが良い?銀貨二枚の薄いものから、金貨五枚のふかふかのものまでいろいろあるぞ」
個人的には、金貨五枚の布団にしたい。
絶対寝心地が違うのだ。
カイは、悩みながら口を開いた。
「えっと、全部で金貨一枚くらいにおさまるようにしたいです」
「そうか。ならまあ、銀貨五枚くらいのやつかな」
ヤーコブが言うと、ヒルダが店の中へ入っていった。
「取って来るねー!」
そして、皿やカトラリーを選び、石鹸と斧も選んだ。
全部で金貨一枚と銀貨一枚、銅貨五枚になった。
少し足が出たが、その程度なら問題ない。
「それじゃあ、金貨一枚と、銀貨三枚で」
「ん?いや、銀貨は二枚でいいだろう」
ヤーコブが銀貨を返そうとしたので、カイは両手を軽く上げて首を横に振った。
「いえいえ、合っています。荷馬車を貸してもらう上に、ヒルダに操縦までしてもらうので。出張費用です」
さすがに、無料で借りようとは思わない。
だからその程度だろうと計算したのだが、ヤーコブは銀貨を一枚こちらに寄こした。
「なるほどな。だが銀貨一枚と銅貨五枚は多すぎる。この距離なら、荷馬車を出してもせいぜい銅貨五枚ってとこだ」
表情は柔らかいので、気を悪くはしなかったらしい。
「そうね、村での配達は普通なら銅貨一枚だから、五枚でも多いわよ」
ヒルダまでヤーコブに同意した。
ここで無理やり押し問答しても仕方がない。
「それじゃあ、ランプをもう一つもらっていいですか?夜は真っ暗になるので、上から吊っておきたいんです」
ランプは、一つで銀貨一枚程度だ。
「……わかった。じゃあランプと、ついでに少しだがオイルも付けておく」
そう言いながら、ヤーコブはランプとオイルを手に取った。
「いえそれは」
「オレからの引っ越し祝いみたいなもんだ。気にせず受け取ってくれ」
ゆらゆらと一定のテンポで尻尾を揺らし続けるヤーコブは、ニッとほほ笑んだ。
先ほどのヒルダとそっくりだ。
「ありがとうございます。また色々買い物に来ますので」
「ああ。次はさすがにここまでサービスはしないぞ」
「それはぜひ」
カイとヤーコブがうなずきあっていると、きょとんとしたヒルダが首をかしげた。
尻尾まで斜めになって止まっている。
「常連さんなら、ちょっとくらいおまけしてもいいんじゃないの?」
「まだ客になったところだ」
「常連予備軍だから」
ほぼ同時に言ったヤーコブとカイは、お互いの言葉にうなずいた。
「はいはい。まったく、妙なところで意気投合しちゃって」
呆れたように言ったヒルダは、しかし言葉とは裏腹に尻尾を楽しそうに振っていた。




