第10話 「あ、井戸か」
サンドイッチが入った籠をキッチンに置いたカイは、玄関から表に出た。
確認したところ、勝手口はなかった。
洗面室の奥に扉があったら便利だろうが、今はそこに手洗い場がある。
「余裕があったら、手洗いの場所を変えて扉をつけても良さそうかな」
ただ、新しく扉を作るとなると、故障品再生スキルでは難しい。
一から手作りするか、誰かに依頼するか。
だから、まだ構想だけである。
庭は、来たときに見た通り、木が生い茂り、雑草が伸び放題になっていた。
「木はまあいいとして。……雑草だな」
今後、庭で畑もしてみたいのだ。
薪小屋らしいものが見えたので、とりあえずそこまでの道を作ろうと考えて、土魔法で土を掘り返して雑草をどかしていく。
「ん?なんだこれ」
ちょうどキッチンの裏側から数歩進んだあたりに、雑草に隠れていたらしい石積みの何かが見えた。
周りの雑草をすべてどかしてみると、円形に組んだものが見えた。
上には、木の板で蓋がしてある。
「あ、井戸か。これは助かるな」
蓋を開けて覗き込むと、揺れる水面が見えた。
枯れていない、生きた井戸だ。
「水魔法で出せるけど、全部が全部魔法だと魔力が持たないからな」
だから料理には竈を使うし、洗濯などには井戸を利用する。
場合によると土魔法で井戸を作らないといけないと考えていたので、とても嬉しい。
家の壁沿いに設置された薪小屋は、半分ほど薪で埋まっていた。
見たところ薪はしっかり乾いている。
きっと、前の住人が置いていったものだろう。
この量なら、しばらくは持ちそうである。
家をぐるりと一周しながら雑草を取り、それを集めるとこんもりと山ができた。
「ふう。とりあえず、庭はこの程度でいいか」
これから夏になるので、こまめに草取りをした方が良さそうだ。
家に入って一息つくと、突然空腹を覚えた。
外を見れば、陽の光は真上よりも少し傾いている。
「もうお昼は過ぎてるよな。サンドイッチをもらおう」
キッチンからダイニングのテーブルに籠を持ってきてから、食器がないことに気づいた。
「一応、持ち歩いていたやつはあるけど……誰か来たときに困るな」
大きなリュックから、木の器とコップを取り出しながら、カイはつぶやいた。
誰かが、カイの家を訪ねて来る。
それを当たり前に思っていることが、なんとなくこそばゆい。
ダイニングの椅子に座ったカイは、頭の中に食器を揃える、とメモしておいた。
サンドイッチは歪んでいたが、とても美味しかった。
かなり量が多かったのに、ほとんど食べてしまった。
「少し置いておけばよかったな」
サンドイッチが三つだけ入った籠を見ながら、カイは呟いた。
とにかく、食べてしまったのだから仕方がない。
カップに残った水を飲み干して、カイは席を立った。
次は、最低限生活する場所を整えたい。
まず必要なのはトイレと寝室だ。
タオルを口元に巻いて、カイはトイレに向かった。
スキルを起動すると、トイレの全体像が3Dで浮かび上がってくる。
奥のタンクに水を溜めて使うタイプで、紐を引くと水が流れる。
この国では標準的な仕様だ。
旅の途中でも、何度かトイレを修理したので、ある程度勝手はわかる。
「……うん、汚れているだけで、あとは大丈夫だな」
前後左右からあちこち確認して、カイはうなずいた。
綺麗に掃除さえしてしまえば、特に問題なさそうだ。
先ほど庭で拾ってきた木の枝の先端にぼろ布を巻き付けた道具を持ったカイは、腰に手を当てて気合を入れた。
タンクを雑巾で拭きあげ、便器を簡易ブラシもどきで掃除した。
仕上がりに満足したカイは、次に薪とニスを取りに行った。
燃やすのではなく、トイレの床と壁を補修するのだ。
やはり水を使う場所なので、床板が傷んでいる。
壁も下の方はささくれが目立っているので、補修しておきたい。
スキルでトイレの室内を見ると、目の前の3D映像であちこち確認した。
「床、壁、それからタンクの裏か。床と壁は良いとして、タンクの裏は材料が必要だな。あとは扉の調整も」
こちらから見えない、タンクを支えている板材が、少しひび割れていた。
薪を材料にして補修すれば大丈夫である。
扉は、内側にある閂型の鍵が錆びて外れかけている。
カイは、スキルを駆使して修理を進めた。
床と壁の表面を削って均し、ニスを塗る。
タンクの裏側の板には薪から材料を取り出して補修し、ここにもニスを塗った。
閂型の鍵は、錆びを取って止め直す。
ネジが一本足りないが、とりあえず使えるので後でネジを足そうと思う。
天井は、特に問題なさそうだ。
修理が終わってからスキルを切ると、綺麗に整えられたトイレが見えた。
「よし。これで安心して用を足せる」
尿意がピークだったカイは、急いで鍵を閉めた。
次は寝室だ。
カイは、三つあるうち、物置部屋のついた寝室を使うことに決めた。
家主なのだから、一番広い部屋を使ってもいい。
残りの部屋は、一部屋は作業部屋にしたい。
ベッドの木枠は全部屋に置いてあって、この部屋のベッドが一番大きかった。
「前世でも、この大きさのベッドは使ったことがないな」
ぽつりと呟いたカイは、スキルでベッドを確認した。
目の前に浮かんだベッドの3D映像では、いくつか直した方がいい箇所が見つかった。
「底板は一応無事だけど老朽化が進んでる。あとは足を支えるところが危ないな」
足と底板を繋ぐ釘は、錆びていて折れそうだ。
底板は、薪を使って補修したい。
「……明日は、半日くらい薪を取りに行った方がいいな」
村からツーレツト町とは反対側方向に森があり、そこは枯れ枝を拾うのに良いと聞いたのだ。
カイの家からも近い。
森の木を伐りたい場合は、村に相談する。
村の人たち全員が利用する森で、伐って良いものとそのまま育てるものがあるらしい。
カイでは木の種類を見分けられないため、誰かについて来てもらうか、薪として売っているものを買うことになるだろう。
当面は、時間もお金も節約したいので枯れ枝を拾う。
「よし、じゃあまずベッドを直そう」
同じような硬さなら、敷布団のないベッドの方が良い。
床で寝るのは、なんとなく悲しい。
スキルを切ったカイは、薪を取りに行くために部屋を出た。
ベッドを直してから、気になったので玄関の扉も修理した。
こちらは、蝶番も錆びていたが、蝶番を留めている釘が外れていた。
スキルで錆を取ってきちんと留めると、音がなくなってスムーズに開け閉めできるようになった。
「はあ、疲れた。……シャワー浴びたいな」
動き回ってスキルを沢山使ったので、汗だくである。
拭くよりも、全身を流したい。
本当ならシャワー室を直したいが、スキルには魔力を使う。
体感でしかないが、シャワーを直せるほど魔力が残っていないので、今日は諦めるしかない。
「……あ、井戸があるな」
まだ日が暮れ切っておらず、外はほんのりオレンジがかってきたくらいの時間だ。
しばらく考えたカイは、不快感に負けた。
「僕一人しかいないんだし、いいよな。外で水浴びをしよう」
うんうん、とうなずいて納得したカイは、リュックの中からタオルを取り出した。




