ネクロマンサーよしえ ― 偽りの仮面 ―
よしえ、43歳。専業主婦。二児の母。
その日の朝も、よしえは完璧だった。
夫にはアイロンを効かせたシャツ。子どもには栄養満点のお弁当。
玄関先で「いってらっしゃい」と笑顔を振りまけば、ご近所の憧れの的。
――誰もが信じて疑わない。よしえは理想の主婦だ!と。
だが玄関が閉まり、家族の気配が途絶えたその瞬間、
玄関ドアのカギ二つ両方をロック、全てのカーテンを閉じ、
果ては“冥府結界”を展開。外界を遮断するのが日課だ。
「顕現せよ、我が眷属たち!」
床下からガラガラと音が響き、死人たちが這い出てくる。
ゾンビは掃除機を抱え、ミイラは洗濯物を干し、
スケルトンは冷蔵庫の中の食材を吟味する。
「闇の落とし子どもよ、あとは任せる」
よしえは布団に鎮座すると究極魔法を発動させる。
「禁呪!!食う、寝る、太らない――!!!」
こうして家事は死人に任せ、よしえはグータラ三昧の毎日を満喫していた。
暗黒死霊魔術のリミットは14時。時間は、まだまだある……
――その油断が悲劇を呼ぶ!
娘が学校を早退し、11時半に帰宅したのだ。
ガチャリとドアを開け、結界を無効化して入ってくる。
(なっ……!? どうして結界が効かぬっ!?)
そう、よしえの血を受け継ぐ子どもたちは、
無意識にネクロマンサーの術を無効化できたのだ!
死人たちが跳梁跋扈するリビング。
慌てて死霊退去の術を唱えるが、はたして間に合うのか――?
「ただいま……」
――なんとか間に合った!
心拍数は爆上がりではあるが、
ツラの皮の厚さに定評のあるよしえは、こともなげに言う。
「あら、どうしたの早かったわね――」
その夜。
『今日は全然スローライフ出来なかったわ……でも、こういうのもたまには悪くないわね』
午後から”偽りの仮面”を、かぶり続けたよしえは謎の充足感を味わいつつも
ネクロマンサー同士(娘)でも解くことのできない
『さらなる高みへ至るための』[注 1]
結界の開発を急ごうと、心に固く誓うのであった――。
注釈
1.^さらに安心してグータラするための。