プロローグ
授業が終わった。
白い壁に青い屋根。
まるで城のようにそびえ立つ建物。
ここは王国一の魔法学校――セレスティアル魔法学院だ。
紫と黒の制服を着た生徒たちが、大勢校舎から飛び出していく。
みんな楽しそうだ。家に帰るのが待ちきれないのだろう。
休暇の予定を話し合う者。友人や恋人と別れを惜しむ者。
それぞれが思い思いの時間を過ごしていた。
「ミライ、あそこにいる男の子たち見て」
「うん。楽しそうだね」
「そうじゃない。その顔。イケメンじゃない?」
「ああ……」
わたしの名前はミライ。十三歳。
セレスティアル魔法学院に通う、ごく普通の生徒だ。つまり魔法使いでもある。
そして、男の子を妙な笑顔で眺めているのがわたしの友達、カーラ。
わたしたちは地獄のような試験を乗り越え、三年目を終えたばかり。
あと二年で魔法使いとして卒業できる。
校門の前で、生徒たちが帰っていくのをただ見送っていた。
特にやることもなかったし、なんとなく立ち止まっていた。
カーラは通り過ぎる男子たちを一人ずつ見送っていた。
そして、四年生の金髪の少年に目を留めて言った。
「もう学年が終わったのに、わたしたち彼氏できなかったよね」
「うん。不思議だね」わたしは気のない返事をした。
……本当に不思議だと思ってるのかな?
「本気で言ってるの? なんで誰もわたしたちに目を向けないのよ。かわいくないわけじゃないのに。
ミライなんて顔もきれいだし、笑顔もかわいいし、青いストレートの髪もきれいだし、
陶器みたいな白い肌だし……足だってすごくきれいじゃない!」
……あんたの性格のせいだと思う。無視するのが一番だ。
わたしが視線をそらしたとき、茶髪の少年がこちらにやってきた。
「おはよう、美しいお嬢さんたち! 今日は寂しくない?」
「いいえ。一人でいるほうがマシよ、最低の変態」カーラが冷たく言い放つ。
「そんなこと言わないでよ!」
彼の名前はクリフ。
わたしが学院に入学する前からの知り合いだ。
ちょっと子供っぽくて、女の子の話ばかりするけれど、悪い人ではない。
「こんにちは、クリフ。何か用?」
「うん、ちょっと頼みたいことがあるんだ。
この本、エドワード先生に届けてくれない?」
そう言って、彼はカバンから本を取り出した。
「えっ? なんで自分で届けないの?」
「それは……その……」
カーラがニヤリと笑って口を開いた。
「先生が怖いんでしょ?」
「な、何だって?! そんなわけないだろ! ただ……最後の授業で返し忘れただけで……」
「やっぱり怖いんじゃない」
「ちっ……! そうだよ、先生はすごく怖いんだ!」
「ふふふ~」
「そんなに勇気があるなら、カーラが届ければいいじゃないか」
「いやよ! 捕まったらどうするのよ!」
……この二人、いつもケンカばかり。
「どうするミライ? 届けてくれる?」
「うーん……」
「お願いだよ!」
あまりの必死さに、わたしはしぶしぶうなずいた。
……
「クリフのバカ。」
私は本を手に持ちながら、エドワード教授のオフィスへ向かっていた。
広い場所ではあるが、問題なく進むことができた。初めの年のように迷って、初回の授業を欠席したことを除けば。
教授の部屋に着くと、ドアをノックしたが、誰も返事をしなかった。少し待ってから、私はドアを開けた。
「…」
部屋は空いていた。だから、彼に会う心配はなさそうだ。
本をデスクに置き、メモを残した。
「これで終わり。すぐにでも行ったほうがいい。」
振り向いて、部屋を出ようとしたその時。
目が棚に止まった。
そこには、無数の魔法具や本、そしておそらく賞が並んでいた。
エドワード教授は、私たちの錬金術の先生だ。私があまり好きではない授業のひとつだ。
でも、いい先生だとは認めている。ただ、ちょっと怖い。
そう思っていると、何かが目に入った。
「待って…これ、花じゃない。杖か?」
それは、私が知らない形の花のような杖だった。
実際、とても美しかった。なぜこんなものを持っているのだろう?
不思議と、目が離せなかった。その何かが私を引き寄せていた。
「何してるんだ。」
「うっ!」
エドワード教授だ! いつの間に入ってきたんだ?
「で?」
「い、いえ…何でもありません。すみません。」
私は急いで部屋を出た。
危なかった。集中しなければならなかった。
でも、あの杖のことが頭から離れない。せめて聞いてみればよかった。でも今は、最後の電車に乗り遅れないように急がないと。
.....
教師との遭遇をなんとか切り抜けた私は、クラスメイトに別れを告げて家に帰った。
学期の始まり以来、家には戻っていなかったので、ようやくゆっくりできるだろうと期待していた。
私の家は小さな貴族派閥、ローリング家に属している。それでも、かなりの快適さで暮らしていた。
「ミライ、成績について話がある。」
家に着くなり、両親に座るよう命じられた。話題はもちろん、私の成績についてだ。
「はい…?」
「お前の成績はあまりにも低すぎる。」
「ふーん…まあ、去年よりは上がってるけど。」
去年より三点も上がったのだ。私にとっては大きな成果だ。だが、父は納得していないらしい。厳しい表情を見ればわかる。
眉間にしわを寄せたまま、父は続けた。
「これは由々しきことだ。お前の兄はもっと成績が良く、学年一位だったのだぞ。」
あの嫌味ったらしい兄と比べるなんて、あまりにも不公平だ。
「だから母さんと話し合って、お前を私の兄…お前の伯父エンダーのもとで勉強させることにした。」
「な、なにですって?!」
冗談だと言ってほしい。
母の方を向くと、彼女は私の視線を受けてうなずいた。
「あなたのためよ。それに、私たちの顔に泥を塗らないようにするためでもあるわ。」
ありがとう母さん、正直すぎる言葉をどうも〜。
ありえない。このままでは休暇中に勉強させられる羽目になる。しかも一度も会ったことのない伯父エンダーが先生だなんて…。
「でも…ほかに方法とか、もっと適任の人はいないの?」
父は首を横に振った。
「私の兄エンダーは、家でもっとも優れた魔法使いだ。これ以上の適任者はいない。」
「で、でも…もう何年も連絡を取ってないんじゃ?」
「すでに手紙を出して、話はつけてある。」
「で、でも…!」
「でもも何もない。拒否するなら勘当だ。」
「!!!」
もう選択肢はなかった。私は泣きそうな目でうなずいた。
こうして私は、仕方なく伯父のもとで魔法を学ぶため、遠い田舎町へ送られることになった。