銀の光に導かれて⑦
「失礼いたします」
あどけない声が耳に届いたのは、コンくんの提案に頷いてからすぐのこと。
小さなお盆を持って部屋に入ってきたのは、コンくんとよく似た顔立ちの男の子だった。
「ようこそおいでくださいました。ギンと申します」
お盆を持ったまま深々と頭を下げたギンくんは、コンくん同様とても丁寧な所作で挨拶をしてくれた。
咄嗟に背筋を伸ばし、頭を深々と下げる。
「えっと、ひかりです……」
「はい。存じ上げております」
「え?」
「我々は、ここにいらっしゃるお客様のことは見えていますから」
はっきりとは言い切られていないけれど、それはつまり私のことを知っている、と言いたげに聞こえた。
まだ信じていなかったコンくんの言葉が、妙に意味を持ったような気がする。
「雨天様特製のあんみつでございます。お好みで、こちらの棒ほうじ茶を混ぜた蜜をかけてお召し上がりください」
スッと私の傍に来たギンくんは、あんみつと小さな器に入った濃茶色の蜜をテーブルに置いた。
金箔が輝き、ほのかに甘い香りが鼻先をそっとくすぐる。
あんみつの器には、透明な寒天とともに、抹茶色とピンク色のもの、みかんやあずきが入っている。傍らには、バニラアイスとさくらんぼが載っていた。
「どうぞお召し上がりください」
「……じゃあ、いただきます」
どこか奇妙な雰囲気と、子どもらしくないふたりに囲まれて、戸惑っていたのはほんの一瞬のこと。
目の前でキラキラツヤツヤと輝くような甘味に、喉がゴクリと鳴ってしまい、簡単に誘惑に乗っていた。
手を合わせて「いただきます」と紡ぎ、木のスプーンを手に取る。
まずはなにもかけずに寒天を掬い、待ち切れずにいた口に運んだ。そっと咀嚼すると、寒天特有の食感とともに優しい甘さが口腔に広がっていく。
飲み込んだ直後には、バニラアイスとあずきを一緒に口の中に入れていた。
バニラビーンズが混ぜ込んであるアイスは、こっくりとした甘さだけれど、しつこくはない。それでいて、舌の上ではその存在を主張していた。
あずきは丁寧に炊き込んであるのか、嫌な甘さや口内で皮が貼りつく感じはなく、ひと粒ひと粒がふっくらとしている。バニラアイスとの相性も抜群で、このふたつだけでも飽きが来ないような気がするほどおいしかった。
「おいしいっ! なんですか、これ! こんなにおいしいあんみつは初めてです‼」
和菓子は人並みに食べるけれど、特別好きというわけじゃない。
だけど、このあんみつは本当においしくて無我夢中で口に運び続けてしまい、興奮気味に感想を口にしたときにはすでに半分近く食べていた。
「それはよかったです。ですが、この蜜も絶品なのですよ。それも一緒に口にしていただいた方が、きっと雨天様も喜ばれるでしょう」
「あぁっ! 忘れてた!」
ギンくんの言葉に、慌てて蜜が入った小さな器に手を伸ばす。それを残ったあんみつの上からかけると、とろりとした濃茶色の液体と小さな金箔が絡んだ。
さっきよりもさらにおいしそうに見えた理由は、わからない。
ただ、口に運んだあとの感想は、もうわかっていた。
蜜が絡んだ抹茶色の寒天とバニラアイスを、おもむろに口に入れてみる。
直後、蜜に混ぜ込まれたほうじ茶の香りが鼻からふわんと抜け、咀嚼して飲み込んだあとには思わず感嘆のため息が漏れていた。
どう形容すればいいのか、わからない。
ひとつわかっているのは、このあんみつと蜜は相思相愛なくらいぴったりと合っているということ。
炊きたての白米で握ったおにぎりと海苔、焼きたての食パンとバター、ショートケーキの上に乗ったいちご。きっと、そのどれよりもベストな組み合わせ。
飲み込んだら、また次が欲しくなる。そして、またすぐに、この優しくとろけるような甘味を口に運んでしまいたくなる。
うっとりとしたような気持ちで、器と自身の口にスプーンを何往復もさせてしまう。
無心でそうしていた私は、自分自身に注がれている視線なんてちっとも気にする余裕がなかった。