それから④
このお茶屋敷において、甘味を作るのは神様だと決まっている。
神使はあくまで神の補佐として働き、決して前に出ることは許されない。
私が先代からこの役割を引き継ぐずっとずっと前からあるらしい、この屋敷のしきたりなのだ。
しかし、それはあくまで〝お客様にお出しする甘味〟に対するしきたりである。
「……やはりいけませんよね。申し訳ございません」
ところが、ギンは聞き入れてもらえない願いだと思ったようで、肩を落としながらも笑った。
「今のは忘れてくださいませ。なにか他の願いを考え直します」
「待て待て」
勝手に思い込むギンに苦笑し、小さな頭を撫でる。
「私とコンが食べる分ならなにも問題はない。構わないよ」
「いいのですか?」
目を真ん丸にしたギンが、みるみるうちに満面に笑みを広げていく。
「ああ、もちろんだ。お前の考案したという甘味を食べられるのがとても楽しみだよ。早速、明日のおやつの甘味を作ってみるといい」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
今にも飛び跳ねそうなほど喜ぶギンに、もう一度「とても楽しみだ」と笑いかける。
「精一杯頑張ります! 今夜はお台所を使ってもよろしいでしょうか」
ギンの意気込みは相当で、どうやら徹夜する勢いのようだ。
「構わないよ。ただし、役目をきちんと果たすことを忘れないように」
「もちろんでございます!」
大きく頷いたギンは、珍しく落ち着きがなかったが、それだけ喜びが大きいのだと伝わってくる。
「さて、コンはどうする?」
一方、毎年我先にと願いを口にするコンが無言でいることを怪訝に思い、左隣にいるコンを見た。
すると、コンはなにか真剣に考え込んでいるようだった。
「……どうした、コン? いつもならすぐに願いを言うだろう」
「あの、雨天様……。今年のお願いは、いつもと違っても構いませんか?」
神妙な面持ちのコンは、どうやら私の予想に反したものを欲しているようだ。
「ああ。構わない。私ができることであればな」
「で、では……」
意を決したようなコンが、私を真っ直ぐ見つめてくる。
「ひかり様のご様子を見させていただきたいのですが……」
一拍置いてコンが口にしたのは、予想だにしない願いだった。
「ひかりの様子なら、週に一度見せてやっているではないか」
「はい。でも、そうではなくてですね……」
今年の夏、この屋敷にやってきた少女が去って、もう四ヶ月ほどだろうか。
ひかりのことを気にかけている私と同様に、コンの彼女への入れ込み様は相当なものだった。
恐らく、私たち三人の中で一番ひかりと過ごした時間が長いからだろう。
彼女は一日の大半をコンと過ごし、コンとともに家事やおつかいに勤しんでいた。
それ故に、ほとんどの家事をずっとひとりでこなしていたコンにとって、ひかりと過ごした日々はあまりにも有意義な時間になったに違いない。
最後に家まで彼女を送り届けたコンが、涙をこらえるギンとは違い、泣き腫らした目で帰ってきたことはよく覚えている。
「もっとたくさん、できれば半日ほど様子を見させてほしいのです」
「半日か……」
「半日が無理でしたら、数時間……! とにかく、いつもよりもたくさんひかり様のご様子を見ていたいのです」
コンとギンは、私がひとりでひかりの様子を見ていることは知っている。
ふたりには週に一度、一時間ほどしか見せてやっていないが、実は私だけは毎日のように彼女を見ているのだ。
とはいっても、一回に使う時間は数分程度だが、それでもコンにとっては羨ましいことに違いない。
「わかった」
「本当ですか?」
「ああ。ただし、条件がある」
「は、はい……」
「さすがにずっと見ているのは、ひかりに少し申し訳ないからな。ひかりが仕事をしている時間のみ、ということでどうだ?」
「はいっ……!」
コンは瞳をパッと輝かせると、すぐさま飛び上がった。
「ありがとうございます、雨天様! コンは嬉しゅうございます!」
術が解けて狐の姿になったコンは、縁側から庭に走り出し、雪の降る庭をクルクルと走り回った。
「コン、風邪を引くぞ」
「平気です! コンは嬉しくて嬉しくて、ちっとも寒くありませんから!」
大喜びするコンに苦笑を零すと、ギンも瞳を緩めている。
きっと、あんなにも嬉しそうな兄の姿を見られて、ギンも嬉しいのだろう。
ひかりがあるべき場所に帰ってからのコンは、いつも通り明るい笑顔を見せながらもときおり寂しそうな顔をしていた。
こんなにもはしゃぐコンを見たのは、随分と久しぶりだった。
きっと、ギンも安心しているに違いない。
「コン、そろそろ戻ってきなさい。風邪をひいてしまっては、願いを聞いてやれないぞ」
「はーい!」
素直に戻ってきたコンの体は、雪に塗れて真っ白だった。




